デカルト劇場
Cartesian Theatre, CT
解説:池田光穂
デカルトによると(人間しか持たない)意識は、非物質的な「魂」に由来するものである(デカルトによるとそれは松果体にあると想定された)。魂は「死せる物質」すなわち「寿命がなくなる身体」に対比するものとしてある。これは、今日では、デカルト的二元論(Cartesian dualism)あるいは心身二元論 と呼ばれている。

唯物論的な自然科学者とりわけ今日の神経学者や脳科学者たちは、デカルトのこの想定をナンセンスなものとして退けるている
しかしながら、自然科学者の多くの人が、デカルト的二元論を批判しているにも関わらず、意識のことを論ずると、しばしば意識を観察している別の客観的観測者を想定する――しばしば小人であるホルムンクスに喩えられる――思考の習慣が、いまだに残っている。
ここでは意識は場所か入れ物、すなわち劇場のように考え、その劇場の中に、別の客観的観測者(=観客)を想定する思考を繰り返してしまう。(さらなる別の客観的観測者を想定する不毛はしばしば「無限後退」論と言われる)
ダニエル・デネットは、このような無批判な微小観察者の前提を馬鹿にして、その意識を入れ物(空間)のように表現する誤謬をデカルト的劇場と批判した。また(唯物論的には批判される)このような考えを持つ人をデカルト唯物論者だと揶揄した。
文献
ダニエル・デネット『解明される意識』山口泰司訳、青土社、1997年
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