うんこの哲学
De Modo Cacandi*
(フル排泄版)
池田光穂 de Modo Cacandi, 1999-2003
タグジャンプさせるか、画面をスクロールしてください
豚の哲学*
排泄現象を文化的に考察するためには、どうしても個人の経験という身近なところから出発しなければならない。以下は私じしんの体験である。
|
中央アメリカのカリブ海に面した低湿地の村落を旅した時のことである。慣れない旅においては誰しもが排泄の不調を体験するものだ。3日ほど便通がなかったが、次の日の朝食を済ますと、便意を催した。村の人に便所はどこにあるのか?、と聞くと、どこでもいいさ!、という返事。泊まっていた小屋の裏の人目のつかない草むらに出かけ用を済ました――長い間溜めていたときほど、それを成し遂げた気分は爽快である。 さて、立ち上がろうとすると隣の草むらでガサゴソと音がする。 人の野糞を眺める不埒な輩がいるのかと思ってそちらの方を注視すると、1頭の豚が現れた。シッシッと追いやってもその豚は痩せた躯を左右に振るばかり。現場を後にすると、入れ替わりに豚がそこへ飛び込むようにして来た。脳裏に嫌な思いが走ったが、何事も観察をもって任じる人類学徒の心得。私は踵を返して、その豚が何をするのかを眺めた。豚は私の動作に一瞬たじろいだが、私の、それの匂いを嗅ぎ、おもむろに食べ始めたのである――なんと悍(オゾマ)しい!。 |
豚が人間の排泄物を食べることは、既に知識としては得てはいた。しかし、体験として眼の前で繰り広げられる衝撃は忘れられない。体外に出された瞬間から(その文化的公準によって)マイナスの価値が付与される排泄物である。それは、もう自分とは何の関わりもない。にもかかわらず、まだ温かいと思われるそれが眼前で食される時の感覚は、まるで自分じしんの身体が喰される、あるいは汚されるような感覚なのであった。
この衝撃は、中国や合衆国で仕切りのない、あるいは仕切りのほとんどないトイレで隣人を気にしながら用を足した時の経験の比ではなかった。こう思ったものだ。この村にもっと住み続けていたら、やがて村の人と同じようにそのことに慣れてしまい、平気になってしまうだろうか?
排泄の慣習、ひいては糞尿そのものに対して、人びとがどのような感情や理解をおこなうかは、文化によって相対的に決まる。すなわち、それらの意味づけは社会集団によってコンセンサスが得られており、またそれは独特なものである。
排泄行為とその意識は、親から子への育児のプロセスのなかで学習されてゆく。その点で排泄体験というのは、個々人が育てられた状況や環境に大きく依存する。その環境とは、家庭における躾という次元から、糞尿の処置や利用という社会が保有している技術や慣習の次元、はては気候や風土あるいは人工環境を含めてエコロジカルな次元にまで広がったなかにある。
むろん、そのような糞尿との付き合いは、人類の歴史が始まって以来長い間、多様な変化をこうむってきたことは想像に難くない。すなわち、人びとに共有されている排泄の経験は、新しい環境が登場することで(集団が共有するレベルでは)今後幾らでも変わり得ることを示唆している。しかしながら、排泄の体験は先に述べたように多様な環境条件の中で比較的はやい成長段階において学習されてゆくものなので(個人のレベルでは)むしろ変化には保守的であり期待しにくい側面もある。また言うまでもなく、社会が許容する変化の枠のなかで、排泄の体験や理解において個人差というものが明かに認められる。
従って、排泄の体験を幅広く理解するためには、<文化的に規定される体験や慣習>と<個人の排泄体験や習慣>という2つの視点から解釈することが重要になる。これは看護の技術的側面において排泄現象を理解し、それを実践に役立てていこうとする時にも枢要な観点となる。
我々じしんの排泄の文化について考えてみよう。一時期“病院のトイレは汚い”という主張をめぐって論争が起こった。現在の排泄現象が抱える問題について、先鋭な議論をたたかわせる必要性については言うまでもない。しかし、ここではその議論の背景にある、我々じしんの“潜在的な歴史経験”について思いを馳せてみたい。すなわち、厠(かわや)に関する民俗的事象ついてである。
