デジタル・デバイドとは、なにか?
デジタル・デバイドの英語(えいご)はつぎのように書きます
デジタル = digital
デバイド = divide
デジタル・デバイト、とはデジタル化された情報が生みだす社会的――とくに経済的――不平等(デバイドには隔離や分別という意味もあります)のこと。
アメリカ合衆国商務省(U.S. DEPARTMENT OF COMMERCE)が1995年に報告書を書いて、情報ハイウエー構想を打ち出し、かつ推進していた合衆国の情報化戦略のネガティブな面をさらけだしたものである。もっとも、プラグマティスト的伝統の中で、そのような情報化の差異が収入の差異に反映する事実を明らかにし、よりよい情報化を引き続き推進すべきであるという彼/彼女らの趣旨に大きな変更はない。(→関連リンク)
■ デジタル・デバイド問題(オリジナル文献)
デジタル・デバイド問題を取り上げると、もともと金持ちだからコンピュータをもちインターネットにアクセスできる、貧乏人はそうではない、という「経済的格差が、入手したり、操作できる情報の格差につながる」経済階層による情報格差の反映論を思いつくが、その言わんとしているところはそうではない。いち早く情報を入手し、操作できる能力が、経済的成功のチャンス生み、それがまた情報収集に投下する経済資本を増やし、それがまた利潤の向上に結びつく、ということを問題にしているというのがユニークな指摘なのだ。
まあ、このような情報錬金術が本当なら事態は深刻ではある。しかし、実態としては、現代の情報化社会にそのような傾向はあるものの、それが一義的に決定要因を形成しているというものでもないらしい。
ただし、大学生・大学院生の就職戦線について多少なりとも指導したことのある教師なら、企業のウェブサイトにアクセスして、エントリーシートを書いたり、面接の予約をとることは当たり前、また、企業から送られてくるメールにいち早く返事を書くこと(もちろんメールにおける応答の適切さがチェックされる)によって内定が左右されるということぐらいは、常識になりつつある。もし、そんなチャンスを活かした学生が、就職後も高い職位についたり、もっとよい職場にハントされ、収入が増加する傾向が本当なら(それ以外の集団の収入に有意な差があるとすれば)この問題は、かなり深刻なものになろう。
デジタル・デバイト問題は、情報のグローバル化にともなう普遍的かつ一般的な側面と、その社会の情報化の進展パターンに応じて特有な変化をとげる側面があるようだ。
Copyright Mitzu Ikeda, 2001
【文献】
木村忠正『デジタルデバイドとは何か』東京:岩波書店、2001年
(c)Mitzubishi Ikeda, 2001-2005