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ナショナリズム・民族集団・少数民の研究に関する基礎知識
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ナショナリズム・民族集団・少数民の研究に関する基礎知識
それぞれの基本語彙について定義の明るくない方は、次のリンクで確認をとりましょう!
■ナショナリズム研究における2つの潮流(A・スミス 1986)
(1)原初主義者(primordialist)
1.1 ネーションの本源性を信じる過激主義:政治的には苛烈だが理論的には無意味な考え方
1.2 ネーションは本源的ではないが始原的歴史性をもち価値があるとみる永続主義(perennialism)(例:ホブスボーム 1992[1983])
(2)近代主義者(modernist)
2.1 経済派:経済的なまとまり(=経済共同体としての国家)を重視する立場
2.2 政治派:政治的なまとまり(=国民国家)を重視する立場
2.3 文化派:国民の文化的まとまりや統一性を重視する立場(ゲルナー 1983『国民とナショナリズム』)
・エトニー(ethnie):アンソニー・スミス(1982)の独自的な使い方で、前近代の民族――つまり上述のPrimorodalists的な意味での――集団を措定する。
・A・スミス(1986)以降の議論では、本源主義(primordialism)の対立概念としてしばしばあげられるものは構成あるいは構築主義(constructivism)である。後者は、民族集団同様、帰属国家への国民意識は、集団の内外からの働きかけによって事後的に構成されたものであり、本源的な根拠を持ちにくいという立場の表明になっている。
■自民族中心主義(ethnocentrism)とエトニシズム(ethnicism)(A・スミス 1986)
自民族中心主義(ethnocentrism)はすでに説明しているが、集団がもつ「自己の集団を至上あるいは中心にみて周辺他民族を低く価値づける」一般的傾向[→リンク:自民族中心主義]。
エトニシズム(ethnicism)は、自民族エトニーを(他民族の人種主義などに対抗し)防衛するための集団行動としてとらえる(A・スミス 1986)
ミソモチュール(mythomoteur):これもA・スミスの造語で、エトニシズムをつくりだす神話=シンボル複合体で、彼は王朝的なものと共同体的なものを区分している。
■ネーションのつくられ方
・経済・行政・文化の3つの要素分野における3つの革命が重要だ。
・出版資本主義(B・アンダーソン 1983)[→アンダーソン『想像の共同体』論]
・フランスの教育(E・ウェーバー 1970)
■ネーションの2つのタイプ(A・スミス 1986)
(1)領土的ネーション(territorial nation)
(2)民族的ネーション(ethnic nation)
■包摂(inclusion)と動員(mobilization)
・ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行を、包摂と動員で説明できるとしたのが、A・スミス(1986)。
■ユネスコの人種と人種差別主義(レイシズム)に対する声明
・1950年 人種に関する声明
・1950年 人種と人種差別主義(レイシズム)に対する声明
・1964年 モスクワ宣言(人種の生物学的側面に関する提言)
・1967年 人種と人種偏見に関する声明
・1978年 ユネスコ総会「人種と人種偏見に関する宣言」採択
■植民地主義の遺産
・アフリカは西洋列強の帝国主義時代の産物である「分割統治」の遺産によりそれぞれの国民国家としての後に独立したが、これらの新興国は国民の独立意識を高めるために、独立後に国家建設(state building)の課題に直面することになる。
■国民性の原理(nationality principle)
・国民をどのような種別カテゴリーにあてはめるかの選択原理や基本理念をこのように呼ぶことができる。
■集団と経済
・宗教(プロテスタント)と資本主義の勃興(例:R・トーニー、M・ウェーバー)
・民族集団(ユダヤ教徒)とヨーロッパ資本主義の関連(例:W・ゾンバルト)
・徳川の宗教と経済倫理(R・ベラー)
・ユダヤ人集団の位置づけをめぐる問題(宗教徒、民族、階級という錯綜した位置づけ)
■記号としての民族集団の隠喩
・人種
・階級
・言語集団
・文化的集団
・マイノリティ/マジョリティ
・国民(nation)
・人民あるいは民(people)
■エスニック・マーカー
