かならず 読んでください

ニコラス・ハンフリーによる知性の定義

On Social function of animal intellect

池田光穂

ニコラス・ハンフリー(1976 [2004])は、動物の知性(intellect)を、動物の推論能力の適確さにもとめている。

「動物が根拠が確実である(valid)推論をおこない,それに基づいて行動を変えるときに, 知性というものが発揮される。「根拠が確実な」 とは、論理的に適確であるということを意味してい るだけであり、その後に動物に利益がどのようにもたらされているのかという問題は問われない」(ニコラス・ハンフリー 2004:14)。

"An animal displays intelligence when he modifies his behaviour on the basis of valid inference from evidence. The word  'valid' is meant to imply only that the inference is logically sound; it leaves open the question of how the animal benefits in consequence." (Humphrey 1976:304)

ハンフリーによると、そのような知性の適 確さは、動物が、自然環境や、他の個体などのような社会環境のなかでのみ発揮できるという。「社会の複雑さと個体の知性の間に正の相関があると言えること が必要である」(ハンフリー 2004:28):My central thesis clearly demands that there should be a positive correlation across species between 'social complexity' and 'individual intelligence' . (Humphrey 1976:316).

動物(種)の知性とはそれぞれの個体が与 えられた環境の複雑さ——その最たるものは社会的環境である——と関係ある。つまり、複雑な社会生活を行う生物種には、知性があるように思われる——根拠 の確実性を感じる——というわけである。

主としての個人(個体)にとって知性の後 退とは、そのような複雑性に対して対処することができないことなのではないかと、私は思う。個体がそのような状態になったときに、人はその人をして「知性 がなくなった」あるいは「知性が後退した」と考えるわけである。

では認知症とは、知性が後退した状態なの であるか? 私はそれだけではないと考える。

(a)知性の障害としての認知症と、 (b)コミュニ ケーション障害としての認知症があり、「知性」と「コミュニケーション」という2つの能力をブリッジする(c)もうひとつの認知=知性能力があるのではな いか。それらの間の関連性については、私は次のように考える。:

「ハンフリー、ニコラス「知の社会的機 能」『マキャベリ的知性と心の理論の進化論』リチャード・バーンとアンドリュー・ホワイトゥン編、藤田和生ほか監訳、Pp.12-28、ナカニシヤ出版、 2004年によると、知性の定義を、「他人(他の個体)が何を考えているのかを推論できる」ということですから、このあたりの認知障害と、コミュニケー ション障害がどのように形成されるのかと、語りを聞いて、他者のことを思いやる情動や知性がどのように関連しているのかについて考えればいのではないかと 思います」。

「動物行動学者のニコラス・ハンフリー は、高等霊長類における知性の誕生を、他者の推論プロセス(=能力)をその外部から推論する(=他の 個体が〈何を考えているのか〉を想像する)ことができることとして理解した。このことを我々の関心に引きつけて考えると、コミュニケーションのデコードに はエンコードを推論することを必然的に引き出す。なぜなら我々は知性をもった存在間のコミュニケーションを扱っているからだ。エンコードの過程を推論する 能力がなければデコードする可能性は開かれない。従ってヒューマンコミュニケーションとは、エンコードとデコードに関わる推論プロセスであると言い換える ことができる」(→「ディスコミュニケーションの理論に関する覚書」)

リンク

文献

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 2015-2019

Do not paste, but [re]think this message for all undergraduate students!!!