〈映像人類学〉
What is Visulal Anthropology ?
What is audio-visual representations of the Others ?

解説:池田光穂
◆ 定義
他者の映像表象に関わる現象を文化人類学の立場からアプローチする学問を映像人類学(visual anthropology)という。この分野の下位学問には、民族誌映画学、民族写真論、民俗表象論、映像表象論などがある。
◆ エッセー
冠省
私(=池田光穂)の専門とする文化人類学には、映像人類学(visual anthropology)と いう分野があります。
これは美学的観想や商業的映像詐術を目的としたものではなく、他者の映像的表象の 可能性をさぐる研究領域と記録という目的があります。これらは総じて民族誌的映画 (みんぞくしてき・えいが)と呼ばれるジャンルを形成してきました。そのような 営為を侮蔑する言葉として〈糞どきゅめんと〉という栄えある表現がこれまで生まれて きたように、他者を〈素直に〉表象するということもまた偉大な詐術であるという映像人類学の 理論的反省(ひろく1970年代後半を想定していますが)が生まれました。
このような時代的かつ理論的反省を契機に、人類学的映像表象における映像的(=つまり美学的) 観想の意味や、映像の詐術の構成論的分析などの研究が進み、民族誌的映画というものは 〈他者の映像表象〉を考える格好の材料として、ひろく教育現場にも活用されるように なってきました。私は専門家ではありませんので、これ以上の紹介はできないのですが、 そのようなピチピチしたドキュメンタリー作家が一同に介してイベントをやるということ です。
フィールドに出て、現場でお話をすれば〈他者を理解できる〉というナイーブな理解を よもやこのセンターのスタッフのメンバーはお持ちではないようですが、この分野(=映像人類学) のフェチ狂に近い最新の作品(はっきり言って門外漢にはしょうもないかもれない)を 作者の前で議論するのも、またとないよい機会ではないと思います。
以下にご紹介しますので関心のある方は是非とも足をお運びください。
不一 池田 拝
◆資料
■■■京都人類学研究会12月季節例会のご案内■■■
日時:2005年12月23日(金・祝)13:30〜
場所:京都大学人間環境学研究科 地下大講義室 ※3階333教室ではありませ ん (以下の地図をご参照ください)
http://www.h.kyoto-u.ac.jp/jinkan/top/map.html 資料代:200円
※なお、祝日で人間・環境学研究科棟正面玄関が閉まっております。南東側(吉田 生協購買部側)の入口を開けておきますので、そちらからご入場ください。当 日は付近に案内を掲示しますが、わかりやすい場所ではありませんので、どう ぞ下にリンクした地図をご参照ください。
■「移動媒体としての映像と人類学」
19世紀末、事象の運動と変化をとらえるものとして映像という技術が人類に 加わった。映像の世紀といわれた20世紀、スクリーンを通した時間的・空間的 な移動に人々は魅了された。そして映像によって人々は、スクリーンの彼方へ も連れ去られていった。この移動の痕跡は、対象を言語(あるいは定められた 焦点)によって固定し、分析し、主―客の位置を迫る近代科学の手法ではとら えきれない。異なる感覚器官、時間と空間、主体と客体、意識と無意識、嘘と まことのあいだを往還する映像は、表象の可能性ばかりか限界をもあぶりだす ものなのだ。いま、映像を移動媒体として人類史的経験の位相に重ね合わせな がら、映像を用いた人類学的なアプローチの可能性について考えてみたい。
■ 発表者・上映作品
13:30〜14:15 岩谷 彩子
(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科研修員 ・日本学術振興会特別研究員)
14:15〜15:15 川瀬 慈
(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程) 『僕らの時代は』(55分)上映
休憩(15分)
15:30〜15:40 分藤 大翼
(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科研修員) 『Wo a bele −もりのなか−』(30分)上映
15:40〜17:00 北村 皆雄
(ビジュアルフォークロア) 『見世物小屋〜旅の芸人・人間ポンプ一座』(60分)上映
休憩(10分)
17:10〜 総合討論・質疑応答
コメンテーター
山中速人氏(関西学院大学総合政策学部メディア情報学科教授)
菊地暁氏(京都大学人文科学研究所助手)
■発表者略歴と上映作品の概要
岩谷 彩子 (いわたに あやこ)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科研修員。2005年京都大学大 学院人間.環境学研究科博士課程修了(人間.環境学博士)。1995年より、南 インドやフランスで「ジプシー」と呼ばれている移動民の宗教.社会研究にた ずさわる。主な論文としては、「『宗教をもたない民』の改宗―フランスの『 ジプシー』の事例より」(2000年、『宗教と社会』、第6号)、“Strategic ‘Otherness ’ in the Economic Activities of Commercial Nomads: A Case of the Vaghri in South India ”(2002年、『南アジア研究』、第14号)、「夢が連鎖する空間と主体の生成 ―南インドの移動民が神の夢を語るとき」(共著『社会空間の人類学』所収、2006 年刊行予定)。
発表では、映像を媒介にした複数の次元の移動の問題に焦点を当て、本例会 全体のテーマである「移動媒体としての映像と人類学」にかかわる問題提起を 行なう。特に、これまで南インドの商業移動民ヴァギリの居住地や行商地で発 表者が撮影したビデオ映像や、移動をテーマにした民族誌映画を例に、移動民 コミュニティの生活の諸局面を映像でとらえることの意義について論じる。
