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local knowledge, (地 方固有の知)

「法を社会的想像力の一種ととらえることに 意義がある」(ギアーツ 1999:387)。つまり、《民族誌も社会的想像力の一種である》

社会的行為を、意味を形造りそれを伝達す ることとみなす方向に社会理論が移行していること、すなわちウェーバーおよびフロイト(あるいはある解釈によればデュルケーム、ソシュール、G ・H ・ミードも)が熱心に始め、さらに最近大きくなってきた変化は、より標準的な見解のもつ需要と供給の比轍によって与えられたやり方よりもずっと幅のひろい やり方で、われわれが無自覚に行う方法でわれわれがものごとを行っていることの理由を説明する可能性の領野をひらく。この「解釈学的転回」と呼ばれてきた ものは、人間行動とその所産を「なにごとかに関してなにごとかを述べること」――「そのなにごとかは整理され、説明されることを必要とする」――ととらえ ることである。そしてそれは、社会心理学や科学哲学のような実証主義者の拠点にまで到る、文化研究の文字どおりあらゆる領域に関係してきたのではあるが、 法研究においてはいまだ十分な影響を与えていない。実際に法が示す強固な「実用的」偏りこそが――ここでふたたびホームズ[オリバー・ウェンデル・ホーム ズ・ジュニアのことである:引用者]の冷笑的な要約をまねすれば、法廷に近づかぬようにするにはどうすればよいか、そしてかりにそうできなかった場合、ど うすれば法廷で勝ちをおさめられるかーーが法研究を危地に陥らせてしまったのである」(ギアーツ 1999:387)。

(展開)民族誌も、それが示す強固な「実用的」偏りが、民族誌研究を窮地に陥らせてしまう(→「文化批判としての人類学」)。



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