コミュニケーション
Definition of Communication
解説:池田光穂
コミュニケーション(communication)の語源は、ラテン語のコミュニス(communis)すなわち共通したもの、あるいは共有物(common コモン)と言われている。これは、コミュニケーションの本質を理解する上で重要なことである。
マルクス主義は、生産手段の〈共有〉を目標とした社会運動論であり、それが結果的に私的所有の廃絶を生じると想定されていた。ここでも人類の共通の理想としての共通・共感・共同という一体性が強調されていた。
コミュニケーションの日本語への翻訳は多様で辞書をみても、伝達、報道、文通、伝染(cf. communicable disease)、連絡、情報、通信、交通(コミューター)などがあり、何かが伝えられていることを指し示している。しかし、これは伝えられることを通して、「何かが〈共有〉される」というある事態の結果、ないしはその進行のプロセスのことを意味していると理解したほうがよい。コミュニケーションについては英語も日本語も、そのような意味の束が主たるものである。[→コミュニケーションスタディーズ総論]
したがってコミュニケーションの理想的な翻訳は「伝達共有過程」ないしは「伝達の共有」というのが、もっとも語義に叶ったものになる。ここから展開すると、コミュニケーションはメッセージの相互のやりとり、なしはそのようなやりとりの結果〈ある事象が共有されている状態〉ということになる。
ウィナー(1961)はメッセージを次のようにそっけなく定義している。つまりメッセージとは「時間内に分布した測定可能な事象の離散的あるいは連続的な系列のこと」であり「電気的・機械的な方法、あるいは神経系などによって伝送されるもの一切を含んでいる」と[ウィーナー1962:11]。
このような〈情報の共有性〉の確保について、もっとも簡潔で合理的なモデルを与えたのが、クロード・シャノンとワレン・ウィーバー(1949)であった。
情報が正しく伝わったり、伝わらなかった(言い換えると、情報が共有されたり、共有されなかったり)するには、情報の発信者と受け手が、別々の存在であるということが、このモデルの前提になる。それらの間で情報がやりとりされ、最終的に〈共有〉されるわけである。シャノンは情報を数学的にとらえ、電気通信的なモデルで表現した。それによると情報源は確率過程として理解され、エントロピー関数により情報量を定義した。
シャノンとウィーバーの理論の要衝は情報をいかに迅速かつ正確に伝えることを実現する数学モデルにあった。しかし、人間を含む生物一般や、生物の体内のシステムにおいても、このような機能プロセスはよく観察されるために、コミュニケーション一般のもっともシンプルで合理的なものとして利用することができる。
それは情報源(下図で「情報発信者」と表記)は、伝えたいメッセージを選択し、それを信号に変え、コミュニケーションチャンネル(コミュニケーション媒体で、音波、電線、電波、インターネットのケーブルなど)を通して、受信体(「受信者」と表記)に送られる。この伝達過程で、情報はさまざまな妨害をうけ、正確に伝えられないことがある。それをこのモデルはノイズと定義する。受信者は受け取った信号を再びメッセージに解読して、情報発信者の発したメッセージを解読している。情報発信者のメッセージと受信者による解読内容が合致した(共有された)時、コミュニケーションが成立したというのである。
Shannon and Weaver, 1949, p.7
シャノンとウィーバーは1949年に『サイエンティフィック・アメリカン』に寄稿した「分析的コミュニケーション・スタディーズ」を冠した論文において、コミュニケーションについて次のように書いている。
【原文】
"The word communication will be used here in a very broad sense to include all of the procedures by which one mind may affect another. This, of course, involves mot only written and oral speech, but also music, the pictorial arts, the theatre, the ballet, and in fact all human behavior. In some connections it may be desirable to use a still broader definition of communication, namely, one which would include the procedures by means of which one mechanism (say automatic equipment to track an airplane and to compute its probable future positions) affects another mechanism (say a guided missile chasing this airplane),"(Shannon and Weaver 1949:3).
