のらくろ帝国主義入門

Norakuro, the Japanese Imperial Army Soldier's sojourn in "Romantic" Chinese Battles: A critique.
講師:池田光穂
田河水泡『のらくろ総攻撃』(昭和12年、1937)から帝国の表象システムを学びます。
のらくろとは、野良犬の黒吉を短く詰めて表現したものです。のらくろは、戦前、とくに15年戦争期の日本の少年(少女にどれくらいのインパクトがあったのかは不詳)の心を魅了した作品です。とくに、戦前の一連ののらくろ物語は、社会的に係留点をもたない――文字どおり出自不詳の放浪犬――彼が新しく得た軍隊という共同体の中で、単行本の刊行ごとに、彼の機知に満ちた活躍によって武功を立ててゆく立身出世の夢物語を形成します。
のらくろは、ユーモアもあり正義漢に燃えた善良な市民を表象しますが、局所的な善行――周囲の人=犬への思いやりや誠実さ――を積み重ねてゆくことで、帝国軍隊のメカニズムに完全に組み込まれ、帝国主義そのものを体現するマシーンの一部になります。それがのらくろの運命であり、悲劇でもあります。異文化の人々=豚、羊、熊への抑圧や攻撃あるいは人々からの反撃の可能性について思いやることがないために、自らが歴史の犠牲者になる可能性のことを忘却していました。これらの一連の悲劇は、のらくろに重ねられる日本人の悲劇でもあります。
のらくろの作品の新しい読み方を通して、歴史の教訓を得ることが可能になります。
以下に、田河水泡『のらくろ総攻撃』(1937)の読み方――ひとつの解釈――について解説します。
『のらくろ総攻撃』の物語の梗概は以下のようなものです。
北に住んでいる熊は、食べ物がある暖かい豚の国の警告を破り領内に進入します。忠告した豚の国の豚は逆に熊に逆襲され、豚の国の豚勝将軍(とんかつしょうぐん)に相談します。豚勝将軍は副官と相談し、副官は隣国の犬の国の「猛犬守備隊」の隊長に相談を持ちかけます。守備隊とは、犬が豚の国を守るという意味で使われています。さて、猛犬守備隊の隊長は、熊にかけあい説得の上退去させます。豚は犬に感謝するまもなく、豚の国の領内に住む羊を監視にゆきます。
豚は羊に対して年貢を納めよと抑圧的な態度にでて、搾取される存在として表現されています(=豚勝将軍は羊の肉を食べるというふうに表現されている)。羊は、自分たちの支配者が豚勝将軍であることに不平をもっていますが名案が浮かびません。そこで羊の大人(たいじん、長老のこと)に相談します。大老は羊たちに猛犬連隊の助けを借りて独立する意思をもらしますが、まだその時期ではないことを羊たちに告げます。
豚勝将軍は羊たちに対して抑圧的ですが、犬に対して恩を売ったことを後悔しています。そこへ熊が訪問し、猛犬守備隊を追い出して、自分たちが守備隊になることを豚勝将軍にすすめます。
豚勝将軍の軍隊は、闇夜に乗じて猛犬守備隊を攻撃しますが、すぐに反撃されて、豚勝将軍もろとも捕縛されてしまいます。そこに、羊の大人(たいじん)がやってきて、これまで豚たちによる抑圧の窮状を訴え、独立国になる相談を猛犬守備隊の隊長にもちかけます。猛犬守備隊により羊の国は独立します。
釈放された豚勝将軍に件の熊がやってきて、軍事援助をするので、ふたたび犬と戦争しないかとけしかけます。
豚勝将軍の陰謀を聞きつけた守備隊長がやってきて、羊の国の正統性を説き、犬が豚の国に駐留している理由(「犬が守備してやらなければ豚の國は熊に食はれてしまふぞ、そのときに困るから守備してくれと君の方でたのんだのぢやないか」田河 1969[1937]:27)を述べ、豚を説諭します。
しかし、熊の援助による豚の武装は犬の守備隊にわかることになり、守備隊長は本国の猛犬連隊の連隊長に電話でその指示を仰ぎます。本国では、豚の国への武装介入か戦線の「不拡大」かを相談しますが、そこで、のらくろ(=のらくろ中尉)が登場します。そこでふたたび豚の国に駐留する守備隊長から電話がかかり、豚の国への軍事介入が決定され、本国では出征のための壮行会がひらかれ、軍港では戦車などの積み出しがはじまります(pp.37-41)。
