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「文化」概念の検討
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解説:池田光穂
文化とは、人間が後天的に学ぶことができ、集団が創造し継承している(いた)認識と実践のゆるやかな体系のことであると、とりあえず定義しておきます。
しかし、文化の定義について考えれば、考えるほど「文化」が何をさすのかわかならなくなります。その理由は、人々が考える文化の定義がきわめて多様であるからです。結論から先に言えば、文化には決定的な定義がないということです。
にもかかわらず「文化の定義」にかかわる議論は必要です。なぜなら、文化の定義を考えることは、人間の創造的営みの意義とその多様性について考えることにほかならないからです。
このことは、文化人類学者のみが(特権的に)文化の定義に携わることができるという<文化の番犬>(C・ギアーツの用語)的な議論を意味しません。文化は21世紀を生きる我々には、きわめて重要な問題提起を孕んでいると思われるからです。
以下に挙げる解説は、その議論のための資料です。(タグジャンプしない場合は下にスクロールします)
エドワード・タイラー:定義とその受容 [はじめにもどる]
「文化」の定義(E・タイラー)「文化あるいは文明とは・・社会の成員としての人間(man)によって獲得された知識、信条、芸術、法、道徳、慣習や、他のいろいろな能力や気質(habits)を含む複雑な総体である」
(→原文は、「文化の定義」データを参照のこと) タイラーの「文化」の定義の引用における誤用の問題を考えてみましょう。それに対峙するR・ベネディクトの文化概念(「粘土のカップ」も含めて)を検討し、その可能性と限界について考えてみます(後述)。
・文化の「定義」(E・タイラー)E.B.Tylor(1832-1917)
「文化あるいは文明とは、そのひろい民族誌学上の意味で理解されているところでは、社会の成員としての人間(man)によって獲得された知識、信条、芸術、法、道徳、慣習や、他のいろいろな能力や習性(habits)を含む複雑な総体である。」
【原文】
"Culture and Civilization, taken in its wide ethnographic sense, is that complex whole which includes knowledge, belief, art, morals, law, custom, and any other capabilities and habits acquired by man as a menmber of society."
Edward Burnett Tylor,Capter 1.of "Primitive Culture"(London: John Murray & Co.,1871, 2 vols.)pp.1-25.;E.B.Tylor(1832-1917)[ただし、引用は次の文献による。Fried, Morton H.,ed.1968, Readings in anthropology, 2nd ed.,vol.II: Cultural Anthropology, New York: Thomas Y.Crowell Company, p.2]
・タイラーの文化概念の利点と限界
タイラーの文化概念の便利なところは、人間のつくりあげたものは、具体から抽象、創造、伝承、破壊にいたるまで、人間の活動のすべてを包括できるという点にあります。これは、(1)文化にはさまざまな要素があり、(2)それらの要素はお互いに絡み合い、従って(3)文化はその総体から捉えるべきである、という視点を、当時の西洋世界に提示したことになります。
他方で、その欠点は、文化とは人間が作り上げ維持しているもの<すべて>を枚挙しないかぎり理解できないことになります。しかし、これまでの文化についてのさまざまな記述がその社会の全体を枚挙的にあげたものではないし、その部分において全体を表象することができるという経験的事実があります。また、異なった社会にも相違する部分と異なった部分があり、文化はそのどちらをさすのか不明瞭である点など、理論的な精確さ欠いているということも指摘できます。
・タイラーの文化概念の継承者
タイラーの文化概念の継承をしたのは、英国においては『人類学におけるノートと質問』という人類学調査ハンドブック(タイラーじしんも執筆者の一人です)や、アメリカ合州国のジョージ・ペータ・マードックと、彼に関連する一連の学派のプロジェクト(HRAF, Human Relations Area Files:フラーフと呼ばれます)などです。
例:文化の分類表[ごく一部]
英国の機能主義の伝統においては、マリノフスキー(1922)は『人類学のノートと質問』に対しては懐疑的かつ批判的であったのに対して、ラドクリフ=ブラウンや彼がアメリカ合州国で教鞭(1931-37)をとっていたシカゴ大学社会学部では、その枚挙的な文化項目の情報の蓄積に関心をもつことを、学生に勧めており、この方法論が(どちらかというと)重視されていました。
タイラーの定義の、その後の受容 [はじめにもどる]
しかし、太田(1994:4)によると、このあとにつづくタイラーの説明において、文化あるいは文明にはその発達の度合いに差があるという指摘を、後世の人類学者たちは無視してき、タイラーを無批判に「文化概念の父」としてまつりあげてきたことに問題があるといいます。では、その箇所とはどのような記述でしょうか。ここで引用してみましょう。
【原文:つづき】
"The condition of culture among the various societies of mankind, in so far as it is capable of being investigated on general principles, is a subject apt for the study of lawa of human thought and action. On the one hand, the uniformity which so largely pervades civilization may be ascribed, in great measure, to the uniform action of uniform causes: while on the other hand its various grades may be regarded as stages of development or evolution, each the outcome to previous history of the future. To the investigation of these two great principles in several departments of the lower tribes as related to the civilization of the higher nations, the present volumes are devoted."(ibid.)
