鎮忘斎教授の猿にもわかる文化人類学プロジェクト協賛
解説:池田光穂
アニミズム、トーテミズムの議論につづいて注目されたのはマナ(mana)です。
マナは、もともと1891年にコドリントン(R.H.Codrington)により紹介されたメラネシアの宗教概念を理解するための用語でした。
しかし、その後「原始的な宗教」を説明するために頻繁に使われるようになり、広く普及した。マナは、ひとことで言えば、一種の超自然的力であり、何に対しても伝播することができ、その効力をあらわすものです。
マルセル・モースによれば、マナは、事物が有するある種の資質であり、人間や事物に宿ることのできる実体であり、またそれがもつ力(=作用)としてさまざまな形であらわれるといいます。
一般化されたイメージとしての「マナ」は、現代日本のマスメディアなどでよく使われる「パワー」と似たものだと考えればよいでしょう。その「パワー」が人間のみならず、事物(もの自体)にも宿り、また事物から人間にその「パワー」が伝わります。マナはそのようなイメージでとられられるものです。
では、なぜメラネシア起源の特殊なある概念が、広く議論されるようになったのでしょうか?。
それはトーテミズムと同様、19世紀から20世紀の初頭にかけては、宗教というものがどのような呪術から生まれてきたのかという議論が盛んだったからです。
トーテミズム、アニミズムと同様、マナも宗教の原初形態の一種とみなされ、どの信仰のタイプがいちばん古いかという論争と議論がさかんに交わされました。
例えば、アニミズムを宗教の起源とするタイラーに対して、人類学者マレットはマナをアニミズムに先行する形態、すなわちプレアニミズムのなかに、このマナへの信仰があると主張しました。
だが、先にも述べたように、歴史的により古い形態の証明は決着がつかず、同時代を生きていた「未開社会」の信仰を歴史的に古いものだとする科学的証拠は存在しないために、この議論は文化人類学内部においてはやがて下火になった。
にもかかわらず、初期の人 類学者たちが、宗教のはじまりをいったい、どのように取り扱おうとしたのか、また未開から文明への宗教の 「進化」というものをどのような観点からみようとしたのかについて教えてくれる点で、この議論は今なお(今 だからこそ)考察するに値するテーマなのです。
猿にもわかって文化人類学! 文化人類学用語集
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