記号としての民族集団の隠喩を、実際に存在し、自他共に認める徴をエスニック・マーカーと呼ぶ。人種的(すなわち生物学的)特徴、階級、言語、宗教、文化などがその徴になりうる。
■民族概念の始祖=ヘルダー
・ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(1744-1803)は、言語が神から与えられたという「言語の神授説」を批判し、文化の基盤概念としての言語の意義を主張した。そしてヘルダーは、文化の多様性と個々の集団帰属の結びつきから「民族語」の意義を明らかにしている。[→池田 online: 100606LAorz.html]
■オーストロ・マルクス主義の意義[→池田 online: 100606LAorz.html]
・オーストリア=ハンガリー帝国期(1867-1918)のオーストロ・マルクス主義者オット・バウアーやカール・レンナーらの多民族による国家形成についての理論が議論されたが、彼らの関心は民族すなわち国民がどのような政体に帰属するのか、その意識や文化言語の関係、ならびに政治的自己決定の考え方について、現実に直面する問題として議論された[→池田 online: 100606LAorz.html]
・オット・バウアーは、ネイションが気質と運命を共有する集団であるとしたのに対して、カール・カウツキーはネイションは言語共同体であると考えた。
・レーニンによるオット・バウアーが批判され、スターリン「国民問題」(Die Nationaltaetenfrage, 1913)は公定マルクス主義の重要な文献となった。
・レーニンによるネイションの自決権という主張は革命の早い時期から主張されていたが、実際には闘争の手段として従属していた。
・マルクス主義者にとって、ナショナリズムは反革命の象徴であったが、1960年代以降、反植民地闘争のなかで第三世界で革命運動がナショナリズムとの関連性の中で発展したときには、ソビエトはそれを容認していた。
・1989年以降はソビエトにおける連邦に属する各地域(=国家)でのナショナリズム運動はロシア中央での制御は実質的に難しくなった。ソビエトは1991年に解体。
■先住民概念の歴史的淵源
・先住民の原初的(primordial)を前提にする。ただし、必ずしもア・プリオリというわけでなく、先住民間の諸関係のなかで、民族集団そのものも歴史的には分派したら「創生」する可能性をもつ。つまり、先住民社会にも、民族創生において動態的なことが認められる。
■民族間の支配/被支配の関係
・人口圧、戦争征服技術の発達、他民族支配観、あるいはヨーロッパの「植民征服思想」などにより、先住民の住む地域への征服・植民行為は歴史上さまざまな局面でみられる。
・植民国家(settler state)形成における、植民者は、征服者として先住民を支配におき、居住地の移動や労役搾取などの支配的な力(時に暴力)を行使してきた。
・先住民が近代国家概念を形成していない場合、植民国家は最初の独立国家であることを僭称する。しかし、先住民側からみるとそれは、「国内植民地主義(domesitic colonialism, endo-colonialism)」に他ならない。
■マイノリティとマジョリティ
・マイノリティとマジョリティは一義的には、人口の相対的格差を表現し、前者は(人口の)少数派、後者は(人口の)多数派を意味する。
・人口の多い多数派と人口の少ない少数派は、権力の多寡と平行な関係にあるのではない。少数派のエリートが権力をもって、多数派を民族的に差別、抑圧、分離統治することがある。
■マルチエスニック(多民族)国家
・マルチエスニック(多民族)国家は、複数のマイノリティと使用言語、そして宗教のマイノリティから構成される。
■国民融合・統合を目論む国家
・少数民族への差別や搾取は国民統合にそぐわないと考える国家は、少数民族への医療福利サービスなどと同時に、公教育を通して、公用語の使用などをおこなう。少数民族の当事者たちからは、中央政府による「飴(アメ)と鞭(ムチ)」だと批判されることもある。
・このような政策を一般的に「同化政策(assimilation)」と呼ぶ。
・また同化や同化に対する抵抗が問題になるとき、「民族的少数民問題(ethnic minority problem)」という。
■複数の移民から成立する国民国家
・アメリカ合衆国、カナダ、オーストリアなどは、歴史的に先住民の「平定」過程の歴史をもつが、植民者は海外からの複数の出自集団の民族であり、つねに、帰属民族の複数性の保証と国民統合という相反する政治課題が重要になる。
■先住民はなぜ「先住する民」と呼ばれるのか?
