CSCDスペシャルコラム

シナモンに魅せられて〜ベトナム・タコバス紀行

内野 花

シナモンに魅せられて〜ベトナム・タコバス紀行

みなさんはのどかな田園風景がお好きだろうか? シナモンに魅せられ、初めてバックパックの旅に出た医学史研究者のベトナム紀行。

内野 花(うちの はな)

CSCD特任講師。専門は、東アジア産科学の史的研究。妊娠・出産をめぐる事象、およびその背景にある生命観・性概念について、伝統医薬学や現代西洋医薬学、産科習俗、民族説話などを媒介に紐とく。
スタッフ紹介


シナモンに魅せられて

数百年前に編纂された医学書をめくってはニヤリと笑みを浮かべてPCに文字を打ち込んできた私だが、最近漢薬のおもしろさにハマってしまい、ベトナム産シナモン(カシア)にも手を伸ばした。シナモンは東アジアでは元来薬用であり、特にベトナム産は最高級とされてきた。そこで、ベトナムの現状を調べるべく、たくさんの方々のお手を煩わせつつ、ベトナムのシナモン販売商社に連絡を取り、バックパックを背負いながら渡越した。

生まれてはじめてのバックパック。山にも興味がないため(でも、植物観察は大好き)、いま流行りの「山ガール」とも無縁な私だ。バックパックが何たるかもよくわかっておらず、購入時「これ重いし大きいわ。いっぱい紐ついてて面倒くさいし、もっと軽くてかわいくて、汚れの目立ちにくい色あらしませんやろか?」と言い、店員さんに呆れられてしまったほどだった。


ベトナムのバス事情

軽い飛行機酔いとともに、まずはベトナム、ハノイへ。地図を買って、商社に電話して・・・いざ北へ。
各地に向かう人やバスでごった返しているバス停を、バックパックを担いでよろよろと進み、目的の長距離バスに乗りこむ。外国人は私たちだけだ(ベトナムでは、ショートカットの女性はベトナムでは少ないので、すぐ外国人だとわかる)。気にせず座席に座って、シナモンに想いを馳せる。

どんな村かな?
どれくらいシナモンが生えているのかしら?
ベトナムの生活にどの程度シナモンが溶け込んでいるのだろう?
漢方使用は日本と比べて多い?

わくわくしてきた。

そう、最初は良かった。適度に座席が空いていたから。だが、途中から車内が一変した。どんどん乗客が増える。道端で待っている乗客を乗せる。乗せる、乗せる。まだまだ乗せる。座席数が足りなくなると、座席と座席に板を渡して座る。詰める、座る、詰める、座る。タコ部屋ならぬ、タコバスだ。

しかも寒い。事前情報では、暖かくて旅行に最適な気温と聞いていた。だが、異常気象の雨のせいで気温は低く、10℃もなかった。持ってきた洋服を全部重ね着してもまだ寒い。その日はそのまま、小さく丸まって寝た。
 

いよいよ、シナモン林へ

ベトナムの朝は早い。7時過ぎには街全体が完全に動いている。天候が悪かったため、近くの栽培農家へ車で行く。市街地をはずれたころから道が細くなる。舗装はされているが、かなり埃っぽい。水牛が荷車を引きながら進んでいるのを尻目に、どんどん進む。

110527cinnamon leaf.jpg目的地に着き車を降りと、雨の匂いに混じって、シナモン独特の甘い香りがふわっと鼻腔を刺激した。ちょっとだけ鼻をひくひくと動かしてみる。うん、いい香り! 恥ずかしいのでみんなに背を向けながら、もっとひくひくさせてみる。身体中にシナモンの香りが行きわたる感じがした。

農家の方に挨拶をしてから、シナモンが生えている山の斜面を登る。かなりの急斜面だ。調査用に購入したトレッキングシューズを履いた脚に力を入れながら登る。途中、農家の方がシナモンを目の前で伐採してくれた。樹を切り倒し、樹皮を剥いでいく。独特のナイフを使って、次々に樹皮が剥がれていく。つるん、と剥がれる。真っ白な幹があらわれると同時に、シナモンの香りがより一層強くなる。切り倒した幹を触ると、しっとりとしていて、しかも、つるつるだった。切り口の手触りは柔らかく、葉に比べると香りも少し柔らかいように感じた。生のシナモンが日本でも簡単に手に入ったらいいのになぁ、そんな想いを抱きながら村を後にする。その日の晩は、気分よく眠りについた。

タコバス、再び?

