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CSCDスペシャル活動レポート

科学と社会の対話とは?~社会と科学技術の関係を考える時間~(1)

2012.5.21 小林 傳司教授セミナー@アサヒグループホールディングス㈱研究開発センター

科学と社会の対話とは?~社会と科学技術の関係を考える時間~(1)

去る2012年5月21日、アサヒグループホールディングス株式会社とCSCDの共同研究の一環として、アサヒグループホールディングス㈱研究開発センター(茨城県守谷市)にて、小林傳司教授による「科学と社会の対話とは?〜社会と科学技術の関係を考える時間〜」と題するセミナーが行われました。その様子を2回に分けてレポートします。

 CSCDでは、大学の公共的役割を、産業界への貢献だけではなく、行政・NPO・文化施設や市民といった、社会そのもののシンクタンクでもあると捉え、"社学連携"という新たな使命を掲げて、様々なプロジェクトを展開している。これは、特許獲得を目指した独創的な技術開発といった第一世代の産学連携から、コーポレートアイデンティティーを踏まえた企業戦略やマーケティングの推進といった第二世代の産学連携への移行が顕著である近年、社学連携は同義の位置付けが可能と考えられる。そのため、アサヒグループホールディングス株式会社と実施する共同研究では、CSCDのコミュニケーションプログラムの実践知を活かし、ラボガーデンのあり方の検証やプログラム開発に加え、それらを実践する研究者(社員)の方々にとって、ラボガーデンの活動意義や本質の気付きや発見に繋がる機会の創出を目的としている。

アサヒ ラボ・ガーデンとは?

2011年春、AGが大阪梅田・大阪富国生命ビル内にオープンした「企業と生活者を結ぶコミュニケーション・スペース」。数々のヒット商品を創り出している現役研究者たちが専門領域を活かしたセミナーを実施するのに加え、アサヒグループ各社による多種多様なイベントプログラムを運営中。

 

 CSRに根ざしたモノづくりを目指し、顧客の満足度や安全・安心を目指したブランディングを行う企業。研究活動の社会的意義についての説明義務を果たすべく、サイエンスカフェなどのアウトリーチ活動を行う大学。外へ外へと開かれる大学や企業において、義務を超えたコミュニティー・リレーションズの価値・評価とは?研究を社会に伝える事の意義とは何なのか?双方向の対話によるコミュニケーションとは何なのか?未曾有の事態に直面し、これまでの価値観や生活様式などの再考を余儀なくされる〝私たち〞にとって、企業や大学の枠組みを超えた個人が、真摯な問いについて考える場が不可欠ではないのだろうか。
 こうした問いを根幹においた本共同研究の価値評価は、"そもそも、真のイノベーションとは、モノづくり以前の人づくりなのではないか?"という仮説の実証であると考えており、それらが可能となるよう、今後を進めていきたい。
 今回の茨城県守谷にある研究開発センターにおける小林教授によるレクチャーでは、「なぜ、科学技術には社会との対話が必要なのか?」という根本的な問いについて、社会的、政治的意味を踏まえ、高度経済成長期から現在までの先進国と日本の社会変動、科学技術の変遷と経済動向、価値基準の推移・対話の重要性・リスクコミュニケーションなどについて語られた。

(木ノ下智恵子/ CSCD特任准教授・本共同研究代表者)


小林 傳司(こばやし ただし)
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大阪大学コミュニケーションデザイン・センター副センター長。
専門は科学技術論、科学哲学。
1998年から2000年にかけて、市民参加型テクノロジーアセスメントのコンセンサス会議に携わる。最近は、その理論的研究をすすめるほか、現代社会における科学技術の社会的、政治的意味についての検討にも関心をもつ。

スタッフ紹介


【小林傳司教授セミナー(前半)】

 「コミュニケーションデザイン・センター(以下、CSCD)」などという名称を紹介しますと、すばらしいプレゼンテーションができるようにトレーニングするセンター、と考えるのが普通なのではないでしょうか。実は、CSCDはそういうことはやっておりません。
 コミュニケーションという言葉は、最近の流行です。学生も非常に意識しています。例えば、就職活動でコミュニケーション能力が大事だと言われる訳です。しかし、実際「コミュニケーションが得意です」という人間ほど怪しい人はいない、と個人的には感じています。一方で、我々は明らかに、コミュニケーション能力を下げる社会を作ってきました。私は、以前フランスに行った際、パリに寄る必要があり、列車の切符を入手するために対面販売の切符売り場に行きました。フランスは自動販売機がほとんど無い社会なので、下手なフランス語と英語を使って、何とか自分の言いたいことを伝えて交渉をするのです。失敗すると、とんでもない切符を買わされたり、とんでもない列車に乗らされたりすることがあり得ます。振り返って日本を見てみると、例えば守谷から大阪大学まで、ほとんど口をきかずに到着することができます。コンビニなどを見てみると、人はいますが機械みたいなことしか言いませんから、口をきかなくたって商品を持って行ってお金を払えばそれで済みます。これを通常は「便利な社会」と呼んでいます。
 しかし、そういうことが交渉力を落としていく一つの原因になるのではないでしょうか。ネゴシエーションをした結果、想い通りのものが手に入らないこともある。そういう手間のかかるめんどうで、しかし面白い経験を減らためにこの50年間、我々は努力してきた。コミュニケーションを不要にする状況を作っておいて「最近の若者はコミュニケーション能力がない」と言っても、それはちょっと違うんじゃないか。わたし最近、そう思い始めてます。
 ではどうすれば良いかというと、不便な世の中に戻せば良いのです。例えば、3.11以降の計画停電という場面のように、そもそも災害が起こった直後は全て交渉の世界であり、コミュニケーションの世界でした。あのような場面で我々のコミュニケーション能力は問われ、結果的にコミュニケーション能力は磨かれました。「絆」という言葉が流行しましたが、別の見方をすれば、コミュニケーションが大事だということに我々は改めて気付かされたのだと思います。

