医療人類学の立場からみた
保健医療協力プロジェクトの持続可能性に関する学際的研究
分担研究者:池田光穂
(15公1)医療人類学の立場からみた保健医療協力プロジェクトの持続可能性に関する学際的研究
分担研究者:池田光穂(■持続可能性イデオロギー入門■)
1. 目的
本研究目的は、医療人類学の立場から、保健協力プロジェクトの持続可能性に関する評価手法を開発し、それを具体的な保健開発プログラム(インドネシアならびにホンジュラスにおける保健プロジェクト)と具体的な開発手法(保健医療部門における青年海外協力隊活動)において適用し、その有効性(=可能性と限界)を明らかにするものである。本年度の目的は、医療人類学の立場から、保健協力プロジェクトの持続可能性に関する評価手法の文献的レビューとそれらに関する予備調査をおこない、次年度にむけての研究データベースを確立することにあった。
2. 方法
概念の社会文化的規定性から考える文化人類学からみれば、本研究で使われている用語としての「持続可能性」は、生態学的環境科学の概念から借用された用語であり、前者は後者の隠喩的表現であると同時に概念をひろく社会科学的概念として拡張したものと理解される。すなわち本研究における「持続可能性」とは、(1)保健医療プロジェクト自体のシステムとしての継続性と、(2)比較的長いタイムスパンの中でプロジェクトが想定するアウトカムの当該社会における維持継続性のことを指している。従って(1)を明らかにするためには、保健医療プロジェクトを構成するミクロ社会学的研究を収集し整理分析する必要があり、(2)を明らかにするために[保健開発を含む]開発プログラムが行われた社会に対するマクロ社会学的研究や開発の民族誌研究などに焦点をあてた情報収集と分析をおこなう必要がある。
これらの資料体からおこなう分析方法は次の3つの手順からなる。つまり文献の収集、内容の分析、および総括的レビューである。文献の収集は、各種データベースや先行研究の内容分析に基づいて引用文献を遡及し、それらのデータにもとづいてオリジナル/複写文献を収集する方法を通しておこなった。内容の分析は、収集した文献が依拠している学問的枠組みや調査手法などを通常の学問的分類(=パラダイム)にもとづいて、それぞれの範疇に分け、個別に読解するという方法をとった。それぞれの読解記録にもとづいて総括的レビューを作成した。
なお前項1.の目的のところで言及した予備調査は、おもに文献収集を目的として、資料のある図書館への訪問、分担研究者との研究打合せ、資料の複写ならびに現物の購入等に費やされた。
3. 結果
組織体としての保健医療プロジェクトを研究分析する際に、通常[=古典的]の社会学者であればミクロ社会学的に考えるか、あるいはマクロ社会学からアプローチする戦略をとるだろう。前者であれば、かつての中範囲―構造機能主義的な組織論という枠組みから調査研究が展開された軍隊や病院の研究がその代表例である。後者のマクロ的な研究では、長期的な変動を視野に入れながら、人間と社会のあり方の観点から保健医療プロジェクトにおける歴史的文脈やマクロ的な社会的文脈の変遷に伴うドナーとレシピエントの関係を分析するだろう。(保健医療プロジェクトを例とすると、宣教師医療、植民地医療、第二次大戦後の国際医療保健、プライマリヘルスケア以降の保健プログラム、オタワ宣言以降の国家保健プログラムの“構造調整”などの時代背景が分析の際に焦点化される)。 他方で、医療人類学者は保健医療プロジェクトを分析対象とする際には、予めそれ自体を社会や文化的文脈から自律独立している社会的範疇とは考えない。むしろその場に参与した行為者がどのように動いたか、どう感じているか、またその参与者を他の人たちがどのようにみているかを通して保健医療プロジェクトを見ようとする。組織体のあり方について考える際においても歴史的社会的な機能的構造的決定を重視しながらも、そこに参与する人やモノが関与する偶発的要因について、その事象の固有性にこだわる。