豚の国の海岸での防衛戦を突破し、猛犬連隊は上陸を成功させます。前線で、司令官はのらくろに斥候を命じ、前線の兵隊の進軍を助けます。それに対して豚の国に軍隊は急ごしらえで、かつ志気が弱く表現されています。
のらくろは、今度は捕虜収容所の監督を命じられます。捕虜に裏切られながらも、のらくろは説諭や豚の国の人たちへの配慮を忘れません。本国からの慰問団による劇中劇で盛り上がっているところで、豚の奇襲を受けます。のらくろは、劇中劇で使った鬼の面を使って才気ある活躍をしますが、やがて豚の軍隊に捕縛されます。銃殺の危機を乗り越えたのらくろは、上陸隊と合流し、空と陸での総攻撃に勇敢に戦います。
最後に、豚勝将軍の軍隊は敗走し、犬の上陸隊は勝利します。犬の軍隊に守られ、豚と羊はなかよくくらしたという大団円を迎えます。
中国大陸における日本軍、つまり関東軍の歴史的動きについて多少なりともかじったものであれば、これらの動物にまつわる戦記は以下のような実在の国家や国民を意味することは明らかである。
豚(中国服でも登場する):中国
犬:日本
羊(中国服を来て登場する):満洲(日本の傀儡政権と言われている満洲国は1932年3月1日に建国宣言をしています)
熊:ソビエト・ロシア
また、ここでは、動物のステレオタイプに重ね合わせて人種/民族的偏見もいかんなく表現されている。たとえば、豚は、怠慢で二枚舌で、都合のよいオポチュニストである。また残飯を食べる不潔な動物である。また残飯以外には、同じ中国服を着る同胞を意味する羊をたべるカニバリストとしても表現されている。羊は、ものおじする善良だが、はっきり主義を主張できず、犬に保護をされるだけの存在である。熊は、怠惰であるが武骨で、つねに悪意をもって豚あるいは豚勝将軍をそそのかす存在だ。
すでに徹底的な国民国家教育を受けていた当時の少年達にとって、このような動物の表象が、どの国家/国民を意味するものであったのかは自明であったと思われる。
すなわち、悪意のあるロシアに勝ち、中国の「守備」を任じている日本軍が、中国の悪意に翻弄されながらも、「大亜細亜の平和」という大義を実現してゆくプロセスを再演するさまを、『のらくろ総攻撃』の中にみるのである。
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だからと言って、『のらくろ』全体を、そのまま帝国主義の権化として表象し、そればかりを批判することも公正ではないだろう。
のらくろ自身は、作者の創造=想像の産物であり、娯楽作品を消費した少年達の想像する社会的構築物でもあるからだ。
こんなエピソードがある。
「私は小学生の頃,のらくろを読みふけったことがあり……。長じて高校教師になった初任の頃,年配の社会の先生と「のら くろ」「冒険ダン吉」の話題になり,私が子供の頃に歓んで「のらくろ」を読んだが 国策漫画だったのですねというようなことを言ったら,その先生いわく,「ダン吉」 はそうだが「のらくろ」は軍隊を「イヌ」(文字通り!)に置き換えていたので,実 は当時の軍からは疎まれていた云々という話を聞きました。それで最後にのらくろは 除隊せざるを得なくなったとか。物語には当時の国策が色濃く反映しているのです が,本当に「軍隊=イヌ」という隠喩をこめていたのなら,慧眼であろうとも思いま す」(木下雅夫、私信、2003/02/06)。
つまり、子供たちのヒーローとしての軍人が、犬と表象されたことで(当然、豚や熊に表象された人たちも不快に違いない)、軍人たちそのものが、他方で、その物語に描かれている帝国主義の正当化の過程を認めなかった可能性もあったということだ。
あるいは、こういう言い方も可能だ。「同時代の漫画の中に、侵略や人種主義といったイデオロギーだけを読みとろうとする試みには限界がある」と。
これは、ドナルドダックをアメリカの資本主義の具現者としてだけ読みとろうとする、ドルフマンとマトゥラール『ドナルドダッグを読む』においても言える。かりに彼らの主張の多くが正しいものであっても、現実のドナルドダッグの物語には、北米の拝金主義的な精神以外にも、現代社会の人間生活のごくふつうの面も読みとれる。
