ニーチェ的健康観
解説:光菱鎮忘斎
哲学者でギリシャ文献学者であったニーチェ(1844-1900)は、人間の健康についてもさまざまなかたちで書き残しています。ニーチェの健康観あるいは養生観は、我々の日常的感覚からみると、とても異様なものに写りますが――事実私も最初読んだときは度肝を抜かれました――、彼が古代ギリシャ人の生活について恐ろしく該博であったこと、また後期とよばれるフーコーの『性の歴史』の三部作のうちの真ん中の巻において養生法がとりあげられていることなどから、西洋における健康観――とくに身体への配慮――の研究にとって重要な指摘であるという認識が生まれつつあります。
下記のニーチェ(信太正三訳)をごらんください。

汝の徳とは汝の魂の健康である
なぜなら
健康そのものというものはないからだ
君の肉体にとってすら健康とは何を意味すべきかを決定するのには、
君の目標、君の視界、君の力量、君の衝動、君の錯誤、とくに
君の魂の理想や幻想が極め手となるのだ。
それゆえに
数かぎりない肉体の健康がある
われわれが個別なもの独特なものに発言権を更めて認めてやるようになればなるほど
われわれが人間の平等というドグマを忘れれば忘れるほど
それだけますますわれわれの医師たちは正常の養生とか病状の正常な経過という概念ものともに
正常の健康という概念をもなくしてしまうに違いない。
そうなってこそはじめて
魂の健康と病気について熟考し
各人の固有の徳をそれぞれの健康の道につかせる
時がめぐまれるだろう※。
※ ニーチェ『悦ばしき知識』120番、信太正三訳、ちくま学芸文庫(pp.213-214)、1993年。なお表現方法を改変しました。
ニーチェも指摘しているように、この健康観/養生観の源泉はキオスのアリストンである。八雲出さんのご指摘によって、キオス(出身地の地名です)のアリストンについては以下の(まず手始めに調べるためには)文献があるそうです。これ以外には、平凡社の『哲学事典』にも記載があるそうです(岩波版にはないといいます)。
ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(加来彰俊訳、岩波文庫青 663-1, 2, 3、岩波書店)
フォン・アルニム編『初期ストア派断片集1』(中川純男訳、西洋古典叢書G017、 京都大学学術出版会、2001)
ダイアナ・バウダー編『古代ギリシア人名事典』(原書房、1994)
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