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CSCDスペシャルインタビュー

人生も演劇だと思ったら、極端な経験もおもしろい〜吹田市メイシアター・大阪大学共同事業『星とB棟』に参加して

屋木紗也加(法学部法学科4回生)

人生も演劇だと思ったら、極端な経験もおもしろい〜吹田市メイシアター・大阪大学共同事業『星とB棟』に参加して

市民が演劇に取り組む−−−大阪大学と吹田市の包括提携に基づき、大阪大学の文化や芸術の教員が知識やノウハウを地域に還元することを目的に、2011年度からはじまり3年目の開催となった本プロジェクト。プロの役者ではなく、オーディションにより選ばれた15人の市民と阪大生がオリジナル戯曲『星とB棟』に出演しました。プロジェクトに参加された屋木さんにお話を伺いました。

『星とB棟』

作:ごまのはえ、演出:蓮行、監修:平田オリザ。2013年7月にオーディションを実施し、出演者を選出。8月から翌年2月までの練習を経て、2月15日、16日にメイシアター小ホールにて公演を行った。


「自分がどうやりたいか」より「どう見えるか」

ー 今回の経験は、ご自身の価値観にどのような影響を与えましたか?

影響を受けたことは沢山ありますが、例えば「結果責任」という考え方には大きな影響を受けました。蓮行さんから言われたことです。単に言葉の意味として理解するというだけでなく、今回の経験で腑に落ちた、という感じです。

蓮行

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任講師。劇作家、演出家、俳優。劇団衛星代表。本プロジェクトの演出を担当。
スタッフ紹介


ー 「結果責任」とは、どのようなものですか?

蓮行さんから「お客さんに見せるクオリティの演劇を作らなければいけない」と言われました。「たとえばスーパーで買い物をした時に、8個入りのタマゴなのに7個しかタマゴが入っていなかったらスーパーにどんな事情があったとしても納得できないはずだ」と。「私たち頑張ったのだから、これでいいでしょ」ということは通用しない、結果としてお客さんが満足するものを創ることができるかどうかなんだ、と思いました。

ー 「結果責任」を果たすために、どのような練習をしたのですか?

最初は台本を覚えます、ひたすら。覚えたら、シーン別に実際に演技していきます。蓮行さんには「それぞれ仮説を考えてきて、僕の前で見せてください」と言われていたので、みんながそれぞれ考えたものをやってみて、舞台のどちらから出てどちらへ行くとか、だんだん動きをつけていきます。最初は自分のセリフをただ読みあげているだけなのですが、蓮行さんがそれを問いかけや指示をしていきます。それはもはや職人の世界です。

ー 蓮行さんはどんな指示を出すのですか?

例えば、気の弱い子と気の強い子が望遠鏡のレンズでキャッチボールをするシーンがありました。最初、ふつうにポンポンとやると、蓮行さんが「ちがう、ちがう」と。「気の弱い子は、レンズを落とすのが怖いから、なるべくキャッチボールをしたくない。だから、キャッチボールをしながら相手にだんだん近づいていく。気の強い子はキャッチボールを面白がっているから、距離を離していくようにする」というアドバイスでした。

ー 蓮行さんは「気の弱い人はこんな風に行動する」ということをいつも観察していて、頭の中に沢山のストックがあるのですね。

「どうしたらそう見えるか」ということを考えているのだと思います。実際はそんなことしないかもしれないけど、演劇ではそうした方が観ている人に納得感があるからそうする、ということですね。そしてしばしば「気の弱い人はこうだ」というものが人によって違っていて、「普通こうするでしょ」「いやいや違う」と、意見が対立する。それがとても面白い。その人が台本をすごく深読みして背後の前述のストーリーを想像したりして、「こういう経緯が私的にはあると思うから、こう行動します」というようなこともあります。

ー 「それは納得できないよ」となったりするのですね。

なります。すごくなります。みんな内面に踏み込みたがるのですよ。多分、どう見せたいかということと、どうやりたいかということがあって、どうやりたいかということを優先するとそうなるのではないかな、と思います。でも「結果責任」ということからしたら、「どうしたら気が弱く見えるか」ということが大事で、演じる人が「どうやりたいか」は大事ではないのですね。蓮行さんは常に「結果責任」という観点からアドバイスをしていると感じました。

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人の成長を目の当たりにした

ー 練習の中で気付いたことはどのようなことですか?

