対位法的読解
Contrapuntal Reading
解説:池田光穂
エドワード・ウィリアム・サイードによる、批判的読解の方法のひとつである。(→サイードのオリエンタリズム)
対位法とは、ポリフォニー(多声音楽)の技法で、同時に複数の旋律が存在し、個々の旋律(音の繋がり)が独立性を失うことなく共存する(複音楽的な組合せという)ことである。
和声対位法の大成者のヨハン・セバスチャン・バッハの『フーガの技法』『二声と三声のインベンション』『平均率クラヴィア曲集』などを聞いてみれば一聴瞭然になるように、右手と左手の旋律がそれぞれ独立して旋律を奏でながら、同時に掛け合いをするという――すばらしい漫才のように(私はボケとツッコミという古典的ペアを超脱して2人が駄洒落を掛け合いまくる絶頂期のWヤングを思い出します)――様子が手に取るようにわかります。
サイードはクラシックピアノ名手で、バッハの鍵盤音楽の革新的な演奏者であったグレン・グールドのよき理解者であるので、サイードが対位法という時に、バッハを念頭においていることは想像に難くありません。
【文献】サイード,エドワード・W.『音楽のエラボレーション』大橋洋一訳、東京:みすず書房、1995年
音楽の対位法にヒントを得て、サイードは対位法的読解(読み)を提唱する。これは、同時代的状況の中で地理的にまったく離れたところで、まったく関係のないように思われた出来事によるテキストの生産をつき合わせることで、その相互に共通にみられる、ないしは、独立した出来事(旋律)が絡み合う対位法的なハーモニーの生成――専門的には和声的対位法 harmonischer Kontrapunk ――を発見しようとすることである。
サイードのテキストでは以下のように表現されている。
「わたしが「対位法的読解」と読んだものは、実践的見地からいうと、テクストを読むときに、そのテクストの作者が、たとえば、植民地の砂糖プランテーションを、イギリスでの生活様式を維持するプロセスにとって重要であると示しているとき、そこにどのような問題がからんでくるかを理解しながら読むことである」(サイード『文化と帝国主義1』p.137/原著、1993:66)。
サイードの対位法的読解は文学批判のみならず、歴史における因果的連鎖にこだわり暗黙利に「歴史の原因」を追求する実証主義的歴史観から自由になれる可能性をもっている。また、世界の中心と周辺での出来事を統一的に理解しようとする世界システム論などとの議論とも関連性をもっている。
社会事象を狭量な因果関係のみで把握してきた社会の理解や、客観的中立の分析態度に対して、(文学批判における)対位法的読解や(社会科学領域における)世界システム論が登場することも、ある意味で対位法的に捉えることができるかもしれない。