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科学者の定言命法、あるいは主観的実践原則

"kategorischer Imperativ" for all scientists, and/or Subjective Maxims for you, a scientist

池田光穂

カントに慣れ親しんだことのない大多数の科学者の方 には恐縮ですが、ちょっと奇妙で難しいことを言いますが、御辛抱ください。イマヌエル・カントは『人倫の形而上学の基礎付け』において、定言命法(ていげ ん・めいほう:kategorischer Imperativ)という倫理原則を提唱しました。これは、「無条件になになにしなさい」という命令法です。実際に、多くの宗教では、「人を殺すな」 「他人に嘘をつくな」(註1) 「不倫をしてはいけない」などの定言命法を採用していますし、また多くの世界の法律も、そのような原則を採用して、そこから逸脱したものに処罰や科料(か りょう:罰金のこと)を科すとしています。

さて、ここで焦点化されるのは、科学者の世界(つま り社会)に、このような定言命法があるかということです。言い替えると「研究倫理に定言命法はあるか?」という課題です。カール・シンダーマン (1987:189- 190)は『サイエンティストゲーム』の中で次のような定言命法――本人は格率すなわち格言や金言と表現――を提唱しています。なお、内容は多少変えて表 現しています(オリジナルは末尾の文献参照)。

1. きちんと承認された科学的手法によって研究を企画し、実行すべし。

2. 入手可能な資料(データ)をもとに、客観的な解釈のみにもとづいた結論結果を出し、適切な時に発表すべし。

3. 他人によって得られた資料を、許可なく公刊したり、発表してはならない。

4. 匿名のかたちで、公刊したり、発表してはならない。

5. 他人のアイディア、資料、結論や解釈は、出典を明示すべきである。

6. 得られた結果について、拙速に発表したり、誤解を招くような報告は極力防がねばならない。

7. 重要な情報の発表は、まず正統的な刊行手続きを優先し、マスコミ発表をそれに優先してはならない。

8. 同業の他の科学者の倫理に反する行動には、学術誌や学会の席上の相応しい討論の場できちんと問責すべきである。

9. 民間企業に勤める研究者は、独占的な科学情報に関する契約に関しては慎重にそれをおこなうべきである。

10. 専門意見を求められる時には、リスクの度合いについては、合理的な見積もりをし、過小にも過大にも傾くことに警戒すべし。とりわけ、外部からの「圧力」を 感じる場合は、それに対して良心をもって抵抗する勇気が必要である。

11. 科学上の信念に基づいて得られた結論を、社会・経済・政治などの科学外の目的のために利用されようとする時には、抵抗しなければならない。

12. 雇用主が支持している立場と、科学者が証拠に基づいて信念から導かれる立場の間に、矛盾するや齟齬をきたす場合、正当な反論をおこなうべきである。

13. 自分の専門外とする領域に関わるアドバイスを求められた時、自分の良心に基づき、責任をもって言えることと、そうでないことを区分すべきである。

14. 自分の専門外とする科学上の領域において、公開上で公的な判断を求められる場合、個人的な見解や意見を言うという誘惑には抵抗すべきである。

15. 自分の職やタイトルを利用して、科学上の正当性を主張するために使われると感じ取られた場合、たとえ、それが国家・企業・学会・他の研究者であっても、信 念に反する協働や利益提供を受けてはならない。また自分を安売りすることについても抵抗すべきである。

16. 高邁なプロフェッショナル(専門職)精神をもち、つねに精進を怠らず、不確かな発言や行動は差し控えるべきである。

17. プロフェッショナル(専門職)であることを自負するに相応しい処遇(例:満足な俸給額)をされるように、努力すべきである。

18. 自分が支配、管理、監督している部下の科学者が、より優秀な科学者として成長するために、適切で相応しい援助をするべきである。

私は、このような格言が、どのような歴史、どのよう な社会において「普遍的」であると必ずしも信じるものではありません。現実の科学者は、このような CUDOSを生きているのではなく、PLACEを生きているのだという「ザイマンの指摘」も当たっていると思います。しかしながら、歴史的・社会的制約を 外れても、ある程度の妥当性と若干の修正や調整(チューニング)をしてやれば、まだまだ使えそうな、これらの格言がもたらす我々の生活運営上の「妥当性」 について、それほど多くの疑念を疑うものではありません。あるいは、現実生活上は、このような格言で示される内容から、ほぼ毎日、しばしば逸脱気味である ことを知っています。だからこそ、逆に、このような格言を唱えるのみならず、「なぜこのような格言が有効なのだろうか?」ということを考えることを通し て、科学者の倫理的生活は向上するもの(少なくとも堕落する傾向が弱まる)のだと考えるものです。

註 1. 「他人に嘘をつくな」は、そのまま聞かされると定言命法として十分に資格がありそうです。しかし、こう考えればどうでしょうか?「逃げるか弱い人を追って 人殺しがあなたのところにやってきたとします。あなたはそのか弱い人が隠れている場所を知っています。こんな時でもあなたはその「人殺し」に嘘をつかない ほうが「よい」と言えるでしょうか?定言命法は、無条件な倫理原則ですから、これはちょっと使えなくなります。逆に、「人を殺してはならない」という定言 命法は、戦争行為が合法化されたり、違法性が阻却されるからやってもいい、あるいは国民の義務だから徴兵に応ずるべきだという強制力には、これを盾に倫理 の正当性を主張することができます。定言命法の根本的ジレンマは、なぜそのように倫理は私に命じるのかということを考えることを、放棄させたり、中断させ るという〈機能的欠陥〉をどうやらもっているようです。だから、定言命法を有効に〈機能〉させるためには、語の使い方――なんにも考えずに守ればよいのが この用法――と裏腹に常にその〈行為の正当性〉を考えておく必要があるのです。

リンク

文献

その他の情報

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A DEER disguised by old deer hunter of San Diego - Unknown Mexico, Carl Lumholtz(1902)


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