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A.L. Kroeber and C. Kluckhohn, 1952. Cluture: A critical review of concepts and definitions.
ルース・ベネディクトは文化概念を「粘土のコップ」の隠喩で表象する。
──はじめに、神はみんなに器を与えた。粘土でできた器だ。この器で彼らは自分 たちのいのちを飲んだ。‥‥彼らはみんなそれで水をすくったが、彼らの器はそれ ぞれ別々だ。我々の器は今では壊れてしまった。もう終わってしまったのだ (Benedict 1959:21-22)。
これはルース・ベネディクトが書きとめたディガー・インディアンの首長ラモンの語りである。ラモンの言う器 は、彼らの伝統的な儀礼体系にみられる独特の概念であるのか、それとも彼自身の思いつきであったのかは、彼女自 身も分からないという。彼女は白人によって滅ぼされてゆく彼らの文化体系──彼女は価値基準と信条の構造(fabric )と表現する──の崩壊の象徴として「我々の器は壊れてしまった」という表現をとりあげた。ベネディクトは、ラ モンたちが水を掬っていた器が失われて、もはや取り返しがつかないと述べるが、かと言って彼らが完全に絶望的な 状況の中に生きているというわけではないとも言う。白人との交渉の中で生きるという、別の生き方の器は残されて いるからである。つまり、苦悩の宿命を担ってはいるが、彼らは2つの文化の中で生きているからだ。他方、ベネデ ィクトによると北アメリカの「単一のコスモポリタンな文化」における社会科学、心理学、そして神学でさえも、ラ モンの表現する「真理」を拒絶してきたし、そのような語りに耳を傾けてこなかった。
はたして自分たちの器を失い、別の器しか残されていないラモンにとって、新たな器をもちうることが可能だろう か。また彼らの器についてのみ議論すれば、我々はそれで事足りるだろうか。ラモンの器は、ラモン個人が生み出し たメタファーであるのと同時に、ディガーの人びとが共有できるメタファーであり、また人類学者ベネディクトとの 対話の中で生まれた共感のメタファーでもある。ラモンの器は、一種の象徴表現のひとつであるが、器それ自体は、 我々の用語法に従うならば媒体(メディア)のことに他ならない。(→池田光穂「メディアは我々自身を形づくる」)
[おことわり]ディガー・インディアンというのは、アルフレッド・クローバー1970[1961]:23-25.によるとカリフォルニア先住民のことであるが、採集狩猟生活から掘る人すなわちディガーと白人から命名された蔑称に由来する。適切ではないが、ふさわしい名称が見つかった場合には呼称を変更する予定であるが、ここでは引用どおり使っている。
青木保によれば、ベネディクトの『菊と刀』は、アメリカにおける従来の未開研究から複合社会研究へのパラダイム・チェンジの突破口となった研究であると評価。その特徴は「民族誌的現在の」日本人と日本文化の全体論的な研究にある。(『「日本文化論」の変容』中央公論社,1990:33)
日本研究における特色は、どんな行動でもお互いに体系的関係をもっているという「文化の型」研究にもとづいて、「文化相対主義」の立場から、(従来、未開と文明という図式からおこなわれてきた研究に対して)「アメリカ対日本」という意識的な比較を行おうとしたことにある。(同書、pp.33-34)
ギアツ(青木の引用によるギアツ『仕事と生活』1988:森泉訳『文化の読み方/書き方』岩波書店)は、ベネディクトの人類学的言説の独自性として、従来の未開社会の人類学的解釈のように読者に対して理解させようとする中和によって日本人の謎を解こうとするのではなく、反対に差を強調することによって解いた、ことにあるという。(同書,p.37)。そうすることによって、彼女は日本人の奇妙さについて読み進んでゆくにつれて、今度は逆にアメリカの読者自身の特異さに気づかせる効果をもっている。[※しかし、それはどのようなレトリックによって可能となるのだろうか?]つまり、ベネディクトは、読者に対してアメリカ文化を脱構築させるはたらきをもっている。(同書,p.41)
クラックホーン(1971[1949])は、クローバーとともに、さまざまな著者による文化概念の収集・渉猟とそれらの総合をおこなった人類学者である(クラックホーン 1971:26-41)。
・「文化は人間の本性に源を発し、文化形式は人間の生物学的資質と自然法則によって制約される」(クラックホーン 1971:26)。
