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せんばづるはどうして、へいわのしんぼるなのでしょうか?
(後半の説明は、大きな人といっしょによんでね)[お子さまのぺーじ]
かいせつ:いけだみつほ
せんばづるを知っていますか?
千わのおりづる(おりがみでつくったツル)を糸でつないだものが、せんばづるです。
漢字(かんじ)では、千羽鶴(せんば・づる)と書きます。
せんばづるは、えんぎのいいとりである、つるを書いたり、折り紙(おりがみ)でおったものを、神社などに奉納(ほうのう)したものが、そのルーツです。
千羽(せんば)つまり、千わのつるは、べつに正確に千(せん)のつるである必要はなく、ただ「多くのつる」という意味であれば、ひとびとは「せんばづる」とよんでいました。
つるは、日本の社会では、縁起(えんぎ)のよい鳥(とり)、おめでたい鳥とされてきたので、多くのつるを、奉納することは、人々が神様(かみさま)により幸(しあわ)せにしてもらったお礼(れい)として、その気持(きもち)をあらわしたものでした。
学校教育などで、折り紙をおることが多くの人にできるようになったとき、感謝の気持ちという表現から、より積極的に神様にお願いする(=祈願)ようになりました。
日本が戦争をしている時には、海外に出かけて戦争に参加する兵隊さんが死なないように、家族や友達が千羽鶴を折ることもありました。
つまり、お願いしたことが成就(じょうじゅ)、つまり成功した時だけでなく、お願いしたい気持ちをこめて千羽鶴を折るように、みんなの考え方が変化してきました。
1945年、昭和(しょうわ)20年、つまり日本が連合軍との戦争に負ける直前の8月6日、アメリカ軍は広島市に原子爆弾を落としました。
原子爆弾により、放射能を浴びた(=被爆[ひばく])女の子がいました。その子の名前は、佐々木禎子(ささき・さだこ)さんといいます。
禎子ちゃんは、放射能によるさまざまな病気で苦しみました。病気と闘っていたその時、鶴を千羽折れば病気が治るのではないかと信じて、あるいは、病気を神様に治してもらうために、せっせと千羽の鶴を折りました。
しかし、そのような奇跡は起こりませんでした。禎子ちゃんは、死ぬ直前まで鶴を折り続けたといいます。禎子ちゃんは12歳で、短い命を終えました。
この物語は、「サダコの物語」として広島の市民にひろく知られることになります。
禎子ちゃんの病気の平癒の祈りは、広島の原爆を体験した人たちにとっては平和の祈りのシンボルとして変化してゆきます。
広島や長崎の原爆を記憶を忘れないようにする記念碑の近くに千羽鶴が奉納されている背景には、そのようなエピソードがあります。
折り鶴の子どもたち : 原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち / 那須正幹 作 ; 高田三郎絵<オリズル ノ コドモ タチ : ゲンバクショウ ト タタカッタ ササキ サダコ ト キュウユウ タチ>. -- (BA31495422) 京都 : PHP研究所, 1984.7 302p ; 22cm. -- (PHPこころのノンフィクション ; 27)
サダコ / カール・ブルックナー著 ; 片岡啓治訳. -- よも出版, 2000
サダコ : 「原爆の子の像」の物語 / NHK広島「核・平和」プロジェクト著. - - 日本放送出版協会, 2000. -- (NHKスペシャル・セレクション)
サダコと折り鶴 : 時を超えた生命の伝言 : 広島平和記念資料館企画展 : 200 0年-2001年記念事業. -- 広島平和記念資料館, 2001
サダコは生きる : ある原爆少女の物語 / K.ブルックナー作 ; 片岡啓治訳. - - 学習研究社, 1964. -- (ガッケン・ブックス)
さだ子と千羽づる / Shanti著. -- オーロラ自由アトリエ, 1994
飛べ!千羽づる : ヒロシマの少女佐々木禎子さんの記録 / 手島悠介文 ; 徳田 秀雄絵. -- 新装版. -- 講談社, 1989
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