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テーマ:「伝統」「伝統的」という用語法をめぐって
あるいはなぜある種の言葉が分析概念として反省材料になるのか?

池田光穂

本日(2002年5月22日)、文化表象学調査実習ベーシック版 の授業において、「伝統」の用語法をめぐって、(かつて「近代」が「伝統」を創出したという指摘をめぐって論争が闘わされた)問題の多い用語であると指摘しました。


この私の主張の真意は、「伝統」という用語を一般の人が使うように我々が不用意に使えないのであって、使うなという指示ではないことにあり ます。「伝統」の用語は歴史的にみて近代社会の中で構築されてきた用語で、授業で指摘したように「野蛮」や「未開」と同様、問題のある用語であるというこ とです。


皆さんがこれまでの授業の中で、この事実について学ばれていないことに驚きを覚えましたが、同時に、我々専門の業界人の中にも奥目もなく 「伝統的社会」——最近『民族学研究』の中にもアルカイック(=古代的という意味)な社会という言葉を使う先生がいて口があんぐり——と弄する輩がいるの で無理もないと、皆さんの立場に帰ってちょっと反省しています。

高度な議論をいきなりする訳ではありません。極めて簡単な事実を押さえれば、この「伝統」という概念の呪縛から開放されます。つまり、皆さんの中に 同時代を生きてきた、あるいは生き残った社会のさまざまな要素の中から「伝統」と「伝統ではないもの」を分類する作業もまた、我々の文化的/社会的営為の 中で形成されている、という事実を忘れるなということです。きわめてど田舎で超レアーな「民俗表象」が「残存」しているような社会でも、人々はテレビを見 て、現代社会についてもの申す「同時代的」社会だということです(そのような社会を昆虫採集よろしく「採集の対象」なるかという 知的枠組についての倫理的問題 はさておき)。またどんな遠隔地の村でも日本の近代国家成立以降「出征兵士」を見送らなかった共同体はほとんどないという意味で「戦後日本」を我々と共に生きています。

ということは極論すれば、伝統/非伝統という区分はあくまでも恣意的に決定される要素が必ずあるということです。

このような社会的事実を踏まえておれば、まさに正々堂々と「伝統的民俗事象」を(上記の昆虫採集ではなく、同じ時代を生きる人が生み出した活き ている事象として)調べることは何ら問題がありません。サンプリングや検定の概念を知らずにアンケート調査をすることが愚かしいことと同様に。

応用問題:「文化」という用語もまた問題的(=論争創出的)概念であるが、このことについて検討しなさい。 (参照ページ:「文化」概念の検討

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