文献の収集とその内容の分析を通して、このような一般的傾向性を描き出すことができた。もちろん医療人類学はおろか古典的なミクロ/マクロ社会学的アプローチにおいても、保健医療プロジェクトをそのものを研究対象にした社会調査はきわめて少なく、これらは開発途上地域(ないしは第三世界)における村落開発プロジェクトなどの研究なども含んだ分析の結果の傾向であることをお断りしておく。
4. 考察
繰り返しになるが本研究における「持続可能性」とは、(1)保健医療プロジェクト自体のシステムとしての継続性と、(2)比較的長いタイムスパンの中でプロジェクトが想定するアウトカムの当該社会における維持継続性のことを指している。
(1)の意味における持続性に関する議論はこれまでほとんど論じられてこなかったと言ってよい。これは実施主体が自らの活動を検証する時には、自己正当化の論理が働くからである。一般的傾向として次のことが言える。保健医療をはじめ(極端な例示であるが)革命的ゲリラ組織においてすら、プロジェクトを実施する主体は、目標を立て外部から経済的あるいは道徳的支援が続く限り、それを遂行しようとし、またプログラムが結果的に十分な成果に至らなくても、それを前向きな表現に変え、失敗した部分よりも成功した部分を強調しようとする。そのためシステムの継続性を評価し判断するためには第三者的機能をもったエージェントが不可欠になる。しかし、第三者的エージェントは評価される側のプロジェクトとは全く異なった価値基準を外部から持ち込むために、議論の水準では「評価の客観性」をめぐり常に相対主義的な論駁が繰り返されるか、より上位の水準から政治的介入にもとづく中途停止(革命運動用語では粛正)に苛まれる。このような不毛から逃れるためには、プロジェクトのシステムとしての持続性に関する議論は、現状肯定を認めた上での一種の経営学的内部的改革の議論の水準に留まらざるを得ない。
(2)後者の意味における継続性とは、プログラムがもつシステム維持性やそれに関わる技術の現地社会への「移転が成功する」という表現をもって論じられてきた。これに関する学問的議論は、内発的発展論や(外部から注入される)技術移転論など、社会開発のための技術(=ハード)が当該社会の事情(=ソフト)とどのように調和してゆくのかについて、失敗と成功のエピソードを実証的(=経験的)に説明(=解釈)するものがほとんどであった。1970年代以前の評価の関する議論は抽象論的なものに終始し、数量化されたり「実証」という議論は比較的軽視されてきた。しかし、こと保健医療プロジェクトにおいては、「生命の質」概念の登場やIRB(Institutional Review Boad)システムの定着以降、質的評価と量的評価を調和させる方法論が研究の現場を席巻し、「プロジェクトが成功する」ということの意味内容はより具体的になり、かつ様々な評価尺度を用いて測定可能である信念を多くの人々に抱かせることになった。本研究に期待されているアウトカムも、この領域への貢献であろう。
5. まとめ
研究初年度は、文献調査をもとに「持続可能性」の概念について検討した。その結果、[A](1)保健医療プロジェクト自体のシステムとしての継続性と、(2)比較的長いタイムスパンの中でプロジェクトが想定するアウトカムの当該社会における維持継続性を区別することの重要性を確認し、[B]それらの歴史的展開についての考察が不可欠である、という結論にいたった。次年度は、これらの成果をフィールド調査において検証する予定である。
6. 参考文献
1)池田光穂『実践の医療人類学』世界思想社、2001年
2)Law, John., Actor Network Resource, http://www.comp.lancs.ac.uk/sociology/css/antres/antres.htm (Apr. 20, 2004).
3)Schneider, William H., The Establishment of Institutional Review Boards in the U.S. background History, http://www.iupui.edu/~histwhs/G504.dir/irbhist.html (Apr. 20, 2004).
成果
Copyright Mitzubishi Chimbao Tzai, 2004