フーコーの生権力論
Bio-politic, Political Economy of Health, and Body-politic
医療における権力論の研究は、M・フーコーの、生−権力や統治性の議論が登場して根本的な変化を遂げました。
それまで、医療が考えてきた権力は、患者をコントロールするむき出しの力、患者をモルモットにする服従を強制する権力というのが定番でした。今でも、このような権力論の図式にのっかって、「医者は権力を行使するからリベラルでなければならない」「医師の権力は神聖」(→医療聖職論)ということを主張する主に高齢者を中心としたオールド・リベラストの方々がおられます。
ところが、権力の作用の多様なあり方や、統治性(governmentality)にかんするフーコーの議論に触れたものは、権力というものは、我々が考えるほど(1)狭い範囲の出来事ではない、(2)容易に統御されるものではない、しかし、かと言って(3)人間をがんじがらめにする絶望的なものでもない、という認識に到達しつつあります。
もっともフーコーの理論が魅力的であればあるほど、そのエピゴーネンも多く登場しました。いわゆる全部フーコーの議論で解釈して満足する連中のことです。
フーコーの権力論は、保健=健康の権力を考察する際には、最初の梯子であることを、くれぐれも忘れず、フーコーよりももっと興味深い、保健=健康の権力を探究しましょう。
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フーコーの思想的展開において、もっとも重要なことは、コレージュ・ド・フランスでの1975-1976年の講義「社会は防衛しなければならない」(Il faut deferndre la societe)[同名のタイトルで筑摩書房刊、2007年]につきると言えます。
フーコーの主張がくっきりと前期/後期と分かれるのかについては、私は専門家ではありませんので、それほど興味はありません。しかし、この講義が終わった年(1976年)に出版される『性の歴史1』から、続刊が発刊されるまでの8年間のブランクに、後期フーコーの思想で表象されるさまざまな著作が登場します。【以下の表を参照】
「社会は防衛しなければならない」という講義録は、一見ばらばらな授業の集まりのようにも感じます。思想の系譜学と権力論についての講義(1976年1月7日)、戦争論・生権力論・規律実践や人間科学についての多様なアイディアの披瀝(1月14日)、クラウゼビッツや権力の弁証法(1月21日)、人種間戦争(1月28日)、ホッブス「リヴァイアサン」論(2月4日)、ブーランヴィリエと文書に代表される歴史知の話(2月11日)、引き続きブーランヴィリエ論(2月18日、2月25日、3月3日)、国家の統一とナシオン(3月10日)、お世辞にも大団円とは言えないが魅力的な生権力論(3月17日)です。
この1976年にはフーコーの前期と後期をブリッジする重要な著作『監視と懲罰』(邦訳『監獄の誕生』)――ただし冒頭のレトリックはその13年前の『臨床の誕生』を彷彿させる――が公刊されています。
フーコーはこの講義のなかで、自分が追求してきたことは首尾一貫しているが、今までそれほど意識していなかった議論すなわち生権力論がこの頃徐々に浮かびあがってきたことを吐露しています。
もしフーコーを、たんなる強力な知的権威として引用紹介してそれで安心するというむき(=研究者)には、不用な話ですが、オリジナリティのある生権力をもってフーコーの思想の真の独自性が発揮されたと考える奇特な研究者にとっては、この時期のフーコーの考え方を追いかけることは大変魅力です。
またホッブス論に異様な興味をもつことから、生権力(bio-politic)はリヴァイアサンにおける身体政治論(body-politic)の地口的転倒として使ったとも言えます。
さらに蛇足として言えば、スティーブン・シェイピンとサイモン・シェーファー『リヴァイアサンと真空ポンプ』(1986)やそれに触発されて書かれたブルーノ・ラトゥール『私たちは近代であったことはない』(1993)における、社会科学と自然科学おける「真理」の証明という議論に連なるものでもあります。
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◎思考集成(→思考集成リスト)(完全リストはこちら)番号はエッセイの通し番号
第6巻(1976-77) 『セクシュアリテ/真理』
・166 容認しえない死
・168 18世紀における健康政策
・170 医学の危機あるいは反医学の危機?