川瀬 慈 (かわせ いつし)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程。2001年よりエチ オピア連邦民主共和国にて二つの音楽職能集団、アズマリ(自称:Enzata)と ラリベロッチ(自称:Rawaji)の調査・研究と民族誌映画制作に従事。近著は"Enzata", "Lalibalocc", in Encyclopaedia Aethiopica, Uhlig ed. 2005, "Musical performance and self-designation of Ethiopian minstrels: Azmari", in African Study Monographs Supplementary Issue 29 (forthcoming) など。映画『Lalibalocc-Living in the Endless Blessing-』2005/25min.(日 本語版:『ラリベロッチ−終わりなき祝福に生きる−』)を京大ASAFASメディア ライブラリhttp://areainfo.asafas.kyoto-u.ac.jp/japan/media/media.htmlに て配信中。
『僕らの時代は』 撮影:編集:録音 川瀬 慈 アムハラ語、アズマリ語(日本語字幕)/カラー/DV/55分/2005年(撮影2001〜2004 年)
エチオピア高原の音楽職能集団アズマリの少年タガブとイタイア。単弦楽器 マシンコを携えゴンダールの街で演奏機会を探す彼らに、大人たちの反応は冷 たい。
本作品は、フィールドワークにおける特定の場所、時間に生じた調査対象の 人々と私とのやりとりの現場の微視的な記録から、新たな“民族誌的”表象の ありかたを模索する。そのため各エピソードを、首尾一貫したストーリーに収 斂させたり、人類学議論のなかにあてはめたりするのではなく、私自身が思春 期の彼らとともに遊び悩みつつ重ねた対話の記録という形式をとる。 なお本作品は、アズマリの少年少女が歩む人生の道程を、映像によって数年 ごとに記録してゆくプロジェクトの第一作目である。
分藤 大翼 (ぶんどう だいすけ)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了(地域研究博 士)。1996年よりアフリカ、カメルーン共和国東部州の熱帯林に暮らす狩猟採 集民Baka(バカ・ピグミー)の調査をおこなう。2002年より調査集落において ドキュメンタリー映画の制作を始める。近著は「木霊する森−ピグミーと精霊 −」(『神奈川大学評論』第51号)、「ピグミーの森の音楽」(『ソトコト』12 月号)など。現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科研修員。
『Wo a bele −もりのなか−』 監督:分藤大翼 日本/2005/日本語、Baka語/カラー/ビデオ/30分
『Wo a bele −もりのなか−』は、SKY PerfecTV!(216ch.)で放映されてい る「シネアストの眼」というシリーズ番組の第7作目として制作され、2005年に 放映されました。このシリーズは、シネアスト(映画作家)が“自分”と“自 分の世界”についてのドキュメンタリー作品を制作するというものです。本作 は、カメルーン共和国東部州の熱帯林に暮らすBakaという人々と、文化人類学 者である作者自身を対象としたドキュメンタリー作品です。デジタルビデオカ メラを使用し、撮影、録音、編集の全てを作者一人でおこないました。人類学 者であれば、誰しもが築いているフィールドの人々との親密な関係を描いた作 品です。
北村 皆雄 (きたむら みなお)
1942年長野県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専修卒。映像制作会社ヴィ ジュアルフォークロア代表。駒沢女子大学講師。映像人類学。インド、ネパー ル、チベット、中国、韓国、沖縄などのアジアの人々の生活、宗教、祭祀を映 像記録し、映像人類学、映像民俗学の分野を開拓している。日本の中世にも興 味を持ち、修験や諏訪信仰を研究。TV作品『チベット大河紀行』(NHKス ペシャル、1994)『ヒマラヤ 時空の花園』(TV朝日、1996)、『チョモラ ンマの渚』(TV朝日40周年記念番組1999)ほか多数。映画『カベールの馬』 (1969)、『アカマタの歌』(1973)、『見世物小屋』(1997)、『修驗・羽 黒山秋の峰』(2204)。
著作「つな引きのお祭り」(福音館2005)、共著『古代諏訪ミシャグジ祭政 体の研究』(永井出版、1975)ほか日本原初考シリーズ2冊、『チベット生と死 の文化』(東京美術1994年)、『原インドの世界』(東京美術1996年)、『見世 物小屋の文化誌』(新宿書房、1999)、『千年の修験』(新宿書房2005)。
『見世物小屋〜旅の芸人・人間ポンプ一座』 監督:北村皆雄 出演:安田里 美一座 制作:ヴィジュアルフォークロア 日本/1997/日本語/カラー/60分
今や全国で二つになってしまった「見世物小屋」。 かつて各地の祭りの場に忽然と現れ、おどろおどろしい絵看板とたくみなコマ シで、私たちを不思議で怪しい、恐ろしくも珍しい、面白く物悲しい別世界へ と引きずり込んで、未知の感覚に目覚めさせたあの懐かしい世界。 この作品は、最後の肉体芸のパフォーマンスといわれた、人間ポンプこと安田 里美さんとその一座9人の「秩父夜祭り」興業を内側から記録した作品である 。 飲んだ金魚を生きたまま釣って出す、瞼に紐付きボタンを挟んで繋いだ水入り バケツを振り回す・・・ どれもこれも想像を絶する引退の驚異で観客の目をわしづかみにしてゆく。 目が弱くアルビノ(白子)の傷害を持ちながら67年間舞台に立ってきた安田里 美さん(71)、呼び込み役の妻春子さん(68)、客寄せのタコ娘になる知的障害 者のフクちゃん(61)、それに”首だけ人間”になるカズさん(63)と”山鳥 娘”の名で四つから働いてきたナミちゃん(68)等、「見世物小屋」には異形の 人たちが集まっている。 医者も救えない、法律も救えない、宗教も救えない人たちを「見世物小屋」が 救っている。 ここで生きる人々の芸と人生、移動する人々の光と闇の世界をとらえた。 (119分の作品ですが、今回は1時間バージョンでお見せします)
京都人類学研究会事務局
文献
◆ なになに人類学・入門 ◆ 小猿のリスト ◆ 文化人類学用語集