グアテマラ内戦関連年表

Tabla cronológica sobre Guerra civil de Guatemala

作 成:池田光穂

El Movimiento Rebelde 13 de Noviembre (MR13) y el surgimiento de la lucha armada en Guatemala, ca.1962

月日 事 項
1931-   ホルヘ・ウビコ独裁政権はじまる
1944 7 ウビコ大統領辞任、後任にポンセが就任
  10 10月反乱
  12 自由選挙でアレバロ(Juan Jose Arevalo Bermejo)が大統領に当選
1945 3 アレバロ政権に就く、1945年憲法の発布
1948   グアテマラ労働者党(PGT)結成(合法 化は1951年)
1949   フランシスコ・アラーナ軍最高司令官、大 統領候補に立候補声明直後に暗殺
1951   アルベンス(Jacobo Arbenz Guzman:アレバロ政権期の国防大臣)大統領

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1952   農地改革法
1953   ユナイティド・フルーツ社所有のプラン テーションおよび中央アメリカ鉄道の没収、国有化
1954 6 ホンジュラス領内よりカスティーリョ・ア ルマス大佐による反革命軍のグアテマラ侵攻、首都制圧によりアルベンス辞任。国有化された土地等の返還。
1954   1945年憲法停止
7月2日フリーダ・カーロとディエゴ・リベラはグアテマラ侵攻へのCIAの関与に抗議してメキシコ市でのデモに参加(7月13日カーロ死亡
1955 1.20 アルベンス派による反乱計画発覚.417 名が逮捕,首謀者フランシスコ・コセンザ大佐はエルサルバドル大使館に保護を求め,フランシスコ・ベリオス大尉は国内に潜伏.
1955   国会議員選挙.アルマスの創設した反共連 盟(PUA)のみが立候補を許される。
1955   カスティージョ・アルマス大統領就任
1956   1956年憲法公布
1957   カスティージョ・アルマス大統領暗殺
1958   ミゲル・イディゴラス・フエンテス大統領 選出
1959   [キューバ革命]CIAによるグアテマラ領内での反カストロ軍事訓練開始。グア テマラ軍 内部は、その支持・反対をめぐり分裂。
1961   イディゴラス・フエンテス大統領に対する 軍の反乱鎮圧(1960年11月)、武装反乱軍は山間部でゲリラ活動を開始(1962年年頭にゲリラ戦による抗戦を布告する)→これにより内戦期の開始を 1960/61年にするかで所説がある)
1962 2 武装反乱軍グループは「MR13」(Movimiento Revolucionario, 13 de noviembre, Alejandro de Leo'n)結成(活動拠点をラス・ミナス山中にもとめ る)

El Movimiento Rebelde 13 de Noviembre (MR13) y el surgimiento de la lucha armada en Guatemala, ca.1962


 
12 MR13、MR12、PGTによってFAR (Fuerza Armada Rebelde)を結成する。都市部ではPGTの指導する大衆組織統 一抵抗戦線(FUR)が結成される。
1963   軍によりイディゴラス・フエンテス大統領 解任、ペラルタ・アスルディア大佐を大統領(暫定)に指名
1965   1965年憲法公布
1966   フリオ・セサル・メンデス・モンテネグロ 大統領選出。米グリーン・ベレーゲリラ鎮圧作戦「オペレーション・グアテマラ」を実施、カルロス・アラーナ・オソリオ大佐参加。米軍の爆撃等で八千人の犠 牲者を殺害。テロ・グループ「ラ・マノ・ブランカ」等、暗躍。
1968   駐グアテマラ・米大使ジョン・メイン暗殺
1969   [エルサルバドル・ホンジュラス戦争 (サッカー戦争)]
1970   カルロス・アラーナ・オソリオ大統領選 出、駐グアテマラ西大使カール・フォン・スプレッティ暗殺、[チリ、アジェンデ大統領]
1971   武装人民組織(ORPA)結成、ベリーズの領有をめぐりイギリスと交渉決裂。
1972   貧民ゲリラ軍(EGP)結成。陸軍銀行設立
1974   ヘル・ラウヘルウ将軍、大統領に選出、 [チリ、ピノチェト軍事政権]
1976   チマルテナンゴ大地震、犠牲者二万二千、 被災者百万人、[アルゼンチン軍事クーデター、ビデラ軍事政権]
1977   ウエウエテナンゴから首都へ鉱山労働者の 更新
1978   立法議会、ロメオ・ルーカス・ガルシーア 将軍を大統領に指名。農民統一委員会(CUC)発足。ケクチ・マヤ先住民パンソスで虐殺(100名)。米、グアテマラに武器輸出停止。
1980   スペイン大使館占拠後、軍により炎上。ス ペインはグアテマラと国交断絶。OPRA、EGP、FARはPGT(グアテマラ労働党)と同盟関係
1981   CUC、公然活動を停止。チマルテナン ゴ、ゲリラ鎮圧戦で1500名犠牲。
1982 2 グアテマラ国民革命連合(URNG)結成
  3 大統領選挙で、ルカス・ガルシアの後継 者、アニバル・ゲバラ国防大臣が勝利宣言
  3.23 ルカス・ガルシアの離任直後、アニバル・ ゲバラ就任直前に、若手将校による三人委員会結成、エフライン・リオス・モント将軍が政権担当委員会(FUNTA)を掌握