都市生活をおくる人びとにとって厠、雪隠(せっちん)、あるいは「はばかり」という言葉はもはや死語となった。しかしながら家相占いでは、相変わらず鬼門といって、中国由来の陰陽道によると丑寅=北東、(裏鬼門といって)未申=南西、我が国独自の伝統によるとさらに戌亥=西北の方角に便所を置くことが嫌われる。家屋の構造や居住のスタイルが変化した現在では、このようなことを信じることが困難になってきた。だが便所がもともと家屋と独立しており、糞尿を資源として利用していた時代において、厠に独特の空間的位置が与えられていたことは不思議ではなかろう。
伝統的な家屋構造において厠はまた象徴的にも独特な位置が与えられていた。便所に用を足す――この表現そのものが言い換えだが―ことを「観音様さ行く」「高野へ参る」と表現された。むろん今でも「お手洗いに」と言い換えられるが、厠を“聖なる所”と読み変えていることに注意しよう。実際、そこには厠神あるいは便所神がおわしましたのだ。
それらの厠に宿る神さまは、時代や地方によってさまざまな形態が与えられた。よく言われたのは、その神さまが盲目であったり、手が無かったりという身体の欠損がみられることである。またその神さまは水神が零落したものだと言われることもあった。出雲地方では「カラサデサン」とか「カラサデ婆」といわれる老婆の姿をとった。便所にいるのが河童の場合も多い。深夜便所に行くと尻をなでられるというのは、このような便所神のせいであった。
興味深いことに、地方でみられる家伝薬の秘密伝授の逸話のなかに、便所で河童の手をもぎ取り――これは先の厠神の手の欠損を想起させる――その奪った“手”を返してやる代わりに秘法を河童から教わったという話もある。これらに共通していることは厠の神さまは特異な姿をした異人であり、それは時に我々に秘密や知識を授けることもできたということである。
今日の学校生活では“便所掃除”はもっぱら懲罰としての色彩がつよい。あるいは、便所=汚いという意味づけが強烈にはたらいて“人の嫌がる苦行”と見なされやすい。それゆえに、個別訪問して便所掃除することを奉仕の一環として位置づける宗教団体もある。しかしながら民俗社会における便所掃除の意義はより複雑であった。妊婦が便所掃除をすると“器量のよい”子供が生まれるという言伝えがあったところも多い。むろん、嫁に対して苦行を押しつける言い訳だ、と現代的に解釈することもできないではない。だが、便所の神さまは積極的にお産を助けると考えられたりもしたことは、それらの間の複雑な事情を反映している。
子供と厠の関係も興味深い。生まれた子供を初めて屋外に出すとき、火(=竈)の神さま、井戸の神さま、便所の神さまにお参りをした。このような儀礼を“雪隠参り”といった。関東や甲信越の広い地域では、桑でできた箸でウンコを挟んで子供になめさせるまねをして、その箸を便所に刺しておいたという。臍の緒は便所に吊されて子供の夜泣きのまじないとされた。
便所の神さまは、井戸や竈の神さまと深い関係があり、それぞれ互いに夫婦だ、兄弟だとも言われてきた。つまり、それらの神さまは我々の生活と一体をなして、食事や排泄という我々じしんの身体意識と深く関わっていたのである。
スカトロジーとは、ギリシア語のスカトス――糞便の――に由来し直訳すれば「糞便学」となる。これはともすれば糞便を“科学的に分析する学”と想像されがちであるが、実際は“糞便趣味にもとづく排泄に関する記述的考察”といった感で理解されている。くだけた表現をもってすれば「ウンコとシッコのお話」の類と言えようか?、マイナーであるが、立派な文学のサブジャンルとなっている。
科学的かつ実践的動機をもって排泄現象を把握する本誌の“真摯な読者”にとって、ウンコとシッコの文学とはなにごとだ!、と思われるむきもあろう。ところが関係おおありなのである。これに対する態度や感情そのものが、その人じしんの“排泄の意味づけ”を如実に表現しているからである――ちなみに(すぐ後で述べるように)ウンコという表現に否定的な感情を持たれた方は<挫折>タイプということです。
人類の歴史を通して排泄物は周縁的な地位を与えられ続けてきた。むろん、ヒンドゥー教徒における牛糞の神聖視など、排泄物の取り扱いや価値をめぐって一見奇異な逆転がみられることはある。だがそれは、信仰や慣習という“一種の回路”を通して高度に文化的に意味づけられたものである。排泄物はおおかた人類の歴史の中で“汚物”として忌避されてきた。