漫画を通して、ある社会の特定の価値観を子供たちに植え付ける機能を発見することは容易い。しかし、これを証明するためには、押しつけられた価値観が、当の漫画を読んだ子供たちの行動において、実際に現われれており、それが因果論的にあるいは確率論的に関連づけられなければならない。
さらに複雑なことに、漫画そのものが作品の創作に先立って存在する社会の価値観を前提に構成されなければ、さまざまな冗談やユーモアーを理解することは不可能である。ザ・シンプソンズにおける劇中のテレビ漫画「イッチー&スクラッチー」はそれだけ取り出すと残虐極まりないストーリーなのだが、この漫画が笑えるのは劇中の中では”子供に悪影響を与えるテレビ”として表象されており、視聴者(=我々のことである)はさらにこれが漫画というパロディであり、かつシンプソン家の人々はそれに毒されているという枠組みを理解している、という複雑な構造の中におかれているからである。(→ルカーチとシンプソン家:マージの熱き闘い)
誰が、何をどのように読み、どのように行動を派生するか? この視点を忘れると、我々は単に漫画――リベラル派に危険視されている小林よしのりも含めて――の検閲をおこない、それを糾弾し、禁書目録に挙げることで、自己満足に終わってしまうのかもしれないだろう。
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『のらくろ総攻撃』が公刊された昭和12(1937)年という時期も日本の昭和史にとっては重要な時期です。
この前史として、荒木貞夫が昭和6(1931)年陸軍大臣に就任し「皇道派時代」と呼ばれる反共尊皇主義的な陸軍内の派閥が誕生と後にそれに敵対することになる「統制派」のバトルの把握が重要です。統制派は、皇道派が唱える昭和維新(クーデタによる国家改造)のような精神主義を嫌い、政財界との協調の中で軍事システムを近代化し国家改造を試みる敵対派閥でした。昭和9年に荒木陸相が辞任すると、林銑十郎陸相のもとで陸軍軍務局長・永田鉄山(統制派)が皇道派の改革に着手します。昭和10(1935)年8月に永田が殺害され(殺害者・相沢三郎の名から相沢事件と呼ばれる)、翌11(1936)年2月の統制派に対抗する皇道派(荒木貞夫、真崎甚三郎をリーダーとする)の最後の事件としての2.26事件がありました。これを機に皇道派は衰退し、寺内寿一、梅津美治郎、東條英機などの新・統制派と呼ばれる派閥が台頭します。この改革で、それまでの陸軍大臣が退役した予備役(粛正のためにも使われた)から任命されていたのを改め現役武官制を採用しますが、それは皇道派は新派閥にとって旧世代に属しており、皇道派の長老支配からの脱却を計ったものでもありました。しかし、これが結局、内閣において軍部大臣の発言力を高めることになりました(当時はシビリアンコントロールという発想がそもそもなかった)。
ただし現役武官制が当時の政治的ヘゲモニーの掌握についてどれほど有効であったのかについては疑問が示されており、資料にもとづく批判もある(筒井 2007)。
『のらくろ総攻撃』が公刊された1937年の1月末に、前の朝鮮総督であった宇垣一成(うがき・かずしげ、1868-1956)――この陸軍軍人はシベリア出兵(1918-22)の策定をおこない、陸軍の軍事装備の近代化に貢献しましたが、当時は穏健なグループ(「陸軍統制派」)の長老になっていました――を首班とする組閣工作が失敗しました。
このときに首相になったのは同じ統制派の退役軍人・林銑十郎(はやし・せんじゅうろう)でこの内閣は3月末に衆議院を解散し、4月30日に総選挙をおこないます。選挙では、民政党と政友会の寡頭政党が多数を占めていましたが、社会大衆党――坂野潤治(2004)によれば今日の社会民主主義のルーツ――が選挙で大躍進し、その後の地方選挙でも同党は勢力を拡大し、自由主義思想の支持者たちに歓迎された時期でもあります。