  4 三人委員会「安全保障と開発計画」 (PNSD)発令
  6 リオス・モント大統領就任(Efraín Ríos Montt, 1926- )。ゲリラ壊滅作 戦にもとづく一連の政策(フリホレスと銃、民間自衛パトロール(PAC)制定し、2年間で90万人徴用)
1983 1 [コンタドーラ・グループ第一回会議]中 央アメリカ和平のための合意形成交渉の開始[1983アルゼンチン軍事政権終焉]
  8 国防大臣オスカル・ウンベルト・メヒア・ ビクトレス将軍クーデタ、リオス・モント大統領解任
1984   世界先住民会議、国軍による先住民虐殺反 対をアピール
1984

1985

7.1 国会議会選挙、憲法制定議会招集

1985年憲法制定。

1986   キリスト教民主党ビニシオ・セレソ大統領 就任.

中央アメリカ五カ国エスキプラス宣言採択。アンドレス・ヒロン神父と農民(1万数千人)の土地要 求デモ。

1987 8 エスキプラスII合意署名
  9 国民和解委員会(CNR)発足
  11 政府とグアテマラ国民革命連合(URNG)マドリードで会見
1988   グアテマラ寡婦の会(CONAVIGUA)発足
  5 軍事クーデタ失敗
  8 軍事クーデタ失敗
1989 2 グアテマラ労働党(PGT)、URNGと結合
  5 軍事クーデタ失敗
1990 3 国民和解委員会が仲介しオスロでURNGと政府は、和平の枠組について合意
  6 スペイン・エスコリアルで各政党関係者、URNGと話し合う
1991 1 ホルヘ・セラーノ大統領就任(Jorge Serrano Elías, 1945-
  4 政府とURNGの和平交渉
  12 セラーノ大統領、軍改革
1992 11 リゴベルタ・メンチュ、ノーベル平和賞
1993 5 セラーノ大統領の憲法停止と議会解散(自 作クーデタ)を発動、失敗、失脚(前年4月に フジモリ・ペルー大統領が成功)
Serranazo
  6 議会はラミロ・デ・レオン・カルピオ (前・人権擁護監視委員)を大統領に指名
1994 1 国連の仲介で、政府・軍・URNGがメキシコ市で「和平交渉再開の枠組合意」に 署名
  3 「人権に関する包括協定」署名
  6.23 歴史の真実究明委員会(Comisio'n para Esclarecimiento Histo'rico)設置
1995 3 多民族・多文化・多言語社会の理解のため の「先住民族の権利とアイデンティティー憲章」が成立
1996 1 アルバロ・アルス大統領就任
  5 政府、URNGとの和平交渉に合意
  9 「民主社会における市民権と軍の役割強化 に関する法律」成立:治安のために内務省にPNCを設置、PACを 廃止される
  12.29 政府とURNG、包括的和平協定に調印(翌年5月URNGの武装解除完了)
1997 5 [米国で情報公開法にもとづきCIAによる54年クーデタ関連文書を公開]
  7 国連真相究明委員会発足
1998 4.26 ファン・ヘラルディ司教、暗殺。『グアテ マラ:歴史の想起—二度と再び』編集の1人
1999 2 歴史の真実究明委員会『グアテマラ:沈黙 の記憶』
  5 URNGとの合意を盛り込んだ憲法改正案の成立
2000 1 アルフォンソ・ポルティージョ大統領(FRG)、リオス・モント国会議長 (FRG総 裁)

参考資料:


グアテマラ:政治暴力のゆくえ、にもどる

池田蛙  医療人類学蛙  電脳蛙 

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