競争的パーソナリティ
competitive personality
解説:池田光穂
自由主義的資本主義、レッセフェール経済、ならびにネオリベラリズム(新自由主義)経済活動のなかで、重視される人間性の性質(=パーソナリティ)のこと。
もちろん、この人間性の性質、それ自体はいけ好かないものではあるが、さまざまな文脈の中では価値があるものとされる。
たとえば、社会が学力や経済力を自由に参加できて、努力に見合っただけの納得できる報酬を得えることができる場合や、敗残者のケアも社会が保証する(=セーフティネットというらしい)場合、このようなパーソナリティは好ましいものとされて、子供たちの親は、子供をそのようにけしかけて訓育する。
もちろん、そのようなパーソナリティによって社会的成功を得た保護者の場合は、子供に対する訓育のイデオロギーの強度は増し、自明なものになるだけでなく、社会の犠牲者のことを忘れるための都合のよい言い訳にもなる(→犠牲者非難)
このパーソナリティが極限まで当該の社会制度に適合的になると、「競争こそが人間社会をよくする」という、今日われわれが親しくなじむネオリベラリズム論者が妄信する社会の自動調整仮説(=神の見えざる手による)の信仰にも行き着くことになる。
文献
ミルズ、C.W., 競争的パーソナリティ、『権力・政治・民衆』ホロビッツ編、青井・本間監訳、Pp.216-223、みすず書房、1971年
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