他方、昭和12年7月7日は蘆溝橋(ろこうきょう)事件――中国では「七・七事変」、当時の日本では「北支事変」――という日本軍と中国軍の軍事衝突がおこり、日本と中国は長期的な戦闘状態に入っていきます。当時のマルクス主義評論家であった戸坂潤によると、日本の民主化は、北支事変により衰退していったと言います。中国大陸での戦線の拡大は、結果的に昭和16(1941)12月8日の真珠湾攻撃から日本の敗戦にいたる総力戦(guerra total, totale Krieg, total war)の時代を切り開いていきます。
『のらくろ総攻撃』は、当時のよくわかりにくい「国際政治情勢」(もちろん為政者にも正確な状況は読めなかったでしょう)の文脈の中で、ある意味で「いまだ」自由だった漫画表現が、日本の軍国主義のイデオロギーを[結果的に]賛美したかのように見える作品であって、そのようなイデオロギーを賛美するために動員された漫画ではないということかもしれません。
昭和12年の日中戦争が始まるころまでは、軍国主義(といっても多様な広がりがあった)、自由主義、社会民主主義の3つ巴(どもえ)のイデオロギーについて、国民の間でそれぞれ結構まじめに議論されていたという時代状況があったことを忘れてなりません。
その2年後の昭和14(1939)年、日本軍はノモンハンでソ連軍と交戦し、その軍事的劣勢を強く認識することになります。石井四郎率いる、後に(1941年)七三一部隊と呼ばれる部隊が、はじめて実戦に細菌兵器を用い、その兵器としての可能性を日本軍は(秘密裏にも)認識することになります。
【続編とこの作品の位置づけ】
1937年12月発行の『のらくろ総攻撃』には続編があります。1938年8月発行『のらくろ決死隊長』、1938年12月発行『のらくろ武勇談』です。
前者『のらくろ決死隊長』は、豚の国に侵攻し総攻撃をかけた犬の軍隊は「豚京城(とんきんじょう)」を占拠駐留します。豚の国の豚勝将軍率いる軍隊は「豚縣城」に撤退し、そこを死守しています。豚勝将軍の軍隊は撤退と見せかけ犬の軍隊を引き寄せ逆襲をかけます。それを救護しつつ、犬の軍隊は豚縣城陥落を試みるために豚の国内にさらに侵攻を加え、その戦闘に成功するという物語です。
後者の『のらくろ武勇談』は豚の国の最奥部にある『土古豚城(とことんじょう)』陥落に至る道です。冒頭にのらくろは、中隊長に昇進しますが、戦いは壮絶で、戦闘シーンも多く見られます。またのらくろが戦傷し野戦病院に入院するという痛々しい場面もあります。劇中劇やシルエットを多用して、漫画の美的内容にさまざまな工夫がみられますが、その技巧が、残虐な戦闘シーンをなるべく入れまいとする作者の配慮のようにも思えます[1939年制作の亀井文夫監督『戦ふ兵隊』(DVD)が厭戦(えんせん;戦う意欲を喪失すること)を理由に検閲にあい公開が差し止められたことを思い起こしましょう]。
これらの『のらくろ総攻撃』『のらくろ決死隊長』『のらくろ武勇伝』は、長編戦争スペクタクルであり、内容の密度、ストーリーの展開がすばらしいという点で他の単行本の『のらくろシリーズ』とは一線を画きます。
また、この三部作のうち、熊・羊・豚・犬という国家間の軋轢を描き、海外派兵の総力戦に没入してゆく「犬の国」(我が国のことです!)の悲劇をもっとも見事に描いている『のらくろ総攻撃』が、これらの作品の中でもっとも大きな社会的想像力をもっています。
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【課題】
のらくろの帝国主義を明らかにし、そのプロセスを解剖するためのいくつかのステップは、まず、次のようなものとなるだろう。
1.現在の歴史で明らかにされていること(リアル)と、のらくろの物語(フィクション)の相互対照表を作成すること。ここでの留意点は、リアルとフィクションが完全に一致することはありえないので、むしろ、両方の中にみられる共通のパターンを見いだすこと。
2.『のらくろ総攻撃』には年齢を問わずほとんど女性が登場しない。この理由はなぜか考えてみよう(決定的な答えを出すことは困難ではあるが)。
3.この作品の中で、少年に歴史的な解釈や主張を論じる際には、フィクションの中の登場動物が演じるのではなく、文字による解説が入る。この種の教育効果について考えよ。漫画は、当時の少年にとって高級であり、また布製の装丁の本書は彼らにとって垂涎の的であったろう。したがって、当時の保護者も、この物語を時に一緒に読んで背景知識を少年達に知らしめる機能を担った可能性もある。この当時の、漫画の消費形態についても考えてみなさい。
