CSCD

CSCDスペシャルインタビュー

CSCDは「阪大生が阪大生になる場所」

CSCDは「阪大生が阪大生になる場所」

ただいまCSCDは、10周年記念にむけて準備中です。
今後、コミュニケーションデザイン的活動のあれこれを、垣間みたり体験したりしていただける機会が増えるかもしれません。
10周年を迎えるにあたり、今、何を思うのか・・・今回は池田光穂教授にお話を伺いました。

池田 光穂

CSCD教授(医療人類学・中米民族誌学)。専門は、中央アメリカ地域をフィールドにする文化人類学(とくに医療人類学)。
国際保健医療協力のボランティアとしての活動経験から、多元的医療体系についての文化人類学的理解について長年研究をおこなう。最近は「現場力」に関する理論的考察や、中央アメリカの先住民族の人たちの文化的アイデンティティと国民国家の関係、さらには自然界における人間の宇宙論的位相(オカルトのそれではなく文化人類学という領域のなかで)も手がけている。
スタッフ紹介


大阪大学は、多様な人間が集まるユニバース

- CSCDの存在価値とは、どのようなものなのでしょうか。

CSCD受講生のインタビューなどを読んでいると、院生がCSCDの授業を受けて良かったと思う点は、いろんな研究科の人達と出会えた、知り合えたということだろうね。同じ阪大に所属していても、研究科によってこれだけカルチャーが違うのか、キャリアデザインの発想が違うのか、そういうことをCSCDで初めて知ったという学生が多いよね。

端的に言えば、「阪大生が阪大生になる」。CSCDはそういう場だと私は思う。例えば人科の院生は、人間科学研究科に行って人科の院生にはなるだろうけど、それがそのまま阪大生になるということを意味するわけではない。でも、外からは「阪大で勉強している学生さん」と言われるよね。学会発表では「大阪大学から来た◯◯です」と自己紹介するだろうし、大阪大学代表という意識も少しはあるだろう。でも、大阪大学がどこにあるかというとどこにもない。大阪大学の建物はあるし、敷地はある。ここは学ぶ場ではあるだろうけども、大阪大学というものはそもそも抽象的な概念なので、大阪大学という学生はいないわけです。そして、外部の人からは、「大阪大学って何ですか」と聞かれたりもする。でも誰も、大阪大学は何かと言えない。

- 確かに、阪大の院生はそういう場に身を置くことは多いはずですね。

もし、CSCDを通じて様々な研究科の学生がシャッフルされる場にいる経験ができたら、「大阪大学って何ですか」という問いに対して、「大阪大学は多様な人間が集まるユニバースです」と説明することができるようになるかもしれない。学問や研究を通して世の中のことを考えたり、人によっては世の中を良くしていったりする、そういう人たちが集まる場が大阪大学だと。あるいは、単に世の中を良くするということだけじゃなくて、大阪大学という場所を通して世界中の人々、もしくは学問の世界と繋がりたいという想いを持った人が集まる場が大阪大学だと。大阪大学はそういう多様な空間だと言えると思う。

ここから先は私の個人的な想いだけれども、大阪大学は「一人一人が色々な形で繋がり、協力して、世界を良くしたいと考えている人々の集まり」なんじゃないかな。「夢や理想を共有する人達の集まり、それが大阪大学です」と言ったら、きっと多くの人が興味を持ってくれるだろうと思うし、好感を持ってくれるだろう。また、子ども達は大阪大学に行って勉強したいと思うだろう。

一方で、何も経験しなければ、そういったプレゼンテーションができないのは当然のこと。研究に取り組むことだけが大阪大学にいる意味ではない。学生たちは大阪大学で学んではいるが、大阪大学のことを知らない。柴原や阪大病院前から自分の研究室に通うだけでは、大阪大学の多様性は分からない。大学院共通科目が出来る前までは、ほとんどそういう機会がなかった。本当にゼロに近かった。CSCDはそういうゼロの状態から一歩を踏み出したと言ってよいと思う。当然、最初は大きな抵抗があった。「なぜそういうものが必要なのか」とか。でも、CSCD以外にも学内にプログラムが増えてきて、今は浸透してきたと感じている。今は実践センターでもアクティブラーニングをどんどんやっているから、アクティブラーニングで育った人が入って来てやりやすくなってきたという部分もある。10年前にCSCDが出来たばかりの時は、「これのどこが授業なんですか」とか、「この授業の答えは何ですか」とか言う理系の学生がいたよね。今思うと笑い話みたいな話。「数式であらわすことができなければと客観的じゃないと思う」とかさ。だけど、「みんなと色々しゃべれるし、楽しいから来ています」とか、そういう学生がいっぱいいたよね。でも、今はそういうことはない。

- この10年で、阪大の学生もかなり変わったのですね。

我々自身にもノウハウや自負ができてきたと思う。上手に取り組まないような学生がでてきたときにどういう風に持って行くかとか、雰囲気をどうチェンジするかとか、ある意味現場力はついてきた。ある部分では成熟したという部分もあると思う。だから、次のことを考えなければいけないところに来ていると思う。


