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CSCDスペシャルコラム

医療をめぐるLanguage Barrier Free 〜ことばの壁を越える〜

林田 雅至(CSCD教授)

医療をめぐるLanguage Barrier Free 〜ことばの壁を越える〜

日本には、英語だけでなく様々な言葉を母語とする人たちが住んでいます。Language Barrier Freeとは、そうした日本に在住する外国人が暮らしやすいよう「ことばの壁」をなくそうという考え方や試みのこと。今回は、医療をめぐる言語の問題とその取り組みに関するコラムです。

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林田 雅至(はやしだ まさし)

大阪大学CSCD教授。専門は、図像解釈学を基軸としたメディア・リテラシー、アフォーダンス理論を実践した言語バリア・フリー。ポルトガル語・文化を軸に、ユネスコ運動、ポルトガル語圏芸術・音楽・映画普及、スポーツ文化事業など様々な社会活動と連携する。異文化交流事業や外国人支援実践にも取り組んでいる。

スタッフ紹介


契機となった事件

1999年1月民博勤務のインドネシア人国費研究員は息苦しさを訴えて、医療機関を受診し、入院を希望するが、「入院するほどの状態ではない」「ことばが通じないため診療ができない」として断られた。翌日状態が急変し、救急車で搬送されるも、3日後、意識も戻らないまま搬送先病院で死亡した。本人は日本語がうまくなかったとは言え、英語、フランス語、ドイツ語及び母語インドネシア語は流暢であった。

北摂で発生した「医療とことばの壁」の重大な問題は、2003年に「みのお英語医療通訳研究会」を誕生させ、翌2004年4月18日研究会主催「医療通訳って何?病院でぶつかるコトバの壁」講演会・シンポジウム(大阪国際会議場)を開催した。2002年に旧大阪外国語大学地域連携室で、医療通訳も含む、コミュニティー通訳の社会的意義・重要性を考え、人材育成・派遣などの取り組みを始めていた林田も追加発言者として参加した。以後、この研究会は問題「掘り起こし」の火付け役として非常に重要な社会的役割を果たした。

「外国語=英語」からの脱却

ところで、1990年以降、入管法の改正により、ポルトガル語、スペイン語話者である中南米日系人労働者が大量に流入した。2004年製造業に非正規雇用を導入せざるを得ないほどに日本企業のグルーバル化は一気に加速し、2008年リーマンショックを以って、それまで一国市場主義であった「戦後の市場経済の枠組み」が、中国・インドなどの人口を標準とするグローバル市場規模に拡大し、必然的に労働市場における多民族化が促進された。国際コミュニケーション・ツールとしての「貿易・通商・経済」英語の位置付けはいまだ変化はないものの、人々の生活レベルの多言語化は飛躍的に進んでいる。

こうした経緯から、Language Barrier Free (ことばの壁を越える)を可能にするものが、英語だけではカバーできない状況が生まれ、「外国語=英語」からの脱却をはかる必然性に直面することになった。

多言語のLanguage Barrier Free

極端な例ではあるが、2011年1-3月、大阪府下でギリシャ語医療通訳の緊急要請があった。現代ギリシャ語の話者、ネイティブ・スピーカーを探すのは至難の業であった。本学に3人の存在が確認されたが、最終的に、欧州ポルトガル語に関心を抱く日本国籍を有する外国語学部教え子の2年生にその役割を託すことになった。小学校教育をドイツで受け、中学校をギリシャで、そして日本で高校から5年を過ごす20歳の若者は「ギリシャ語」を話す機会が皆無であり、また人道的な貢献をしたいと、無報酬でよいとまで言うほどだった。患者及び家族の抱える言語ストレスを解消するためには、また日本側医師、看護師、医局などの言語ストレスを緩和するためには、当該言語の日常表現を分かり易い語彙、こなれた文法で通訳(仲介)できる所謂Contextual sensitivity(文脈を鋭く汲み取る感性)が必要であることが判明した。専門用語に精通することが不可欠とされる「医療通訳」においてContextual sensitivityの占める割合は相当に大きいと思われた。

アンドロイド仕様多言語対応問診票機器アプリ

今回共同開発したアンドロイド仕様多言語対応問診票機器アプリは、第一義的には「ことばの壁」に直面する本人が自立的に医療機関にアクセスすることを可能にするものであり、一方、病院側も同様に「ことばの壁」を緩和するためのツールとしての役割を果たすものである。また、隠し味として、こうしたContextual sensitivityの必要性を喚起し、またその不在になりがちな現況を一時的に補填する役割も演じている。

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2011年度7言語試作版(日本語・英語・中国語(簡体字・繁体字)・韓国朝鮮語・スペイン語・ポルトガル語)が完成し、多言語施策関連の複数の学会、シンポジウムなどで報告した。2011年11月-12月にかけて府下病院などで実証実験を行い、それを踏まえて年度末総言語数17まで増やす取り組みを行ない、2012年6月下旬17言語版が暫定完成した。10月末から1週間大阪市で開催された「世界最大規模の国際金融関係会議Sibos」において、日本語・英語・中国語(簡体字・繁体字)・韓国朝鮮語・タイ語の6言語版を無償提供し、外国人のための多言語対応問診票システムとして世界の国際会議の必須ツールに定着することを期待している。現在の暫定版は「日本語」を基軸とした運用になっており、自在に基軸言語を変更できることが求められており、それが実現すれば、グローバルな国際社会においても、対応可能で、汎用性は極めて高い。現状の日本の社会構造はなかなか外国籍住民が安全・安心に暮らしやすい状況には至っていない。そうした意味からも、こうした電子ソフトウェアの社会的意義は非常に高い。

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(はやしだ まさし/大阪大学CSCD教授)