【拙訳】
コミュニケーションという言葉は、ある精神(マインド)が別の精神に影響を及ぼすようなものによって引き起こされる諸手順のすべてを含む、はなはだ広い意味において、ここで使われることだろう。もちろん、これ(=コミュニケーション)には、書かれ話された言葉(スピーチ)のみならず、音楽、絵画芸術、演劇、バレー、それどころか、すべての人間行動までも包摂している。ついでながら言うと、コミュニケーションをさらに広い定義でとらえることは妥当なものとなるだろう:つまりそれには、あるメカニズムが別のメカニズムに影響を与えることによる手順を含めてもよい(例えば、航空機を追跡し想定される将来の位置を計算する自動装置は、その航空機を追尾する誘導ミサイルに影響を及ぼすように)(Shannon and Weaver 1949:3)。
シャノンとウィーバーによる、この『サイエンティフィック・アメリカン』論文が重要な点は、彼らのコミュニケーションの定義について「情報論的で狭量である」という従来の見方は純然たる彼らに対する私たちの誤解に由来することを示す。より積極的に言えば我々は、人間のコミュニケーションの特権性をないがしろにした責任を、無実のシャノンらに投影する誤謬と偏見をもってきたことなのであり、そのことを率直に反省しなければならない(テキストに精通するはずの人文学者が、はからずも情報論の原典をきちんと読んでないということだったのだ。
シャノンとウィーバーもまた、コミュニケーションの過程は経時的あるいは因果的に複雑な状況を生起するものであるという我々の常識と共通していることを、ここで改めて確認しておこう。
人間がおこなうコミュニケーションを私(池田)は、人間コミュニケーションあるいはヒューマン・コミュニケーションと呼ぶ。人間コミュニケーションを成り立たせる媒体は社会である[→臨床コミュニケーション]。
コミュニケーションがうまくなりたたない時、それをコミュニケーション不全あるいは和製英語ふうに「ディスコミュニケーション I (= one, ワン)」と呼んでおこう。コミュニケーション不全とは、想定されたコミュニケーションのアウトカムが不十分・不完全・不能のいずれかである。ただし、語の厳密な意味でのディスコミュニケーションには、それ以外にコミュニケーションのアウトカムに関する価値評価がゼロ(零)――言うならば不全ではなくて完全にない状態[=にも関わらず双方あるいはどちらか一方はコミュニケーションの価値評価に関する判断を継続している状態]――のようなコミュニケーションの様態を含むことがわかる。これをディスコミュニケーション II (= two, ツー)と呼んでおこう[→ディスコミュニケーションの定義と理論]。これは、コミュニケーションを広範な現象とみるシャノンとウィーバーの知的遺産を、ただしく引き継いだ論理的帰結である。
***
文化人類学者のクリフォード・ギアーツは「厚い記述」という論文の中で、まばたきを例にして、コミュニケーションにおけるメッセージの送受信におけるメッセージの解読過程について有名な議論をおこなっている。
少年がこちらをみて、目配せとしてのウィンクした時には、我々はそれを彼がいたずらを成功して、こちらに合図を送ったものとして解読することもできるし、他方で、ただたんに眼にゴミが入ったということも考えられる。このメッセージを正しく解読し、情報を〈共有〉するためには、メッセージの送り手の少年と、それをみて二通り(あるいはそれ以上の可能性)の解釈をおこなう観察者である私の関係性や、それらがおこなわれた社会的文脈を考慮する必要があるということだ。これもシャノンとウィーバーのいう、ある精神(マインド)が別の精神に影響を及ぼすということであり、その影響を与える要素(ノイズ)として文脈を考えることだ。
メッセージは多義的に解釈(解読)される可能性があり、また偶然の現象(眼にゴミが入る)と必然の現象(私と彼の間の関係や出来事がおきた時の状況からそのように判断できる)を、人類学者はさまざまな状況を手がかりに解釈しなければならない。それが、ギアーツのいうところの文化の理解にほかならない。文化人類学(解釈人類学)の観点からみて、人間コミュニケーションについての研究はまさに、文化についての研究にほかならないことを示している。
文献
コミュニケーションの数学的理論 : 情報理論の基礎 / C.E.シャノン, W.ヴィ ーヴァー著 ; 長谷川淳, 井上光洋訳. -- 3版. -- 明治図書出版, 1977(The mathematical theory of communication / by Claude E. Shannon and Wa rren Weaver. -- University of Illinois Press, 1949)
Cybernetics, or, Control and communication in the animal and the machi ne / Norbert Wiener. -- 2nd ed. -- M.I.T. Press, 1961(ウィーナー『サイバネティックス:動物と機械における制御と通信』池原止戈夫ほか訳、岩波書店、1962年)