・文化は理論である:「文化は人間と個別に存在する力ではない。人間によって受け継がれる」(クラックホーン 1971:28)
・「ある考え方、感じ方、それが文化である」(クラックホーン 1971:28)。
・「文化が抽象概念であるだけに、文化と社会とを混同しないように注意することが大切である」(クラックホーン 1971:29)。
・「ひとつの文化は、当該集団の知恵をプールした貯蔵庫をなしている」(クラックホーン 1971:30)。
・「どの文化もそれぞれの範疇体系に従って自然界を分析する」(クラックホーン 1971:31)。
・「文化プロセスの本質はその選択性にある」(クラックホーン 1971:31)。「文化が問題を解決するばかりでなく、問題を生むこともまた真実である」(クラックホーン 1971:33)。
・「自分の文化に対して感情的に無関心であり得る人間はいない。/……個人はある特定の集団に属している結果として、その集団の文化を習得する。習得した行動のうちで他人と共有している部分が文化である。生物学的遺伝に対して、文化はわれわれの社会的遺産である」(クラックホーン 1971:32)。
・「およそ文化慣行というからには機能的でなければならず、さもなければ遠からず消滅するはずである。つまり何らかの意味で社会の存続ないし個人の適応に資するところがなくてはならない」(クラックホーン 1971:34)。
・「すべての文化は歴史の沈殿物である」(クラックホーン 1971:34)。
・「文化は地図のよなものである。……文化はある人間集団の言語、行動、人工物にみられる統一性w志向する傾向を抽象的に記述したものである」(クラックホーン 1971:35)。
・「現代人も文化を創り保有する」(クラックホーン 1971:35)。
・「一つの文化の中には、成員全員が習得すべきもの、代替範型から選択するもの、特定の社会的役割を然るべき範型に従って果たす者のみ該当するもの、と三通りある」(クラックホーン 1971:37)。
・「文化の諸相の多くは明示的である。……[他方、暗示的な文化もあり――引用者]暗示的文化に何か一つ大原理というべきものがある時、しばしばこれを指して「エトス」または「時代精神」と呼ぶ」(クラックホーン 1971:38-40)。
・「すべての文化には内容と並んで組織がある」(クラックホーン 1971:40)。
・「在庫目録の上ではほとんど同じものと見える二つの文化が、実はまったく違っていることもある。文化体系に含まれている要素のどの一つを考えてみても、その意義を完全に知るためには、その要素と他の要素の関係が織りなしているマトリクス全体の中に据えて眺めてみなければならない。その際、位置ばかりでなく強調なし強勢も問題とすべきことは当然である」(クラックホーン 1971:41)。[→マーガレット・ミード]
彼の『人間のための鏡(Mirror for Man)』には多様な文化概念の紹介の後に、これらの文化概念を学ぶことに関する以下のような「効用」が説かれている。なお、彼の効用は箇条書きしているわけではないので、その項目数は引用者が恣意的に当て填めたものである(クラックホーン 1971:44-51)。
(i) 自分自身と自分の行動を理解しようとする人間の果てしない探求について助ける
(ii) 人間の行動を予測する上で役にたつ
(iii) あらゆる人々の論理は究極的には同じかもしれないが、思考過程はそれぞれ根本的に違う前提(もしくは無意識)から出発していることがわかる
(iv) ある文化を知っていれば、その文化を共有している人間の行動をかなり多く予知できる
(v) 意識されたもの/されないものを含めて、自分の文化の感情的価値観からある程度自由になれる
(vi) 自分の文化の目録に載っているものはなんでも盲信してしまう忠誠心から人間を解放してくれる
(vii) 人間が努力し、闘争し、模索している目標は生物学的に全く与えられたものではないし、(また)環境の力によって全く与えられたものでもないことに気づく。
文献
クラックホーン、クライド 1971[1949]『人間のための鏡』光延明洋訳、東京:サイマル出版会
クリフォード・ギアーツ:意味のパターン [はじめにもどる]
ギアツ(ギアーツ;Geertz)による「文化の定義」は、次のようなものである。
「文化は象徴に表現される意味のパターンで、歴史的に伝承されるものであり、人間が生活に関する知識と態度を伝承し、永続させ、発展させるために用いる、象徴的な形式に表現され伝承される概念の体系とを表している」(ギアツ『文化の解釈学1』p.148,1987年)。