・179 〈生物―歴史学〉と〈生物―政治学〉
・187 社会は防衛しなければならない
・192 真理と権力
・196 社会医学の誕生
・209 監禁、精神医学、監獄
第7巻(1978) 『知/身体』
・220 19世紀司法精神医学における「危険人物」という概念の進展
・222 狂気と社会
・239 「統治性」
・255 治安・領土・人口
◎講義集成(筑摩で刊行中)
1961『狂気と非理性』
1963『臨床の誕生』
1966『言葉と物』
1969『知の考古学』
1.知への意志 (コレージュ・ド・フランス講義 1970-71)
2.刑罰の理論と制度 (コレージュ・ド・フランス講義 1971-72)
3.懲罰社会 (コレージュ・ド・フランス講義 1972-73)
4.精神医学の権力 (コレージュ・ド・フランス講義 1973-74)
5.異常者たち (コレージュ・ド・フランス講義 1974-75)
6.社会は防衛しなければならない(1975-1976)
1976『監視と懲罰』(1976)『知への意思』(性の歴史1,1976)
7.安全・領土・人口 (コレージュ・ド・フランス講義 1977-78)
8.生体政治の誕生 (コレージュ・ド・フランス講義 1978-79)――ポルトガル語訳の立ち読みだとほとんど経済の話(→『言葉と物』)
9.生者たちの統治 (コレージュ・ド・フランス講義 1979-80)
10.主体性と真理 (コレージュ・ド・フランス講義 1980-81)
11.主体の解釈学 (コレージュ・ド・フランス講義 1981-82)
12.自己および他者の統治 (コレージュ・ド・フランス講義 1982-83)
13.真理の勇気 (コレージュ・ド・フランス講義 1983-84)
1984『快楽の活用』(性の歴史2,1984)『自己へのケア』(性の歴史3,1984)
◆ 権力について考える


基本の基本文献リスト
M・フーコー『臨床医学の誕生』神谷美恵子訳、みすず書房、1969年
名訳の誉れ高い――ユマニスト的曲解があると言われるがここでは論評は避ける――が、ho^pital を病院と施療院と訳し分けたり、comfiguration, constellationをゲシュタルトとするなど、読むときには、もう一ひねりしないとならないので、留意する。
M・フーコー「健康を語る権力」(『ミッシェル・フーコー1926-1984 権力・知・歴史』新曜社、1984年)
M・フーコー『知への意志』(『性の歴史』の後期フーコー3部作のひとつ)
富永茂樹『健康論序説』河出書房
健康の社会化、社会の健康化という二重の過程が市民社会において強力な力を発揮する。
簡単な著作目録
『精神疾患とパーソナリティ』(中山元・訳、筑摩書房[文庫])Maladie mentale et Personnalit. Paris: PUF, 1954.
『精神疾患と心理学』(神谷美恵子・訳、みすず書房)Maladie mentale et Psychologie (Paris: PUF, 1962). = second and extensively revised edition of Maladie mentale et Personnalte
『臨床医学の誕生』(神谷美恵子・訳、みすず書房)Naissance de la clinique: une archaologie du regard m仕ical (Paris: PUF, 1963).
『レーモン・ルーセル』(豊崎光一・訳、法政大学出版局)Raymond Roussel. (Paris: Gallimard, 1963), date of issue May 1963.
『言葉と物』(渡辺一民ほか訳、新潮社)Les Mots et les Choses. Une archaologie des sciences humaines. Paris 1966.
『知の考古学』(中村雄一郎訳、河出書房新社)L'Archaologie du savoir (Paris: Gallimard, March 1969).
『言説表現の秩序』(中村雄一郎訳、河出書房新社)L'ordre du discours (Paris, Gallimard, 1971)
『狂気の歴史:古典主義時代における』(田村俶訳、新潮社)Histoire de la folie a l'age classique. Gallimard, 1972
『監獄の誕生』Surveiller et punir, naissance de la prison (Paris: Gallimard, February 1975).
『性の歴史 1権力への意志』Histoire de la sexualit 1. La volonte de savoir (Paris: Gallimard, 1976).
[未訳]Le desordre des familles. Lettres de cachet des archives de la Bastille au XVIIIe si縦le with Arlette Farge (Paris: Collection Archives, 1982), date of issue October 1982.
『性の歴史 2快楽の活用』Histoire de la sexualite II, L'usage des plaisirs (Paris: Gallimard, 1984)
『性の歴史 3自己への配慮』Histoire de la sexualite III, Le souci de soi (Paris: Gallimard, 1984)
健康というものが権力性をもつ場合、それが最もよく発動されているのは、病気であるということを<強制的>に忘れさせようとする作用においてである。これを、健康による<病気の組織的忘却>の作用と呼んでおこう(2000.03.16 M.ikeda)。