愛国主義
patriotism
解説:池田光穂
愛国主義(patriotism)とは、もともとは郷土愛(patria, 家族:出自集団の隠喩)から生まれた言葉「愛国心」にほかならない。ナショナリズムは、ある特定の共同体(コミュニティ)およびそのメンバー(ネーション, nation)への献身をしばしば意味するからである。単一ネーションからなる国家形態、あるいは、多数の民族集団からなっている多様な集団をひとつの国民(ネーション)としてまとめる/まとめようとする国家運営形態も共に国民国家(ネーション・ステート, nation state)と呼ぶことができる。
愛国心は今日では、国民と国家への愛着のうち後者への、排外主義的な国家(state)への執着心をこのように呼ぶことができる[次項を参照→ナショナリズム]。愛国主義の特徴は、親族の出自原理を国家のシンボルと結びつける信条で支えられている。国家のシンボルは、憲法であったり、国旗であったり、国歌であるが、それぞれがフェティシズム的対象化されることが多い。
愛国主義は、多くは郷土の永遠性を願うために、死を賭けた結果として審美化されることが多いが、そのほとんどが、他者(とりわけ同胞の他者)を犠牲にすることを前提にしている。
愛国主義が、郷土愛に根ざす普遍的な心性であるという説明には疑問をいだく人が多く、市民社会、近代社会、帝国主義などの成立過程において、しばしば過激なタイプをとることについて多くの人たちは合意している。ウィリアム・G・サムナー(1906[1975:24])によると、愛国主義は「近代国家に付属するひとつの感情。…出生や他の集団的結束よって所属する公的団体への忠誠である」と述べる。
日本語の用法では、ナショナリストも愛国主義者、民主主義を否定する政治的偏向すなわち「右翼」と呼ばれることがあるが、これは正確な理解とは言えない。国民国家形態を維持するためには、どのような民主主義体制の政治システムも、ナショナリズムやパトリオティズム(愛国主義)を国歌や国旗、あるいはスポーツ選手のナショナルチームどうしの対戦など、それらを国民統合の象徴や文化装置として利用しているからである。
西洋の19世紀はナショナリズムやパトリオティズムが生まれ、また今日における国民国家の形態形成に関するさまざま歴史(あるいは社会実験)があった(おこなわれた)。そのうち攻撃的なナショナリズムやパトリオティズムを、ジンゴイズムやショービニズムと呼ぶことがある。
ジンゴイズム(jingoism)とは、もともとは奇術芸人のかけ声「ジンゴー(jingo!)」に由来するが、帝国どうしの戦いであるロシアーオスマントルコ戦争(露土戦争, 1877-1878)期に英国で流行した歌の中に by jingo (とんでもねぇ〜!)という文言が流行った。ビーコンズフィールド伯ことベンジャミン・ディズレーリ(1804-1881;英国首相在任期は1868, 1874-1880)―ちなみに彼は歴代唯一の改宗ユダヤ人首相―は、保守党党首として保護貿易や対外強硬政策に代表される覇権政治をとった。ディズレーリの中近東政策を支持する、些か誇大妄想的な政治思想を、当時の流行語に絡み合わせてジンゴイズムと呼ぶようになったと思われる。
他方、ショービニズム(chauvinism)は、コニャル兄弟の 戯曲"La Cocarde Tricolore"の中に出てくる Nicholas Chauvin というナポレオンを神と崇める兵士のから由来する、狂信的な個人崇拝や拝外主義あるいは外国人嫌悪(zenophobia)のことをさす。
19世紀のヨーロッパでは、宗教の影響力が低下し、社会的統合力を失っていた。他方で、前世紀から引き継いだ革命や社会変革の思潮が、民主化した市民生活の中に浸透しつつようになり、出版や新聞などのメディアの普及により、市井の人々は頻繁に集会をおこなったり、「政治」に関する議論ができるようになった。(→クリミア戦争におけるナイチンゲールの活躍により戦争への国威発揚を成し遂げられ、また彼女が[戦争システムと補完的な]病院看護婦と養成制度の確立のために英国政治を利用したのは著名な話である:ナイチンゲールの図像学)。このようななかで、愛国主義のさまざまな多様性が生まれてきたのはまちがいがないだろう。
文献:
池田光穂「ナショナリズム入門」(ナショナリズムと愛国主義に関する分析)
W・G・サムナー『フォークウェイズ』青柳清孝ほか訳、東京:青木書店、1975年
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