・先住民は英語では「先住する民(indigenous people)」と呼ばれる。
・この言葉の起源は、16世紀初頭アメリカ大陸ならびにカリブ海島嶼地域に住む先住民をインド人と間違えたことに由来する。
・英語、スペイン語、フランス語の先住民の呼称は、この「誤解されたインド人起源」に由来するが、それに代替する言葉がないために、今日まで使用されている。
■アパルトヘイト
・南アフリカ共和国で19世紀末から1994年4月までつづいた悪名高き、黒人の権利制限のための排他的な人種隔離政策。人種差別が憲法によって規程されているために、誤った国家政策の典型的な見本として、あるいは、憲法には人権宣言を遵守するにも関わらず国家主導の人種差別政策があると、この用語を使って非難されることがある。そのため、人種差別の悪の象徴で現在まで多くの人たちに記憶されている。
■エスニック・リヴァイヴァル
・開発途上地域における開発や公教育制度の普及など近代化の過程で、人びとの民族帰属意識は衰退し、国家が提供する(=形作る)国民意識へと変化していくものと思われてきた。
・1975年のH・アイザック『部族の偶像』のような論考では、他の集団への恐怖を克服し、「基本的なグループアイデンティティ」を確立するために民族の意識が再び芽生えてくる可能性を示唆した。アイザックの解釈は、ネオフロイト派による精神分析あるいは心理学的解釈であるが、実際の現象としてとりわけ冷戦構造の終焉以降、世界のマイノリティや先住民によるエスニック・リヴァイバル現象は所与のものとなった。
・しかしアンソニー・スミス(1981)によると、エスニック・リヴァイヴァルの起源は18世紀にも遡れるという。
■ナショナリズムの理論家
・ルナン(1823-1892):国民(ナシオン)は毎日行われる投票だという表現で、歴史的な本源性をもちにくいことを指摘。
・ゲルナー(『国民とナショナリズム』1983:53):ネーションは自ら共同体として主張する意思集団であり、ネーションを創り出すものはナショナリズムに他ならないと主張。
・B・アンダーソン(1983)は、ネーションは、想像の政治共同体だと主張。それをつくり出し、思想を流通させたのは、植民地で独立を希求した「ナショナリスト」と彼らの主張を印刷し普及させた「出版資本主義」だとした。後者の点においては、ゲルナーもまた高い識字率や文化が必要だという点で同様である。
■ラテンアメリカ固有の特徴
・ラテンアメリカという概念は、ナポレオン3世がアングロアメリカに対抗してフランスの帝国主義を正当化するために考案された地政学的概念である。なぜなら、フランスはラテンの国(La Latinite)だったからである。
・スペイン植民地期においてラテンアメリカのエリートは2派に大別できる。ひとつはイベリア半島の文化やカトリックに深く信頼を寄せるもの、他方は、フランスの啓蒙、英国の合理主義、アメリカのプラグマティズムと経験主義を理想とするような新大陸独特の進取の精神をもった人たちだった。
■文化闘争とナショナリズムの桎梏(ラテンアメリカの場合)
・アメリカ的なアイデンティティを持つ際に直面する、植民地の遺制とヨーロッパから来た進取の精神という極端な矛盾があった。後者の典型例はシモン・ボリヴァル(1783-1830)の構想したひとつの「アメリカ」国民統合の夢に体現されている。
・ラテンアメリカにある非常に豊かな文化的多様性と、教区によるパッチ上の区分が後の独立期の国民になる(実際には相互の干渉や戦争などにより国境係争が長く続くパロキアリズム=地方主義への伝統にまで反映されている)。
・先住民が独立の主体になるのではなく、先住民と植民者の混血の末裔による国民国家のよる共和制や独裁政治により形成期を迎える。
・先住民文化に対する極端な差別意識と、スペイン植民初期に抵抗した「偉大なる先住民」のリーダーや王朝などのシンボルの国家的取り込みという、矛盾した先住民表象の差別と流用の歴史。
・スペイン植民期に形成された細かい人種的カテゴリー分類と身分制差別の意識を、独立後も払拭できなかったこと。
・混血の思想は、当時の科学的合理主義の概念と関連をもちながら国民統合のイデオロギー(例:バスコンセロス J. Vasconcelos, 1881-1959: Raza Cosmica, 宇宙=コスモス[的広がりをもつ普遍的]人種)にまで成長する。
■インディヘニスモ・イデオロギー
・1940年から米州インディヘニスモ会議(Congreso Indigenista Inter-Americano)とインディヘニスモは、先住民を農村共同体としての発展のために、近代化することが目的とされ、最近になるまで先住民差別問題や文化的アイデンティティ問題は大きなテーマにならなかった。
■先住民への権利容認
・1972年 パナマ憲法
・1986年 グアテマラ憲法(1996年の和平合意)
・1987年 ニカラグア憲法
・1988年 ブラジル憲法
■近年のうごき
・1992年 リゴベルタ・メンチュ(グアテマラのキチェ民族)のノーベル平和賞
・1993年 国際先住民年
・1994年 メキシコチアパスでのFZLN(Frente Zapatista de Liberacion Nacional)の蜂起
■文献
池田光穂「中米先住民運動と政治的アイデンティティ:メキシコとグアテマラの比較」[http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/100606LAorz.html]
池田光穂「ナショナリズム入門」
Smith, Anthony., 1981. The ethnic revival in the modrn world. cambridge: Cambridge University Press.
Smith, Anthony., 1986. The Ethnic Origines of Nations. London: Blackwell.
Anderson, B., 1983. Imagined Communities. New York: Verso.(2006: New Edition)[白石隆・白石さや訳『想像の共同体』リブロポート、1987年]
Hobsbawm, E., and T. Ranger eds., 1983. The Invention of Tradition. Cambridge: Cambridge University Press.[前川啓治ほか訳『創られた伝統』紀伊國屋書店、1992年]
Stavenhagen, Rodolfo., 1991. The Ethnic Question: Conflicts, development and human rights. United Nation Press.[R・スタヴェンハーゲン『エスニック問題と国際社会』加藤一夫 監訳、御茶の水書房、1995]
Weber, E. 1979. Peasants into Frenchmen: The modernization of rural France, 1870-1914. Stanford: Stanford University Press.[大阪大学・総合図書庫]

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