「文化」概念の検討
レイモンド・ウィリアムズによる定義:理想・記録・生活のあり方
解説:池田光穂
レイモンド・ウィリアムズによる定義:理想・記録・生活のあり方
彼は文化をアプリオリに定義するのではなく、これまでおこなわれてきた文化の定義のされ方を問題にする。ウィリアムズによれば、文化の定義のされ方には3つの観点からおこなわれてきたことになり、またそれぞれに対応する内包と、それらに対応する「文化の分析」があるのだ。
つまり、(1)文化は「理想」である、(2)文化は「記録」である、そして(3)文化は「社会生活のあり方」である。
(1)文化は「理想」である
・考え方
文化は普遍的な価値によって導かれた人間の完成・理想化された究極目標である。
・この文化分析のスタイル
研究対象(文学、芸術、芸能などの表象)の中に見いだし、それについて記述すること。
日本ならさしずめ、文学研究者や「文芸評論家」などの活動などがそれにあたる。
・この分析の限界[池田によるコメント]
普遍的な人間の完成や理想化された姿というものが、論者によって異なり、歴史的社会的に唯一なものはないという経験的事実に合致させた説明が困難になる(ただし、一部の狭隘な研究者の間にはこのような相対的な視点を理解することが困難な人がいることも事実だ)。
(2)文化は「記録」である
・考え方
文化は人間の知性と創造力の結果の所産であり、その細部に至って人間の思考や体験が記録されている。
・この文化分析のスタイル
実証主義的な方法にもとづく批判的分析。人間の創作活動による記録の範囲はおびただしいものがあり、多くの研究者は、いくつかの特定のトピックを拾い出し、それ以外の事象との連関の中で実証的な証拠を見いだし、説明しようとする。その中で重要になるのは、実証と妥当的な解釈である。
・この分析の限界[池田コメント]
人間が関わってきたものすべて――分析者はなるべくその価値判断に介入することは避ける傾向がある――を、何からの「意味」があるものとして解釈するために、一方では実証的証拠を枚挙する傾向があり、他方では解釈の上に解釈を重ねる傾向がある。なにせ、人間の「記録」であるから、そこからある種の無限の情報的価値を引き出すのである。
(3)文化は「社会生活のあり方」である
・考え方
上掲の記録の一種であるが、現在の生活している人の観察を中心に――その観察のスタイルを応用して、過去に存在した人の生活も類推されうる――、それらの特定の生活のあり方を記したものが文化である。したがって、文化とは人間が創作したものだけでなく、日常/非日常におけるさまざまな制度や行動の中に現れる。
・この文化分析のスタイル
文化人類学の基本的なスタイルである、人々の生活の中からさまざまな事象を記述、分析する。文化の違いは、生活の違いに現れるので、さまざまな文化(=生活)の記録をとることに専念し、それらをさまざまな観点から分析する。
・この分析の限界[池田コメント]
文化を生活の観点から記述することから、経験的に生活の違いは多様に観察されるため、それらの違いを本質化して決定的な違いとする傾向がある。
[文献]ウィリアムズ, R.「文化の分析」『長い革命』若松繁信・妹尾剛光・長谷川光昭訳、pp.43-69、ミネルヴァ書房、 1983年[Williams, Raymond. 1965.The Analysis of Culture. in " The Long Revolution," pp.57-88. London: Penguin Books ]