他方、人間の生活にとって排泄は不可欠であることは言うまでもない。“排泄(行為)の存在”は、それを排出せざるを得ないにもかかわらず、できればそれを避けていたい人間にとっておおきなジレンマとなる。文学作品のなかに見られるそのような糞便のテーマを丹念に拾い集めた山田稔さんによれば、糞尿のイメージの取り扱い方にはおおきく2つに分けられるという。すなわち<解放型>と<挫折型>である。
<解放型>とは、作品のなかに糞尿が公然と登場し、滑稽や笑いを伴うものである。尻を拭く素材に何が最もふさわしいかという議論が延々と続いたり、招待した客人にひそかに下剤を飲ませて便を垂れ流す様を主人が楽しむ、といったことを取りあげる。そこでは、糞便は忌むべき対象ではなく、人間の自然な排泄行為を正面から肯定する姿勢が見られる。このような文学作品は中世やルネサンスにおいて広く見られた――例えばフランソアワ・ラブレー『ガルガンチュア物語』をその代表とする。
他方<挫折型>では、糞便への態度は抑圧的かつ否定的である。作品のなかで糞便と対峙する主人公が気真面目であったり、作中の人物が糞便をもって本人や大切な事物を汚すという行為をとる。また性的な要素として排泄が描写される。この種の作品は、近代以降顕著に現れてきた。糞尿は隠すべきまた排除すべき対象であり、それじしんによって恥辱や自己破壊と結びつき(なぜなら排除されるものを人間は身体に内包するからである)、ときにブラック・ユーモアとなる――ノーマン・メイラーや金芝河などの作品にそれを見ることができるという。
この文学作品における2つの糞尿の取り扱い方は、ひるがえって見ると我々にとって“排泄の存在というジレンマ”を克服する2つの異なる手法、あるいは2つの認識の回路となる可能性を示唆している。にもかかわらず、そして読者も感じているように、現況は<挫折型>がおおきな勢力をもち、<解放型>がきわめてマイナーな領域に閉じこめられているのである。
近代社会では、排泄はきわめてプライヴェートな領域に押し込められてしまった――例えば今では“連れション”さえもたいへん味気のないものになった。排泄経験が文化的に形成されるにもかかわらず、排泄を個人的な行為として強迫的に意味づけてしまう潮流は否定できない。そこでは個人の尊厳を確保しつつ排泄行為がいかに可能であるかということに問題が収斂しまいがちである。“病院のトイレは汚い”をめぐる議論もそこに深く関わっていた、と私は思う。
その当時、複数の箇所で看護学生たちに私が意見を求めた時、“私たちの病院にはそんな問題はありません。だって綺麗だもん。”という意見がおおかたを占めた。しかしながら、その意識のあり方こそ、<患者とその家族の感覚>と<医療従事者の感覚>のズレを如実に表わしているものはない。すなわちトイレの美的意識の根拠は、そこが“物理的に汚れているか否か”ということ以上に、利用する人にとって“清潔と感じるか否か”にかかっているのだ。
興味深いことに、ある利用者は蓄尿の容器がそこにあることに不快の意を表明している。それは、利用者の身になって想像すれば容易に解釈できるように、他者の尿の存在=トイレの不潔(より正確に言えば“不浄”)という面が強調されているのである――“科学的”観点からみてその蓄尿瓶の存在はたいした問題にはならないにも関わらず。だがこのズレこそが問題なのだ。
不潔=不浄は排除されるというのは、人間の文化一般にひろくみられる現象である。かと言ってそのような意識経験はコントロールできない訳ではない。コンセンサスのある我々じしんの“清潔感覚”を見い出すには、真正面からそのことを論じる他に、ここで述べたような文化相対的な理解の方法も同時に吟味されなければならないのである。
池田光穂「清潔と汚穢」看護技術,Vol.38, No.10,1992年
小西正捷監修『スカラベの見たもの』TOTO出版,1991年
J・クセルゴン『自由・平等・清潔』鹿島茂訳,河出書房新社,1992年
大塚民俗学会編『日本民俗事典』弘文堂,1972年
山田稔『スカトロジア(糞尿譚)』福武文庫,1991(1966)年
雲古コレクション(タグはないので、最後まで読んでくれた方への特権です!)
引用の際には著者にご一報ください。