人種(じんしゅ)
解説:池田光穂
科学的に証明することが絶対にできない人間を区分する分類概念。人種は、(1)科学的にもはや有効とは言えない概念であり、(2)社会思想的には常に否定的な意味で想起される必要のある用語である。この2つの考え方に即して説明する。
科学的に有効とはいえない概念としての「人種」
人間の生物学上の類別的概念としては、ブルーメンバッハ(1795)が主張した[→人種の最初の分類の中にすでに人種間の優劣についての言及がある]。これ以降、「人種は生物学的概念であり、民族は文化的概念である」という誤った考え方が定着していった。
人種が生物学的区分であると考えられた理由は、(a)人種を生物学的な形質から大まかに区分することができるという仮説にもとづいていたり、(b)人間の「自然な集団」というものがあると前提とする考えかたからでてきた。前者の仮説(a)は形質の区分はつねに恣意的であり客観的な線引きは生物学上はできないことで否定された。後者の前提(b)は、生物種(species)としても亜種(subspecies)としても「自然な集団」としての人間を生物学的に区分できないことで否定された。
ユネスコは人種に関する2つの宣言(1950,1951)をおこない、人種概念がそれにもとづく差別(人種差別)に乱用されないような説明をおこなったが、これすらも今日では古典的な人種概念の残滓がみられると自然人類学者の中には批判する者もいる(尾本 1997:103)。
否定的な意味で想起される必要のある用語
人種概念は、つねに人種差別思想とセットになって一世紀半以上も西洋思潮を支配し続けたため、人種概念が科学的に無意味であることを認識しても、人種差別思想はすぐには消滅することはない。おまけに、人種差別思想を廃絶することを目的に運動を展開した人類学者の間には「人種は生物学的区分であり、民族は文化的区分」という前提にもとづいて「人種間の優劣は存在しない」という主張をおこなったために、人種=生物学的な人間の類別的概念という考え方が長いあいだに定着してしまった。
そのため、人種概念の相対化するために、人種差別思想と分けることのできない人種概念(科学史における人種概念)が、どのように歴史的に社会的に構築されてきたのかという研究が進んできている。もっともこの種の研究は、今日的では科学的に誤った概念の使い方を探し出し、その論理構築の誤りを指摘するという、科学史における勝利者史観とよばれる結論の論点先取的議論になりがちである。人種差別思想という誤ったものがなぜ支配的であったのか、それが恐ろしい力をもちうるだけの「常識」でありつづけたのかという説得力のある主張は、それほど多くは登場していない。
また、人種は混交するゆえに「混交は本当は素晴らしいんだ!」という表面的な異種混交をやみくもに肯定する議論も、人種差別思想における境界を前提にした対抗的思潮という点では論理的には単純な議論である。異種混交肯定の立場から反人種論について議論する際には、なぜそれがつねにマイナー位置しかとり得なかったのかという考察や証明が不可欠である。
人種差別思想とそれがもたらした社会的帰結が、近代の生んだ最も忌まわしいものであるという認識に立つならば、人種の概念は否定的な意味でつねに我々が想起する必要のある思潮であることに変わりはない。
【文献】
青柳まちこ 1997 「いま人種・民族の概念を問う」『民族学研究』62(1):102-115.
酒井直樹 1994 「現代保守主義と知識人―「西洋への回帰」と人種主義をめぐって―」『20世紀知識社会の構図』[岩波講座・現代思想2]岩波書店、pp.277-325.
スチュアート ヘンリ(本多俊和)『民族幻想論』解放出版社、2002年
竹沢泰子「人種概念の包括的理解にむけて」『人種概念の普遍性を問う』竹沢泰子編、Pp.9-109、人文書院、2005年
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