どうして人には、はだの色にちがいがあるのですか?
おこたえ:たるみげんのすけ
【しつもん】
どうして人間には、はだや目の色、かみの毛がちがうひとがいるのでしょうか?、またそれはどうしてなのでしょうか?教えてください。
たるみ げんのすけ の こたえ
いまから約四万年ぐらい前に新人(しんじん)とよばれる人類があらわれました。わたしたちはその共通の祖先をもつ、おなじ種類の人間なのです。
では、どうして人間はおなじ種類なのに、はだの色などがちがうのでしょうか?。それは、人間が地球上のいろいろなところに住みはじめて、べつべつになってしまい、とおくはなれたところでは、お互いに「けっこん」※できないようになったからです。
当時は、いまのように自動車も飛行機もない時代です。人間はきびしい自然の中で生きていかねばなりませんでした。太陽の日ざしがきびしいところでは、はだの色が黒くなることは日やけを防ぎます。鼻が低くなったり、鼻のあなが広がることは体温をさげることに役立ちます。また目の色も黒くなるほうがまぶしい日ざしでも仕事することができます。
ぎゃくに日ざしがよわく、さむいところでは、肌のいろが白いことは太陽の光を吸収し病気をふせぎます。高くすらりとしているはなは、つめたい空気をあたためてくれます。日ざしがよわいので目の色も薄い青色のままでもこまりません。わたしたちのまぶたは、ひとえの人が多いですが、それはさむいところで目をまもるのにてきしています。だから、むかしはもっとさむいところに住んでいたと考えられています。ながい年月のあいだに、すんでいる気候にてきした人間が生きのこってきたのです。
だけど人間は知恵のちからによって家をたてたり、作物をつくったりして、少しづつ、気候のきびしさから自由になってきました。そして乗り物をはったつさせて、たくさんの人たちがとおくはなれたところへ移動したり住んだりすることができるようになりました。
そのとき人間は、とおくに住んでいる人間のはだや目の色などが、じぶんとはずいぶんちがっていることに気がつきました。人種(じんしゅ)という考えかたは、このとき生まれました。人間のあいだのちがいを人種ということばであらわしたのです。人間は知恵のちからで、いろいろなこんなんを乗りこえてきましたが、このときは知恵のつかい方をまちがえました。というのは、人間はおなじ祖先から生まれたまったくおなじ種類の動物なのに、お互いにちがうと思いこんだからです。そして、ある人種はえらいとか、ある人種はおくれていると、さべつしたり、ひどいときは殺しあいをしたりしました。でもこれはまちがいでした。
なぜ外見はちがうにもかかわらず、人間はなん万年もおなじ種類でいられたのでしょうか。それはまず人間があたらしいべつの動物になるのには、じつはもっともっと年月がかかるということ。もうひとつは、とおくではべつべつに住むことになりましたが、ちかくではおたがいに「けっこん」していたことです。とおくの人どうしは大きくちがっているようですが、ちかくの人どうしは少しづづちがっていて、どこで人種のさかいめがあるのかきめられないからです。
はだや目の色、あるいはかみの毛がちがっていたりしても、同じ人間であることにかわりありません。同じものをそんなちがいでさべつすることはまちがっていますね。けれども、じぶんたちのまわりをふりかえってみてください。ことばつかいがちがう、たいどがちがう、着ているふくがちがうという理由で、いじめにあっている友だちはいないでしょうか。人間は外見がちがうほどには、なかみはちがわないのです。人はみな、姿やかっこうがちがいますが、仲良くなれば、すぐにおたがいがにていることに気づくはずです。「人種さべつ」や「いじめ」が、まちがったものであるりゆうはここにあるのです。
なぞのぎゃらりぃ〜
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ヘイ、おまち おすしやさんに いきたいな
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