コミュニティ
community, comunidad, 共同体
解説:池田光穂
コミュニティ(共同体)は、(i)おなじ空間に居住し、(ii)さまざまな活動を通して(iii)紐帯を維持している(iv)集団のことを、原義的にはさす。コミュニティのこの4つの属性からなる集団を、原義的コミュニティとまず名づけておこう。
しかしながら、そのような原義的コミュニティは現実には存在しない。なぜなら現実のコミュニティは、これらの4つの要件そのものが曖昧であったり、またひとつあるいは複数の要件がなくても、今日我々がコミュニティ(共同体)と理解するものからなっているからだ。これを、現実のコミュニティと呼んでおこう。
例えば、(i)同じ空間には、町内の区画から地球サイズまでさまざまな広がりがある。(ii) 活動や(iii)紐帯は必ずしも永続的なものである必要がないし、場合によってはコミュニティのメンバーどうしが敵対関係にあっても、同じ空間に属することでコミュニティのメンバーだとみなされることがある。さらに、ヴァーチャルコミュニティのように、(iv)集団であることを物質的に確認できないものがある。
今日ではコミュニティ概念は、地域的なつながりの集団(=これを地域コミュニティと呼ぶ)と、構成員の属性や帰属意識からなりたつコミュニティ(=これをテーマコミュニティと呼ぼう)に大きく大別できるだろう。後者の集団が現代社会(近代社会)において重要になっているのは、言うまでもなく情報通信手段の発達によるものである。
ドイツの社会学者フェルディナンド・テンニエスは「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」(Gemeinschaft und Gesellschaft, 1887)という論文を書き、前者、ゲマインシャフトを親族や地縁さらには友愛関係でつながった共同体とし、後者すなわちゲゼルシャフトを人為的で(構成員が)目的をもって集まる共同体であると区別した。テンニエスの想定ではゲゼルシャフトの典型は会社や近代国家である。
テンニエスの共同体理解は、社会の紐帯の形は進歩するという進化主義的な見解と、ゲマインシャフトのなかに伝統社会の形態を投影するロマンティシズムな見解がないまぜになっている。後のナチズムや日本の帝国主義は、近代国家のなかにゲマインシャフト的な幻影を投影しようとしたし、共産主義社会の理念は史的唯物論にみられるようにゲゼルシャフトの極北の体をなす。
また現在の官僚制が息づいている近代日本の社会では、コミュニティやリーダーシップという用語のなかにゲゼルシャフト的な心証を持たせることにより、人口の高齢化などにより旧来の維持機能が衰退しているコミュニティ(共同体)を蘇生・統合(=生き返らせる)しようとしている。
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