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 私は2001年に、科学技術社会論学会を設立しました。その時に私が書いたことは「21世紀になって、我々の生活は科学技術で埋め尽くされた」ということです。この部屋を見回して頂いても、科学技術で加工されてないものはほとんどありません。皆さんが手にしているもの、着ているもの、床から何から全部、科学技術によって加工されている。空気だってエアコンによって加工されていると言ってしまうと、本当に加工されていないものとは何でしょうか?皆さんの身体ぐらいしか残らない。ものすごい人工物環境ではないでしょうか?
 振り返ると、このような環境が実現してから、たかだか50数年です。このような社会を作っていく過程にあった1950年代、60年代と、その後では科学技術に対する付き合い方は変わるでしょう。そして今はもう、自動的に「科学技術万歳」というような考え方を持たなくなってきている。そのようなことを考える学会が必要だということで、科学技術社会論学会を設立したのです。

 日本には、科学技術基本法という法律があります。95年に成立し、5年単位で基本計画を作って日本の科学技術を推進しています。最近になり、科学技術と社会のコミュニケーションをどうするかという議論について、政府のレベルでも本気で考えるようになりました。そして3.11以降、どうやってそこに取り組んでいくかを考えるために、文部科学省の中に小さな委員会が出来ました。その委員の方々の前で、私がプレゼンをすることになり、その時に使った資料を今日は使っています。
 研究者は研究だけやり、社会はその産物を喜んで使っていたら宜しい、という時代は終わっているのではないかという問題意識が世界的にも出てきています。日本も、社会のための科学技術が必要であり、そのために双方向のコミュニケーションが有用である、と書いていたのです。しかし、書いていただけで何もやらなかった。第3期科学技術基本計画(2006年〜2010年)には、「科学技術が及ぼす倫理的・法的・社会的課題への責任ある取り組み」が必要だという文言が盛り込まれました。当時は、生命倫理や遺伝子組み換え食品等が問題視されていました。研究者はアウトリーチ活動で社会に対して手を差し伸べ、国民と対話をすることが必要だと言ったのです。そして国民も科学技術に関心を持ちましょう、言ったのです。
 更に、去年の2011年に第4期科学技術基本計画が閣議決定される直前、3.11が起きました。そこで、このままではいけないという議論が出て来ました。「国民の視点に基づく科学技術イノベーション政策の推進」が言われ、特に「倫理的・法的・社会的課題への対応」として、「科学技術が進展し、その内容が複雑化、多様化する中、先端的な科学技術や生命倫理に関する問題、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けた原子力の安全性に対する不安など、科学技術と国民の関わりは、倫理的、法的、社会的にますます深くなりつつある。このため、国として、科学技術が及ぼす社会的な影響やリスク評価に関する取組を一層強化する。」ということが書き込まれました。具体的には、「国は、東京電力第一原子力発電所の事故の検証を行ったうえで、原子力の安全性向上に関する取組ついて、国民との間で幅広い合意形成を図るため、テクノロジーアセスメント等を活用した取組を促進する。」ということまで書き込んでいるんです。これは閣議決定されて、今後実施されなければならないのです。しかし、書いたことをどうやって実際にやるのかというと、できる人間がなかなか居ないわけです。

 レギュラトリー・サイエンスについてお話したいと思います。これは元々は「科学技術の進歩を人間との調和の上で最も望ましい姿に調整する科学」とか、「科学技術を何らかの形で関係のある問題に関して、その科学技術的妥当性と社会的正当性の両方を担保するもの」と説明されています。レギュレーションと言うと、食品の安全基準など、「基準を作る学問」だと思われていまして、それも勿論ひとつなのですが、それだけではないのです。大事なポイントは、科学の論理の部分と社会の論理の部分をどうやってすりあわせるのかを考えるということです。例えば、放射線被爆でグレーゾーンがある、ということまでは科学で言うことができます。しかし、社会的にそれを考える場合にはどこかで線引きをして、避難するかしないかという判断をしなければなりません。その線引きをすることができる科学がありますか、という話です。科学はデータを出すことは出来ます。しかし「線引きする科学」は、日本においては弱いのです。
 これはアメリカなどに比べてかなり立ち後れています。テクノロジーアセスメントに関してもそうです。テクノロジーアセスメントとは、「研究開発の発展段階に応じ、科学技術が社会や国民に与える影響について調査分析、評価を行う活動」です。アメリカでは1970年代ぐらいから始まっています。ヨーロッパにおいては、専門家によるプロのアセスメントと組み合わせる形で、市民参加型のテクノロジーアセスメントを開発しています。ある技術の恩恵も災厄も経験するのは一般の人々であり、その視点から、この技術をどう見るかという声を引き出すということです。ところが日本は先進国の中で唯一、テクノロジーアセスメントをやって来ませんでした。日本の産業やメーカーは消費者の声に敏感であり、マーケットに対応できる能力を持っていたので必要無かった、という議論もあります。しかし国際的には、無いのは日本だけということになっています。ようやくそのような議論が出来るようになってきたのが3.11以降ということです。


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