文化記号論ショートレクチャー
田河水泡(1899-1989)
【重要文献】
山口昌男、1978「のらくろはわれらの同時代人」『知の遠近法』Pp.99-127、東京: 岩波書店。
山口昌男、2000「田河水泡を読む――近代日本漫画のアルケオロジー」『敗者学のす すめ』Pp.224-243、東京:平凡社。
小熊英二「第16章 死者の越境」『<民主>と<愛国>』Pp.717-792、東京:新曜社
【この章は、鶴見俊輔と小田実について言及したものです、鶴見俊輔はのらくろについて言及しています。】【戦争表象論を参照】
小松裕、2003「近代日本のレイシズム―民衆の中国(人)観を例に―」『(熊本大学)文学部論叢』第78巻、Pp.43-65、熊本大学文学会。
中国ならびに中国人を豚として表象し、侮蔑の対象にしてゆく歴史的過程について、図像をもちいながら、わかりやすく説明しています。
坂野潤治(ばんの・じゅんじ)、2004『昭和史の決定的瞬間』ちくま新書、東京:筑摩書房。
昭和11年から12年にかけての政治状況についてかかれた歴史書です。主張がくりかえされ記述に冗長な面もありますが、各章には【時代背景】という説明があり、読者にきわめて親切に書かれてあります。若い人たちにはこの著者のこだわりがわかりにくいかもしれませんが、「戦争と平和」を過度に単純化する戦後の民主主義教育の歴史学で教えられてきた中年以上の人たちには、これまでの蒙を啓かせてくれる重要な指摘です。『のらくろ総攻撃』を読むための重要な補助テキストです。
筒井清忠、2008『昭和10年代の陸軍と政治』東京:岩波書店。
1936年に20年ぶりに復活された軍部大臣現役武官制という制度に焦点を当てて、この制度が軍部の独裁を強めていったという「定説」が、それほど根拠を持たないことを示した書物。のらくろの議論からは多少脇道にそれるが、この当時の陸軍を一枚岩として理解しどうしようもないリヴァイアサンと考えてはならないという教訓になる。ナチズムと同様、近代の全体主義は複合的なプロセスを経て生まれたものだからである。
田中克彦、2009『ノモンハン戦争:モンゴルと満洲国』岩波新書、東京:岩波書店。
日本の中国ならびにユーラシア大陸への進出を考える際には、遊牧民モンゴルを含めた複雑な民族間関係と大国の思惑というグローバルとローカルな視点を往還する必要があります。ノモンハン事件(田中は事件ではなく戦死者の規模からみて正真正銘の戦争ですが、戦争当事者間の宣戦布告もない奇妙な戦争だと指摘します。この戦争そのものは『のらくろ総攻撃』の出版2年後におきますが、満洲や(当時ソビエトの強力な支配下にあった)外モンゴルにおける状況を知るための好著です。
ドルフマン,アリエルとアルマン・マラトゥール1,1984『ドナルド・ダッグを読む』山崎カヲル 訳、東京:晶文社。
■ のらくろ情報リンク
注意:このリンクは上のような批判的読解のための基礎資料であり、筆者は牧歌的(=政治的に中和化する)見解を容認するわけではありません。
■ 長野県南佐久郡臼田町立図書館(墨田区に生まれた彼が自分の出自としたところで現在は佐久市立図書館)
※なぜか、田河水泡が、よく田川水泡に間違えられインターネットにアップされている。グーグルなどの検索ではあいまい情報も含めてフォローされるようになっているが、正確なつづりには留意する必要がある。
■ このページについての「政治的立場」
このページは、こどもむけのメディアが、なにをどのように表現するのか、その当時の政治状況とどのように関連するのかについて考えるためにつくられました。のらくろというかつての国民的アイドルを非難中傷するものでもありませんし、また(きちんと読んでいただけた方にはおわかりだと思いますが、しばしばリンク先にあるように)のらくろは帝国主義の表象そのものであると主張しているものでもありません。
キーワード:のらくろ帝国主義、のらくろていこくしゅぎ、日本の1937年から38年の国内外での政治的状況、東アジア現代史