テロリズム
political terror, terrorism
解説:池田光穂
政治を遂行するために恐怖を手段として利用すること。しばしば恐怖政治と呼ばれることがあるが、語義に従えば恐怖主義、すなわち恐怖を手段とする一時的、恒久的統治手段あるいは思想のことをいう。
通常の用法では、恐怖は、広義の暴力や権力とアナロジーされることがあるので、このような文脈で捉えれば、現実の政治はおしなべてテロリズム的性格を内包する。しかし、そのようなことに無自覚になれば、恐怖を使うことが、政治の本来の目標を凌駕し、暴力や権力行使そのものが自己目的化するような逸脱ケースを、我々はテロリズムを非難する立場から、テロリズムやテロリストと、敵対する政治党派やグループをスティグマ化して使うことに慣れている。
その意味で、現代のテロリズムの用法は、かつてのスターリニストたちが、いわゆる極左冒険主義をトロツキストと呼び慣わしたことと類似する。その意味ではテロリズムは、逸脱した政治的マイノリティを呼び慣わす用語になっていた。
また、ファシズム期のドイツやイタリアも、政治の手段として恐怖を存分に活用――冷戦期にはCIA [1947-, former OSS, CIG, OPC]やKGB[1954-1991]などにそれらの技法が転用と応用――したが、これらの政治体制は全体主義やファシズムと呼ばれて、テロリズムの独自のテーマとして扱われることがない。たぶん、ファシズム分析の古典的概念になっているヘゲモニーを再定義したアントニオ・グラムシなどの影響で、ファシズムは恐怖による支配よりも合意に基づく――あるいは合理性と思われる概念や手続きによる――支配であると考えていたからであろう。したがって、この場合のテルール(テロル、恐怖)は、政治的小集団による手段という意味にまで極小化していた。もちろん、高度に組織化した国家が恐怖を使って統治する現象が現実になくなっていたというわけではない。
にも関わらず皮肉なことに、テロリズムの語源であるフランス革命末期マクシミリアン・ロベスピエール権力掌握期のテルールの体制(Regime de la Terreur, 1793年6月2日〜94年7月27日)のように、政策遂行の目的というよりも、敵対派を封じ込めるという点で、統治目的のための粗暴な手段としての恐怖の利用というのが、テロリズムが国家統治のためのお手軽な手段になることを示している。
北朝鮮と同様、広義の意味でのテロリズムを行使している国家と言えるジョージ・ブッシュ・ジュニア期(2001-2008)のアメリカ合衆国が、反米国家の政治行使形態を「国家が支援するテロリズム」(state-sponsored terrorism)と呼び慣わしたことはよく知られている。合衆国によるこのようなネーミングは、本来はテロリズムというものを矮小化したいがためであったのだろうが、結果的に国家統治手段としての恐怖が、潜在的な選択肢としていまだ健在であることを、民主主義国家そのものが認めざるえない状況を反映しているのであろう。
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