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CSCDスペシャルインタビュー

ラボカフェ・スペシャル「PACIFIKMELTINGPOT / In Situ Osaka」が実現するまで

富田大介(大阪大学OSIPP特任助教(CSCD兼任))

ラボカフェ・スペシャル「PACIFIKMELTINGPOT / In Situ Osaka」が実現するまで

9月16日のアートエリアB1で開催される、ラボカフェ・スペシャル「PACIFIKMELTINGPOT / In Situ Osaka」ライブパフォーマンス&ディスカッションに先立ち、企画者である富田大介さんに、企画の経緯をうかがいました。

ラボカフェ・スペシャル「PACIFIKMELTINGPOT / In Situ Osaka」ライブパフォーマンス&ディスカッション

振付家レジーヌ・ショピノが牽引する研究と創作のプロジェクト《Pacifik-Melting-Pot》。太平洋圏での多文化共生と個の記憶をめぐるリサーチワークの断面を大阪で「プレゼンテーション」します。サモアンやカナック族、日本人のアーティストが共同で行う音と声と身体のパフォーマンスを一時間、その後には日本(という「肉」)の古層を探る身体文化研究の第一人者と、「沖縄」を掘り下げ続ける映像作家を交えながら、この試演についてじっくりと話し合います。(通訳有り)

イベント詳細


ーまずは、今回のラボカフェ・スペシャルの企画者である富田さんご自身のことについてお聞かせいただけますか?

所属は国際公共政策研究科(CSCD兼任)で、去年の4月に特任助教として赴任しました。国際公共政策研究科、通称OSIPP(Osaka School of International Public Policy)というんですけど、そこに2012年4月より、公益財団法人稲盛財団からの寄附で、「グローバルな公共倫理とソーシャル・イノベーション」をテーマとする寄附講座が開設されました。これまでは政治経済が国際公共政策研究科の大きな柱だったんですけれど、講座を開設するにあたって稲盛氏からの大きな要望のひとつとして、「倫理」を取り込んでほしいということがありました。そこで、「グローバル公共政策の倫理とイノベーション論」を中心に、哲学・政治・経済・芸術と、僕を含む特任の教員が、それぞれの専門から「公共政策」に倫理的視点を取り込んだ授業・活動を行っています。

(僕の使命(笑)としては、)「文化外交」という言い方がいいのかどうかわからないけれども、外交政策にかかわる「文化」や、(「文化」と異なる)「芸術」のあり方を考えてもらえたらと。文化/芸術に関心をもった仕方で外務省に入っていくような学生や、地域で芸術にかかわる国際公共事業ないしは国際交流を担う人を育てるなど、そのようなことが望まれて、稲盛財団寄付講座のなかにアート部門ができたというわけです。平田オリザ氏もそれに関わっていて、僕も平田さんとお仕事するという絡みでOSIPPとCSCDを兼任しています。


ーなるほど。それでは、今回のラボカフェ・スペシャルが実現することになった、きっかけや経緯をおきかせください。どうして、今回アートエリアB1でこうした催しをすることになったんでしょうか?

事業としては、二つあります。ひとつはラボカフェとしてワークインプログレスのプレゼンテーションをやる。つまり、公演として制作ということを考えつつ、公にしてことを起こす。それと、もうひとつは、それに先立って、大学で、アーティスト・イン・レジデンス型のリサーチワークを核とした共同作業をするということ。阪大のリソースを測るということです。


ーそれは、何かこういうことをしようと思うきっかけがあったんですか?

はい。去年の7月にアヴィニョン演劇祭です。レジーヌ・ショピノが新作をやるということもあって、現地調査というか、観賞しに行きました。

このレジーヌ・ショピノという人は、僕がフランスにいたときに一緒に仕事をしていた人で、ラ・ロシェル市というところの国立振付センターを22年間担っていた振付家です。彼女が国立振付センターをやめる前の1年半ぐらい一緒に仕事をしていました。そのときの最後のクリエイション、《Cornucopiae》という、彼女がいまカンパニー名にしている名前の作品に出演して、ポンピドゥーセンター(パリ)やオペラコメディ(モンペリエ)などフランス国内でツアーをしました。

ショピノの基本的な関心として「口承」ということがあります。口承というのは、話の内容は昔から決まっているものの、それを伝えるそのときの時間・空間性と切り離せないものです。声の大きさや響きも、その都度異なる。そういう、人と人との関係のなかでしか伝達できないものってあると思うんです。つまり、文字化されてつないでいくのとはまたちがう仕方のつなぎ方っていうのがあるんじゃないか。そのあり方は、現代のダンスのあり方に非常に近いし、本質的にはダンスっていうのはそういうものかもしれない。そうショピノは捉えたんです。

無論、記譜という形で動きやステップが伝えられるダンスもありますが、とりわけコンテンポラリーダンスというのは、作家が死んだら、そのつながりもなくなって、作品そのものもなくなってしまったりする。それぐらい、一時性の強いものなんですね。そういうふうに考えて行くと、ダンスって畢竟、運動してそれが消えていくものだから、ダンスにおける伝承とはどういうことなのか。

そういう関心から、ショピノは、国立振付センターをやめたあと、2009年あたりからニューカレドニアやニュージーランドに足繁く通うことになります。そして、それぞれの先住民であるカナックやマオリなど、口承文化がまだ残る人たちと仕事をするようになります。僕が去年アヴィニョン演劇祭で観たのはニューカレドニアのカナックの人たちとの作品でした。2011年には僕たち日本人と、横浜のBankARTで開催された大野一雄フェスティバルの一環で、In Situ Yokohamaという1週間のリサーチワーク&プレゼンテーションも行っています。

こうみてみると、太平洋地域で3つの場所を探究のベースにしながらここ数年は活動しているという感じですね。そして、この3つの地域で行ってきたワークショップ/プレゼンテーションから数名が選ばれて開かれたのが、今回の企画の前身となるIn Situ Aucklandです。


In Situ Auckland

2012年12月に、太平洋地域の口承文化に関するリサーチの一貫としてニュージーランドのオークランドで行われたレジーヌ・ショピノのダンスワークショップ。日本、ニューカレドニア、ニュージーランド、クック島、サモア等、フランスのアーティストたちが集まった。

cornucopiaeのページ


そのIn Situ Aucklandに僕もアーティストとして参加しました。12月のはじめから2週間やって、これはもう少し継続させる意義があるし、発展したらおもしろいことになるだろうと思いました。ただ、もう少し方向付けるというか、リサーチとしてのアートというか、なんというか「知」っていうのかな、それをもっと肯定的に捉えてやってみてもいいんじゃないかなと感じました。それが学術知の培養なのか、身体知の更なる深化なのかはわからないんだけど。いずれにせよもう少し探究する心みたいなものがこのチームに浸透したら、おもしろいんじゃないかなーって期待したんです。それで僕は阪大にいるわけだし、この大学のリソースを投入できないかなと思って(それはまた「総合大学」としての阪大のインフラチェックも含めて、つまりアーティスティックな活動=クリエイションに適う環境なのかを実際に知るためにも!)、企画したわけです。

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(聞き手:松川絵里/大阪大学CSCD特任研究員)