熊本大学文学部文化表象学卒業論文アーカイブス

「クリフォード・ギアーツ研究」(2001)

序章

山添響子


序章 

第1章 ギアーツの経歴と業績

第2章 人類学者ギアーツ登場の背景

第3章 ギアーツの理論

終章

参考文献



序章



 クリフォード・ギアーツ(Clifford Geertz 1926_)は、現代アメリカの最も著名な人類学者の一人である。彼が主張した「解釈人類学」(interpretive anthropology)及び「文化解釈学」(cultural hermeneutics)は、「文化」を「意味と象徴のシステム」として捉え、それを「解釈」しようというもので、1970年代以降の人類学界に極めて 大きな衝撃を与えた。インドネシアとモロッコを調査地域として、多岐にわたる分野で試みられた総合的研究は、人類学の諸分野にとどまらず、社会学、政治 学、経済学、生態学、哲学、現代思想、文学、芸術評論、歴史学、宗教学などにもその影響力を及ぼし、人文社会科学全般において高い評価を得ている。これら 多くの賞讃の辞と共に批判も現れたが、批判者も含めてその学問的重要性を否定するものはいないと思われる。短期間であるが講演や賞の授与のため数回来日し ており、数多くの著作のうち7点が邦訳された。日本人によるギアーツ、あるいは解釈人類学に関する解説もいくつか出されている。国内でもかなり知られてお り、社会科学を学ぶものであれば一度はその名を耳にすることだろう。
 本論考の目的は、ギアーツの文化理論について検証することである。そのため、本稿は4部から構成されている。第1章では、ギアーツの業績と経歴について 簡単に解説する。第2章では、ギアーツの理論形成過程をアメリカ社会と同知識社会の動向のうちに再現する。知識社会が知識人に及ぼす影響の大きさを考える とその脈絡を知ることは不可欠となるし、彼自身が知識社会に大きな波紋を投げかけた一人であるとすれば、尚更この関連を踏まえることは必要だと思われる。 第3章では、彼の解釈理論の基礎である文化概念と解釈行為とを把握し、修辞表現への強烈な意識の根元を探る。最後に終章で、前章までの解明を通して、自分 が文化人類学という学問を専攻した3年間、それを学ぶなかで最も感銘を受けたクリフォード・ギアーツという人物を少しでも掴みたいというのが願いである。
 ところで、私が以上のようなギアーツ研究を行う動機、というよりも単純に私がギアーツに興味を持ったきっかけは、大学3年次の後期、文化表象学演習の授 業で彼の代表的論文集の邦訳、『文化の解釈学』(1)を読む機会を得たことである。正直言って、最初この課題を読むことは、苦痛以外の何物でもなかった。 幾度も繰り返される2重(3重、ときには4重も)否定、挿入の中に挟まれる挿入、例示の例示、断定を極力避けた曖昧さなどによって極めて複雑化した彼の文 章は、1行を読み進めるのに2行も3行も読み直さねばならず、かなりの根気と忍耐力が必要であったからだ。しかもそのような文体によって広範すぎるほどの 研究テーマと、それらを分析するために諸科学から理論が応用されているので理解はますます困難となり、未だに誤読や不適切な読解をしている部分があるかも しれない(むしろあるにちがいないのだが)と不安に思う程である。
 だが難解であると同時に、社会科学の読み物としてはそれまでにない新鮮な魅力を感じた。しかもその魅力は、私が簡潔に理解しようとすることを拒む執拗す ぎるほどの修辞の使用によって生まれていた。曖昧さには意味の伏線が幾重にも張り巡らされ一文が様々な意味を持ち得ており、膨張し続ける表現のなかに彼の 理論は姿を見え隠れさせるのである。それはまるで優れた文芸作品のような巧妙さ、味わい深さであった。彼の文章を複雑、難解なものにしている修辞こそが、 彼の文章を非常に豊かで魅力的なものにしていた。そして次第に、そのような文体で描かれたギアーツの理論にも強く惹かれていったのである。
 明確な一言で表されないにもかかわらず私には、ギアーツの理論自体はとても明確で、ときに単純とさえ感じられた。授業時の発表でこれのどこを批判すれば いいのかと毎回頭を悩ませたほど洗練された論理に完璧に説得され納得し、諸手をあげて賞讃するばかりだったが、賞讃し同意することができるのは、その洗練 された理論が曖昧・複雑なだけの意味不明なものではないからである。すなわち私は彼の著作が、たとえどんなに微少であっても「読める」から賛同できるので あり、私にも読めるほどギアーツは、その全ての著作において常に首尾一貫した議論を展開しているのである。
 以上は、私のギアーツ作品に対する印象または感想にすぎない。このような見事な修辞的表現法を彼がいつどこで身に付けたかは定かではないが(アンティ オック・カレッジで文学を学んでいた大学生の頃だろうか)、第3章の考察ともなっているように、問題はこの文体に対する印象が単なる印象、その癖の強さが 単に癖にすぎないのか、そこには何らかの意図が隠されてはいないのか、意図されているとすればその理由は何なのかということである。ただし私は、ギアーツ が修辞表現のみに重点を置いていたといっているのではない。彼の民族誌や論文は、テクスト研究と同程度あるいはそれ以上に、人類学においてもインドネシア 研究においても新興国の政治研究においても芸術論においても極めて高く評価されているし、特に歴史研究者には絶大な支持を受けており[小泉 1998: 177]、人文社会諸科学全般が多面的に彼の理論を援用している。また、彼はむしろ極端な「テクスト中心主義」を激しく批判するし、それらの修辞を通した うえでの「真に現実的なもの」を書くことにこそ何より大きな意義を見出している[ギアーツ 1996]。評価同様ギアーツに対する批判も数多く提出されて おり、彼の理論が抱えるいくつもの根本的な問題点はすでに明らかにされている。その内容は省略するが、解釈の有効性の問題、解釈の方法の問題、意味の生成 にあたっての力学の問題の3点が主要な指摘である[小泉 1983:259-261]。
 それでは論題に対する具体的な検証に入る前に、ギアーツという人類学者の全容を明らかにしておきたい。したがってまずは、彼の経歴と業績を跡づけること からから本章に入っていこう。



【出典】
山添響子「クリフォード・ギアツ研究」熊本大学文学部・卒業論文(地域科学科・文化表象学コース)、2001年(Copyright Kyoko Yamazoe, 2001)

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