「マックス・ウェーバーと同じく、人は自ら紡ぎ出した意味の織物[蜘蛛の巣のこと――引用者]の上に支えられた動物であると信じる私は、文化とはそのような織物であると考え、したがってその分析は法則性を求める実験科学ではなく、意味を求める解釈科学であると考える。私が追い求めているのは説明であり、表面上は謎めいた社会的表現を読みとることである」[小泉訳 2002:224](『文化の解釈』)。
ギアツの意味のパターンという発想は、実は、上掲のルース・ベネディクト『文化のパターン』(原著1934)に由来するものである。彼の『文化の解釈』(原著1973)には、その影響を受けた章がある。
文化とテクストのアナロジカルな関係
(→「厚い記述」『文化の解釈』原書,pp.4-5)。抽象としての“文化”=「テクストの集合体」として検討されるべきであり、特定の“文化”=「テクストとして、社会の実体から組たてられた想像の産物として扱われるべき」ものだとした(→「ディープ・プレイ」p.27)。(→text analogy,"Local Knowledge",pp.30-33,1983)
それに対する批判「ギアーツの使ったような人類学の分析モデルはたしかに魅力的であり、その魅力のひとつは、そのモデルを使えば因果律の問題を迂回できるので、実証主義の批評家や旧来の歴史主義の批評家が頭を悩ませてきた還元主義のもつ欺瞞と決定論からの脱出路が開かれるというということである。」
また、「文化」を先験的に行為者の実践やそこから導かれる観察者が抱く観念としてみるのではなく、行為に帰属させられる規約(社会的合意)という観点から見るとどうだろうか? 犯罪行為を本人に帰属させるように、文化を本人に帰属させることは可能だろう?
「法理論家は、犯罪行為のような行為を個人に帰属さ せて、個人の有罪性を決定するという論理的問題に関 心を向けてきた。ウェーバーは、このアプローチを彼 自身の要求に適応させて、人間が社会的行為に賦与す る「意味」に関する社会理論を発展させたのである。 」(ベンディクス、ラインハルト(リンハート) 1988[1962]『マックス・ウェーバー』(下)、 折 原浩 訳、p.515、東京:三一書房.)
■ ギアーツと文化相対主義の関係
文献
小泉潤二 2002 「言われづつけてきたこと――反=反相対主義と還元論」『解釈人類学と反=反相 対主義』ギアツ、小泉潤二編訳、Pp.196-225、東京:みすず書房.
モーリス・ブロック [はじめにもどる]
アメリカ文化人類学では、文化をひとつの統一された全体と見なすのが、ブロックの理解は断片が構築されたものと見ている。「文化とはきわめて異なるタイプの知識形態の合成物である」(ブロック「日本語版への序文」『祝福から暴力へ』1994:vi)
マルクス主義者たち:人間の活動を生成する二次的な場 [はじめにもどる]
マルクス主義者の文化概念は、文化が歴史的、社会的要因のもとで決定されると考える傾向にある。文化は階級構造、経済システム、政治組織と密接に関わり、とくに文化の質と規模を決定するのは特定の生産様式としての産業である。
トロツキーは文化を「人類史を通して蓄積されてきたあらゆる知識と技術の総和であり・・・国家や階級や・・・歴史上の人物の技術と知識が結合してできたもの」としている。(トロツキー「レーニン主義と図書館仕事」:スウィングウッド『大衆文化の神話』1982:50より引用)
他方、グラムシによると、文化は「人間の内面生活の組織化された鍛錬の場であり‥‥人格形成場面であり‥‥超自我を獲得する場でもある。それによって、われわれは自己の歴史的価値・人生において果たすべき役割・権利や義務などを理解できるようになる」という。(スウィングウッド『大衆文化の神話』1982:54より引用)
「文化は中立的な概念ではなく、歴史的・個別的・イデオロギー的概念である」(スウィングウッド,1982:48)『大衆文化の神話』東京創元社
マルクス主義者たちは、(ヴァルター・ベンヤミンなどを除けば)「上部構造」としての文化を独自に研究したものではないので――つまり下部構造の関係を重視するので――上掲のように、文化を、人間の活動を生成する、ある種の二次的な場として理解する傾向がある。
彼は文化をアプリオリに定義するのではなく、これまでおこなわれてきた文化の定義のされ方を問題にする。ウィリアムズによれば、文化の定義のされ方には3つの観点からおこなわれてきたことになり、またそれぞれに対応する内包と、それらに対応する「文化の分析」があるのだ。
(1)文化は「理想」である
・考え方
文化は普遍的な価値によって導かれた人間の完成・理想化された究極目標である。
・この文化分析のスタイル
