CSCDスペシャル活動レポート

東日本大震災、考えるべき問いは何か?

科学技術コミュニケーション理論と実践(2)

東日本大震災、考えるべき問いは何か?

様々な研究科の大学院生が集まって、現代の科学技術問題について考える授業。東日本大震災について、受講生はどのように考えたのでしょうか?

前回は、様々な専門分野に属する受講生のみなさんの自己紹介の様子をご紹介しました。
(☞「自分の研究、説明できる?〜科学技術コミュニケーション理論と実践(1)」
今回は、いよいよ、東日本大震災に関する議論の様子をご紹介します。


急遽変更されたテーマ

この演習型の講義では、毎年、現代社会において話題になっている、しかも社会と関わりの深い科学技術の具体事例がテーマとして選ばれます。たとえば、過去にはこんなテーマが選ばれてきました。


過去のテーマ例

「BSE事件に伴って生じたアメリカ産牛肉輸入停止を解除するための条件とは何か?」
「原子力発電所から生じる高レベル放射性廃棄物の地層処分の是非について」
「地球温暖化問題に関する市民参加のあり方について」(CSCD科目シラバスより)


小林「今年も、直前までは地球温暖化をテーマにする予定だったんです。でも、あの日、あの大震災が起こって、急遽変更せざるをえなくなりました。今、震災について考えないわけにはいきません。まだ、わからないことも多い。授業を進める4月から6月のあいだにも、新たに色んな事実がわかってくるでしょう。」

実際、授業があった1ヶ月強のあいだに、福島原発のメルトダウン、水棺作戦の失敗、菅首相による浜岡原発の停止要請など、続々と新たな情報が報じられました。

小林「今年の授業は、例年以上に、見えない状況で考えていかなければなりません。しかし、それこそ君たち専門家が社会にでたとき、求められることです。」


考えるべき問題は何か?

受講生のなかには、テーマと関わりの深い分野で研究をしている学生もいれば、そうでない学生もいます。また、福島原発にほど近い福島県南相馬市出身の受講生もいれば、東北には一度も行ったことがないという受講生もいます。
しかし、この授業で、テーマに詳しい人の発言が他の人の発言より重視されるということはありません。

八木「東北に知人がいる人もいれば、東北に一度も行ったことがないという人もいるでしょう。正解のある問題なら、知っている人に聞けばいい。でも、今回はそうではありません。だから、知っている人の言葉も大事だけど、この授業では、知らない人の言葉も大事です。」

知っている人と知らない人が一緒に考えるために、とられたのはこんな方法でした。

1. とにかく思いつく限りの問題を書き出す
110427_pick up.jpg

2. 問題を分類する

3. 分類した問題群にタイトルをつける
110427_title.jpg

4. マッピングする
110427_mapping.jpg

何色かのポストイットをつかった作業は一見単純にみえますが、問題を分類する段階では予想以上に時間がかかっていました。多くの人があげた問題は、原発情報に関するものですが・・・

「一見、似たような問題のようにみえても、よく話をきくとそれぞれ論点がちがって、簡単にまとめられない。たとえば、原発の問題といっても、震災前に何をすべきだったかと、震災後にとるべき対処法では全然ちがう。それに、科学者や政治家がそれをどう説明すべきか、という問題も・・・」

完成したマップは二つの班でずいぶん異なる仕上がりになりました。

110427_map1.jpg  110427_map2.jpg

一方は、問題同士の関連を配置と矢印で示され、もう一方は時系列に並べられています。
どちらも、各問題の論点を見失わないための工夫でした。


二つの想像力

東日本大震災について、考えるべき問題は何か?
のべ5日間にわたる授業では、何度もこの問いが繰り替えされました。その度に、受講生たちは、考えるべき問題を取り出す、その問題に対する多様な考えを知る、そこからまた新たな論点が浮かび上がる、という経験を繰り返しました。
その中で、とても印象に残った言葉があります。それは、二つの想像力に関する先生たちの言葉です。

八木「具体的に考えてほしいな。海岸線から10km先まで津波でやられるって、大阪でいうとどこまで? 20年先まで自分の家に帰れないとしたら、絶対持ち出したいものって何? そんなふうに想像してみると、もっともっと見えることがあるはずです。」

小林「もちろん、被災した人に対して想像を働かせることも大事です。でも、君らは、将来、技術者とか、行政や自治体の人間になる可能性のある人たちでしょう? そういう立場になったら、どんな問題にどんなふうに答えるか。そういう想像力も働かせてください」

特に後者の専門家としての想像力は、この授業では重要です。専門分野が限りなく細分化され高度になった現代では、ほとんどの専門家が、まず自分の専門分野で研究を極めた後に、それをどう社会に活かしてゆくか考えようとします。しかし、CSCDは、社会で生きる専門家を育てるためには、専門性を身につけていく過程で、同時にその専門知が社会とどう関わりうるのかを学んでいく必要があると考えているのです。

果たして、受講生たちは、その期待に添えることができたのでしょうか?
 

専門家として考える

専門分野を超えた議論をたっぷり重ねた後、最後に受講生に課されたのは、"それぞれの専門家として"震災の問題について考えることでした。


課題:東日本大震災に関連した様々な問題のなかで、自分の専門分野が関係している問題を指摘し、その問題の解決に向けて、どのような研究や活動をできるか述べること。


たとえば、工学研究科の坪内邦男さんは、原子力発電に代わるクリーンエネルギーとして「プラズマ核融合発電路」の可能性について、その安全性とコストを中心に説明してくれました。
同じエネルギー問題でも、基礎工学研究科の辰巳詔子さんは、災害時の蓄電池の必要性に注目し、その実現のためにどんな研究が必要かを指摘しました。

また、情報の問題についても、情報工学科の関元洋さんが「無線・有線を問わず全国に存在する通信網を統合的に用いることのできるネットワーク」について提案したのに対し、文学研究科で日本語教育について研究している瀬井陽子さんは「日本に住んでいる外国人への情報提供」について発表するなど、それぞれの専門を活かしたアプローチが光ります。

一見震災に直結しない基礎的研究をしている人はどうしたのでしょう? 理学部で生物学を研究している川添有哉さんは、神経回路の研究が震災ストレスによる「こころ」の問題にどのように貢献しうるか考えました。

専門性が活かされているぶん、発表の概要だけをきくと、専門分野を超えたこれまでの議論がどのように活かされているのかわかりにくいかもしれません。しかし、それぞれの発表には、単に専門知を伝えるのではなく、社会的な関心からもう一度自分の専門をとらえ直し、専門外の人にもわかりやすいよう説明する工夫がされていました。

「研究の細分化により生じている専門家間のコミュニケーションの困難さ」を実感させられる授業初日の自己紹介。震災について何度も繰り返された「何が問題か?」という課題。それら専門分野を超えたやりとりは、専門家として必要な、細分化された研究を社会につなげる想像力を身につけるためのものだったようです。

(報告:松川絵里/大阪大学CSCD特任研究員)