学生に教えるんじゃなくて、自分が学ばせていただく

- 学生だけでなく、教員側にも大きな変化があったのですね。

私自身は、CSCDに来て最初の5年間くらいは、「教えないとあかん」「学生の頭は固い、頭が固いのは今の教育が悪いから」とばかり思っていた、正直なところ。だけど、そういう偏見で見る私の頭が固いということにある時点で気付いた。大学の授業っていうのは、教授が学生との対話を通して学ぶ場だと視点を変えた瞬間に、全然苦痛じゃなくなった。だって楽しいやん。同じテーマを持って行ったとしても、みんな毎回違った展開をするし、世代によっても違うし。

でも、最初はそういう考えじゃなかった。自分の頭のなかに、対話を通してレベルがあがっていくはずやみたいな考えがあった。そういうところに落としどころをもっていかないといけないと思っていた。

西川(勝)さんとは、CSCDでのこの10年間、一緒にやってきた。あの人は、もともと大学人ではなく実践家、看護師なんだよね。彼は、大学の先生に対してあこがれがあり、一方でそういう大学の先生になってしまったことに対するコンプレックスというか、後ろめたさがある。でも、僕が脇から観察していて、そのハンディを上手に使っていると思う。こんな僕でも考えることができるという自己提示をすることを通して、だから君たちもっとできるだろうと学生をエンカレッジする。一方、僕は必死に大学に残りたいと思って自分のアカデミズムを形成してきたから、やっぱり上から目線で「お前たちまだまだだ」みたいな、そういうのが長い間あったと思う。昔はよく授業の中で、西川さんと喧嘩をした。学生が授業のアンケートに「先生同士で喧嘩しないでください」とか書いてくることがよくあったね。

- 授業の中で先生同士が喧嘩ですか。それは、学生は驚くでしょうね。

そうだね。どうして西川さんに腹を立てたかというと、自分に達成感がなかった。面白いネタを持って来たと思っているのに学生は文献も読まないし、前進しようとしない、そういう発想の専門職意識がずっと強かった。

だけど、西川さんの話のほうが僕よりも学生に人気があったんだよね。僕からみたらなんやこんなこと、という意識があった。もっと専門的な知識につなげるようにするべきだろう、と。でも学生は満足している、なんでだと。だんだん分かって来たのは、西川さんは学生をエンカレッジするスキルが非常に高かったんだよね。僕は、自分が質の高いと思う資料を準備してきて、予習をしっかりして、こういうロジックでこういうアウトカムが出てくるはずだと推論できればマル、みたいな意識が高かったんですよね。でもそこに達する人は非常に少ない、で、葛藤する、怒る、最悪や、みたいな。西川さんがもってきたネタにどうして学生が魅力を感じるんだろう、と、聞く耳を持つようになってから、学生の考え方、見方が少しずつ見えて来て。学生が現場で何を考えているのかということ、そういう世界をのぞき見たときに、ほとんど文化人類学の世界だと思ったんだよね。異文化だからそこから学ぼうと視点を変えた瞬間に、非常に楽しくなった。結論としては、まあ、自分が学生に教えるんじゃなくて、自分が学ばせていただくっていうことかな。そして、その時間を楽しく過ごすっていうこと。教えなければならない、ねばならないっていうのは自分にとって足かせ、苦痛になる。そうすると、他に研究をやらないといけないのに!みたいな感じになって悪循環になる。これは、学生に面白いアイデアを教えてもらう、そういう場所なんだと、そう思うようになって人の話がやっと聞けるようになった。


「先生は、なんでそんなに楽しく授業やりはるんですか」

- CSCDに関わって良かったと思うのは、どんな時ですか?

僕がやりがいを感じるのは、1年に2、3人くらいは、「僕、CSCDの先生になりたいんです」って言う院生が出てくるんだよね。それは非常に有り難い事です。「なんでや、物好きやな」と突っ込むんだけど。ああ、やっぱり楽しくやっているんだなと思って。「先生は、なんでそんなに楽しく授業やりはるんですか」っていう学生のコメントは非常にありがたい。おおそうか、楽しく見えるのか、それはいいことだ、と。そういう風に見えているというのは、それは褒められているって感じるよね。

コンテンツを理解してもらうというよりも、興味を持ってもらうことが大事だと思っている。なんでこの先生は、こういう議論に関心を持つんだろう、と。おもしろいで、なんで面白いんですか。というやり取りが大事。「僕にとっては難しいテーマだけど、先生が面白いと思っていることは分かりました。」と言ってくれたら、それで良い、と思う。


【写真解説】人力輸入運送業@ダハボン

向こう側のハイチ国境から橋を渡ってくるハイチ人、手前のドミニカ共和国側のマーケットでさまざまな物を購入し向こう側に戻る人たち。その歩みのスピードは尋常なものではなく、日本の朝のラッシュアワーの雑踏なみか、それ以上。うかうかしていると後ろから罵倒され突かれ押される。橋の両側には、蟻のように川を渡って荷物を運ぶ「密輸」(と言っても公然と)する人たちが見える。ーードミニカ共和国ダハボンにて、池田光穂教授撮影


(聞き手:森川優子/大阪大学CSCD特任研究員)