文化人類学調査研究入門05
調査研究の倫理について学ぶ
命題集
人間を対象にする調査研究は、根元的に人体実験*的性質をまぬがれえない。
そのために、調査研究において、調査する人間が調査される人間の尊厳を傷つけたり、される側の資源(人体の一部あるいはその隠喩[例:知識])をする側が搾取するという事態がおこりうる。
このような事態は、研究者じしんが道徳的であるか、よい人間であるかというとは関係なしに、行為が社会的にどのように意味づけられるかによって、構造的に決定される性質のものである。調査者の倫理は、その人の内面を規定するものではなく、その人がどのような手続きをふんで調査をおこなおうとするのか、おこなっているのか、おこなったのか、という観点からきめられる。
したがって、調査者は調査をはじめる前に、その調査が、人間の倫理にかなっているか、調査をおこなう正当性をもちうるか、研究がもたらす社会的影響力等について責任を負うであろうことに、十分な配慮をもたなければならない。
反倫理行為は構造的に決定されるために、倫理の学習は、さまざまなケースを通して学ばれる必要がある。
安渓遊地、1991、「される側の声――聞き書き・調査地被害」『民族学研究』第56巻3号、pp.320-326.
宮本常一、1983、「調査地被害」『宮本常一著作集』第31巻、未来社.
山口昌男、1979、「調査する者の眼――人類学批判の批判――」『新編人類学的思考』pp.43-71、筑摩書房.(この論文は本多勝一「調査される者の眼――人類学入門以前」『思想の科学』1970年6月号への反論である)
池田光穂「フィールドワーク研究の倫理」(2010年大阪大学コミュニケーションデザインセンター授業)
____「倫理委員会(IRB, 施設内委員会」
あらゆる治療行為は人体実験としての性格をまぬがえれない。そのために、医学の診断と治療においてこのようなことがおこりうる。第二次大戦における医療従事者の反人権的行為ならびに医療技術の濫用を防止するためにヘルシンキ宣言が採択された。
より詳しくは倫理委員会(IRB, 施設内委員会を参照のこと
授業では、倫理や道徳について考える方法を、(A)規範倫理と、(B)メタ倫理、のふたつに分けて解説しました。ここでは社会調査の倫理について語りますので、それをかりに(A’)規範社会倫理、と(B’)メタ社会倫理というふうに区分しておきましょう。
前者は、〜すべしとか、〜してはならない、〜はよい、〜は悪い、という規範(ルール)の形で与えられているもの前提にして、なぜ、そう考えなければならないのかについて議論する立場です。つまり、倫理の規範を設定したり根拠づける研究です(例:なぜ調査した人にお礼状を書かねばらないのか)。それに対して、〜すべきとか、〜はよいという、道徳言語の意味や用法を、その価値判断から多少なりとも自由になって、その規範が取り扱われる社会の諸前提の論理的構造を明らかにする立場です。
このようにして、調査研究のメタ社会倫理について考えることの意義はどこにあるでしょう。
それは、これまでの日本の社会調査の倫理についての議論は、ほとんどが逸脱例(=世の中には常識や礼儀も知らない調査者がいる)を数多く紹介して、我々がそのような悪徳研究者にならないようにしましょう、というメッセージ性が強かったことにあります。なんで、常識や礼儀をしらない調査者がバッシングされなければならないのか、調査する際における、社会の常識や礼儀をどのように考え、どのように調査をおこなえばよいか、について熟考する、つまりメタ社会倫理の実践を通して、みんなが経験する個々のケースを、限られた原則の組み合わせや応用によって理解し、我々がフィールドにおいておこなう実践が倫理原則にも叶うためです。
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