参与観察
participant observation
解説:池田光穂
文字通り、人びとがおこなうイベント(祭礼、儀礼、結社、偶発的行事など)に参加することを通して、観察データをえること。
フィールドワーカー(→フィールドワークを実践する人、調査者)には欠かせない行動原則であるが、それにより得られるデータは、調査者の経験知、実践知というかたちにならないデータから、フィールドノート(ノーツ)、録音、写真や動画記録、文書情報など、有形のデータまで、きわめて多様である。
ここでのデータは、調査は参加しなければ得られないが、参加すれば過不足なく得られるというわけでもない。そのため事前の民族誌データの入手、それらの読解や分析、調査計画の立案、実際の参加、イベント終了後の関係者や参加者への事後的なインタビュー、追加の資料収集などと、参与観察は有機的に関連づけられる必要がある。
だからといって参与観察は、観察技法に長けたエキスパート(熟達者)だけに開かれたものではなく、(秘密結社などの入会は例外として)さまざまなイベントがゆるやかに参加を誰もが公的に認められたものでありために、フィールドワークの根本的な経験を構成することも事実である。
他方、だからと言って、私は部外者として唯一参加したから、そのイベントについて語り尽くせるというものでもない。また、参加の経験豊かな現地における当事者が、すべてのイベントに熟知しているわけでもない、その時空間に居たという経験とそれに関する反省的意識もまた重要である。
したがって、参与観察はすべてのフィールドワーカーにとって、不可欠で基本的な経験であり、比較的どのような熟達度の人においても可能なものである。他方で、誰にでもできるという簡便さと同時に、その時空間において存在したという経験だけが特権化する――たとえば私が唯一のその場の経験者であるので、その経験は無条件に重要であるという意識――ことにも警戒しなければならない。
参加し、観察するという文化人類学の基本的な実践であるが、参与観察がもつ、実践的かつ認識論的な未解決の課題は多い。つまり、文化人類学のフィールドワークに関わる重要なテーマでありつづけている。
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