しかし翌日、バス停に着くや、前日のルンルン気分は萎み、顔が引きつる。何これ・・・ 冗談キツいわ、堪忍してぇなぁ! バスの屋根には20台前後あったと思う、オートバイが紐で繋がれていた。もっと値段の高い旅行保険をかければ良かったと後悔する。

乗客の荷物の揚げ降ろしをするとき、バスガイドの男性が窓枠に足をかけて屋根に登るとき、カーブを曲がるとき、バスは左右に大きく揺れる。グラリと揺れる。泣きそうになる。両脇にそそり立っている木々のせいで狭い山道は暗い。途中横転しているバスを見たこともあり、気分はがどんどん沈む出す。沈みすぎて表情も消える。あ~ぁ、何でこのバスなんやろ? そう嘆いたときだった。

鬱蒼としていた木々のベルトが突然途切れ、九十九折りの山道の方側斜面の視界がいっきにひらけた。眩しい! 細めた目をゆっくりと開く。
わぁ・・・!

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まるで、風景画に迷い込んだような

夕日にかわりかけた日の光が棚田に降り注ぎ、水田が輝いている。まるで小さな宝石があちらこちらに散りばめられているようだ。きらきら、きらきら。若い稲葉が踊っているように、鮮やかな黄緑色が風にそよいでいる。シャラシャラと軽やかな金属音が風に乗って聞こえてきたような気がした。盆地にひろがる棚田の風景に目を奪われ、バスの揺れが気にならなくなった。田園よりオフィス街のほうがリラックスできる私が、綺麗な風景だと思った。田園風景を見て、綺麗だと感じている自分自身にも驚いた。

訪れた村も安心できる風景だった。綺麗だと感じながら、まだどこか遠いもの、映像か何かを眺めているような感覚だった。田んぼの水に夕日が反射し、その光のなかを民族衣装をまとった女性たちが歩いていた。風景のなかに人がいる、そう思った瞬間、美術館に陳列しているような風景画のなかに入り込んでしまったのかというような錯覚におちいった。あれ、どうなってるの? 

だが、土や草の匂い、せせらぎ、鳥の鳴き声が五感に現実だと訴えてかけてくれる。あぁ、本当に目の前にこの風景が存在している。そのなかに私はいま立っている。そう思うと、この田園風景がとても愛おしかった。距離があるので声は聞こえないが、彼女たちの表情には笑みが浮かんでおり、観ているこちらも優しい気持ちになる。いつまでも観ていたい、そう感じたほどだった。

美味しい食事をご馳走になり、後片付けを手伝いながらおばさんと囲炉裏の前で片言の単語で会話する。「ここに座りなさい。」「寒いでしょ? 火にあたって。」「何人家族なの?」そんな会話が心地よい。もう何日かここで過ごしてみたいな。


しかし、穏やかな時間はあっという間に過ぎ去り、数時間後、私は再びタコバスの中にいた。やってきたバスは普通なら3人乗り、のシートに5人が詰めて座る夜行タコバスだった。眠れるわけないやろ・・・・・・。夜が白んでいくのを見ながら、あぁ、日本とは空の色も朝日の眩しさも違うな、と思った。

数日後には、違う種類のシナモンを求めて、南へ。バス・ホテルともに、またしてもギラリッと私の眼光が鋭くなる旅が続いた。この旅については・・・また今度。

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