私は今まで、人が成長するということを実感としてイメージできていませんでした。人の考えや行動が変わるということがよくわからなかった。でも今回の経験で、人が成長していくのを目の当たりにしました。最初は受動的で演じることも恥ずかしいといった感じだった人が、自分から演技を人に見せるようになったりしたのです。演劇はそういう変化が起こりやすい環境をつくるのだと思います。初対面の人同士のコミュニケーションの型のようなもの...「どうも、どうも」みたいな...あれを崩さざるを得なくなりますから。
 それから、日々の生活の中に「第三の居場所」が出来ることで、それぞれの人生の見方が変わってくるのではないかなと思いました。家庭や学校、仕事という場以外にもう一つ居場所ができることで、より自分自身が全体として強くなるというようなことがあるのではないでしょうか。そういうことが経験できるから、みんな演劇がクセになるのだと思います。今回の参加者はみんなクセになっていたと思います。

ー 何かを勉強して分かるようになるとか、練習して出来るようになるというのとは違う成長があった、ということでしょうか。

そうです。ある種、実験のようなものですね、これは。薬品を混ぜている感じです。偶然の要素もかなりありますね。

ー オーディションで選ばれた、偶然出会ったメンバーですしね。

実は、練習を始めた最初の頃、とてもイライラしていたのです、私は。皆さんとても個性的な方々だったということもあると思うのですが、「普通こういう時はこうするでしょ」っていう私の考えが全く通用しない(笑)。でも、だんだん、通用しなくて当たり前、という風に感じ方が変わって来て、イライラしなくなりました。こんなに面白い人たちは今まで私のまわりにはいなかったなと、出会いをおもしろがれるようになったと思います。例えば何か弱いところがあれば、今までの私の感覚ではそれをトレーニングして強化しようとか、他の人がカバーできるようにしようとか、そういう発想でした。でも、演劇においては、一見弱く見えるところが舞台上で強さになったりするということが起こるのです。それは大学の中で経験してきたことと全く違いましたね。
 それにしても、蓮行さんという存在が本当にキーだと思います。蓮行さんがいなかったらもう崩壊しています、価値観の衝突により(笑)。

ー それはすごく楽しい経験ですね。

すごく楽しかったです。

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演劇によって生きることが楽に

演劇を通して私が一番感じたことは、演劇をやっていると本当に生きることが楽になるということです。それは演劇でないとだめなのですよ。『カラフル』という森絵都の小説があるのですが、その物語は、主人公が死んで天国で「あなたは今日からこの男の子の体に入って、この男の子の人生を1年間だけやってみてください」と言われるのです。主人公は「人の体だし適当にやろう」と思っていたら、逆にその方がうまくいくのですよ。それで1年間が終わるのですが、「実はこれはあなたでした」と言われて、記憶が全部戻ってきて「俺だったのか」と気付くのです。主人公が「どうせ、あと1年で終わるか30年やるかぐらいの違いだし、気楽にやっていこう」と思ってその本は終わるのですけれど、演劇をやるとそんな感じになるのです。私は「自分」という役者を演じていくだけなのだな、これからも。だから一貫性もなくてもいいし、その時々でやりたいことをやればいいというように考えるようになりました。

ー 「一貫性がなくてもいい」。

私は小学生や中学生だった頃に、「キャラの使い分けがしんどいな」とか、「どれが本当の自分だろうか」と感じたことがあったのですね。そう感じたことがある人は、私だけではないと思います。でも、例えば「今は就活を頑張る自分」とか「今は友達と楽しむ自分」とか、全部舞台上に置いて客席から観ることができたらすごく楽になると気付いたのです。実際、この劇をやっている時にとても悲しいことがあったのですが、その時にも「あ、悲しんでいる自分や」と思って「演技にどう活かそう。自分の顔を見ておこう」という感じになったりしました。役者として生きる人であれば、極端な人生経験をした方が演技の幅が広がると考えるのではないでしょうか。私自身の人生も演劇だと思ったら、極端な経験もおもしろがることができる。「これでまた演技の幅が増えたと思えるなあ」と思って。

ー 実際に演じてみてわかるのはなぜなのでしょう。

なぜでしょうね。実際に演じてみて、日常生活での自分の演技を意識するようになるからかな。

ー そうなるとそれは体を通して得た感覚ですね。

はい、そうです。思考だけの話じゃないと思います。今、実感を持って「人生って演技だな」と思います。自分に対しても人に対しても。

(聞き手:森川優子/大阪大学CSCD特任研究員)

※ 所属、担当はインタビュー(2014年2月)時点のもの。