研究対象(文学、芸術、芸能などの表象)の中に見いだし、それについて記述すること。
日本ならさしずめ、文学研究者や「文芸評論家」などの活動などがそれにあたる。
・この分析の限界[池田によるコメント]
普遍的な人間の完成や理想化された姿というものが、論者によって異なり、歴史的社会的に唯一なものはないという経験的事実に合致させた説明が困難になる(ただし、一部の狭隘な研究者の間にはこのような相対的な視点を理解することが困難な人がいることも事実だ)。
(2)文化は「記録」である
・考え方
文化は人間の知性と創造力の結果の所産であり、その細部に至って人間の思考や体験が記録されている。
・この文化分析のスタイル
実証主義的な方法にもとづく批判的分析。人間の創作活動による記録の範囲はおびただしいものがあり、多くの研究者は、いくつかの特定のトピックを拾い出し、それ以外の事象との連関の中で実証的な証拠を見いだし、説明しようとする。その中で重要になるのは、実証と妥当的な解釈である。
・この分析の限界[池田コメント]
人間が関わってきたものすべて――分析者はなるべくその価値判断に介入することは避ける傾向がある――を、何からの「意味」があるものとして解釈するために、一方では実証的証拠を枚挙する傾向があり、他方では解釈の上に解釈を重ねる傾向がある。なにせ、人間の「記録」であるから、そこからある種の無限の情報的価値を引き出すのである。
(3)文化は「社会生活のあり方」である
・考え方
上掲の記録の一種であるが、現在の生活している人の観察を中心に――その観察のスタイルを応用して、過去に存在した人の生活も類推されうる――、それらの特定の生活のあり方を記したものが文化である。したがって、文化とは人間が創作したものだけでなく、日常/非日常におけるさまざまな制度や行動の中に現れる。
・この文化分析のスタイル
文化人類学の基本的なスタイルである、人々の生活の中からさまざまな事象を記述、分析する。文化の違いは、生活の違いに現れるので、さまざまな文化(=生活)の記録をとることに専念し、それらをさまざまな観点から分析する。
・この分析の限界[池田コメント]
文化を生活の観点から記述することから、経験的に生活の違いは多様に観察されるため、それらの違いを本質化して決定的な違いとする傾向がある。
[文献]ウィリアムズ, R.「文化の分析」『長い革命』若松繁信・妹尾剛光・長谷川光昭訳、pp.43-69、ミネルヴァ書房、 1983年[Williams, Raymond. 1965.The Analysis of Culture. in " The Long Revolution," pp.57-88. London: Penguin Books ]
私(池田光穂):様態からおこなう定義 [はじめにもどる]
文化とは有形無形の人間活動のことと定義したい。私の文化に対する見解――つまり文化をどのように研究するか――は、そのように定義された文化の様態を、どのように考えるかということに由来する。
それは、文化ないしは文化現象とは、次のような様態をもつものであるということだ。
(i )創造
(ii)維持
(iii)破壊
タイラーに始まる文化の静態的な理解、つまり文化を伝統的なものとしてとらえる見方は、私が主張する文化の様態の二番目の(ii)維持という側面を過度に強調しすぎた点からの反省に由来する。つまり、文化をより動態的にとらえる点であるが、他方、文化はいつも流動的でハイブリッドであるという見解にも組みしない。
こうすることで、文化の静態的な面であることについても、変化し、流転するものとしても、捉えることができる。もっとも、文化の静態的な面といっても、人間活動によって維持継承されているわけであるから、それらは、一時的な構造的安定、ないしは一種の新陳代謝(メタボリズム)をおこなっているゆえに、それが安定してみえるだけである。
さらに、この文化概念ではグローバル/ローカルという狭隘な二元論はとらず、それらが文化概念をめぐって相互交渉をおこなうとみる。つまり、文化はローカルなコンテキストによって生成するがゆえに、人々をして安定した構造体のように見えるのである。他方、安定した構造という信念が、他のカテゴリーの人たちをして別の文化をもっているという信念を引き出すことになる。文化は、安定した構造をもつという信念があるゆえに、予め文化の差異があると信じてしまうのである。文化の差異の概念は、(逆説的だが)文化を安定した構造体とみる信念より由来していると思われる。
◆ 異文化理解の基礎(池田光穂)
■ 関連リンク(サイトのなか)
文化人類学入門(池田光穂)
■ 関連リンク(サイトのそと):