CSCDスペシャルコラム

日常的な話し合いを社会的議論につなげる

山内 保典

日常的な話し合いを社会的議論につなげる

科学技術について専門家と非専門家が一緒に考えるために、どのような仕組みが必要なのでしょうか? 実際に行われた再生医療に関する取り組み、熟議キャラバン2010から考えるコラムです。

山内 保典(やまのうち やすのり)

CSCD特任研究員。専門は、認知心理学・科学技術社会論。科学における協働に関心を持ち、現在は「市民と専門家の熟議と協働のための手法とインタフェイス組織の開発」プロジェクトに従事する。
スタッフ紹介

DeCoCiS(でこしすプロジェクト)

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)における研究開発プログラム。科学技術術に関する公共コミュニケーションの定着を目指して、「熟議 」と「協働」のための手法を開発する。
プロジェクトHP


市民と専門家が、一緒に議論しながら考えを深めたり(熟議)、協力しながら問題に取り組んだり(協働)するためには、どのような仕組みが必要なのでしょうか? 今回のコラムでは、「DeCoCiS(Deliberation and Cooperation between Citizens and Scientists)」が熟議のために行なった実践を中心に紹介します。

みんなの声を集める

2010年、私たちは、再生医療に関する日常的な話し合いの結果として生まれる市民の声を集めるため、市民を主な対象として、10回以上のサイエンス・カフェを行いました。

再生医療とは、事故や病気で失われた体の細胞、組織、器官を再生させたり、機能を回復させたりする医療の医療の総称です。日本人研究者がこの分野で大きな貢献をしたこともあり、報道などで目にしたことがあるかもしれません。大きく分けると、細胞を移植することで治療を行う生物学な方法を利用した治療と、人工関節や人工血管などの人工材料を用いた工学的な方法を利用した治療があります。生物学的方法では、体内のさまざまな種類の細胞に分化する能力をもった「幹細胞」が利用されます。

再生医療は、まだ萌芽的な科学技術であり、良くも悪くも社会に大きな変革をもたらす可能性があります。そのため、様々な期待と不安が社会の中に渦巻いています。実際に今回の実践では、サイエンス・カフェによって、のべ180名に再生医療に関する期待と不安を話し合ってもらい、その話し合いの中で一番重要だと思うことを書いてもらったのですが、「再生医療技術を自然の流れに則った技術として発達させる」、「(医療保険を適用するなど、再生医療を受ける当人以外の)他の人にもお金がかかる様な仕組みは作らないで欲しい」など、様々な意見が寄せられました(☞再生医療に関して、今、社会で議論すべきこと>POINT180)。


みんなで議論すべき問いを考える

caravan2010_postit.JPGこのサイエンス・カフェの実践に続いて、2010年9月、市民9名と専門家9名に参加して頂き、社会で議論すべき問いを考えるための会議をしました。その会議では1泊2日かけて、180の意見を整理し、アンケート形式で「社会で議論すべき問い」と「その選択肢」を作成しました(☞再生医療に関して、今、社会で議論すべきこと>自分で考えてみる)。

なぜ市民と専門家を交えて、社会で議論すべき問いを考える必要があるのでしょう。たしかに再生医療技術自体について、専門家はよく知っています。しかし、再生医療が影響を与える現場(例:医療の現場、患者を抱える家族の現場、ビジネスの現場)や、医療技術が生活に与える影響(例:保険制度、医療格差、税金の配分)については、むしろ実務家や一般市民の方がよく知っていることもあります。再生医療に関して、みんなで議論すべき問いは、「科学技術(再生医療)の問題」ではなく、「科学技術(再生医療)が関連する公的な問題」なのです。また私たち市民は、今現在はそうでないとしても、再生医療の潜在的な利用者であり、また医療に関する政策や技術がもたらす社会への影響の下で生活する存在です。「再生医療に関して何を考えておくべきか」は、市民も含めた様々な立場の人で考える必要があると考えられます。


日常的な話し合いと社会的議論の接点

こうしてできたアンケートは、一見とっつきにくい印象を受けるかもしれません。例えば「再生医療技術を用いた治療の場合、保険適用の範囲をどのように設定すべきか」を問うQ16は、このように問われています。


Q.16 医療に保険を適用する場合、その範囲が広くなるほど患者は治療を受けやすくなりますが、一方で国民の税金負担は増加するため、保険適用の範囲をどのように設定するかが問題となります。再生医療技術を用いた治療の場合、保険適用の範囲をどのように設定すべきだと考えますか。以下のうちからあなたの考えに近いものを一つ選んで下さい。

1. すべての範囲の治療に保険適用する。
2. より命にかかわる治療対象を優先。
3. 若い人を優先。
4. 生活に及ぼす影響が大きいものを優先。
5. 保険適用しない。


なんだか難しいですね。たしかに再生医療は、まだ身近ではないですし、アンケートで問われている内容も、普段の生活ではあまり考える機会のないものです。しかし、このアンケートは実際に考えてみると、きっとあなたの感覚に合う部分があると思います。

そう思う1つの理由は、このアンケートで問われている内容は、もともと市民の意見に基づいたものだということです。例えば、上記のQ16は、以下のような市民の声に根ざしています。


「お金がないとできないのか!?」

私の父は母からの生体肝移植を受けたのだが、そのときに全く保険がきかなかった。父は、移植をしなければ確実に死ぬ状況で、お金をとろうとする態度にあまり良いイメージが浮かばない。再生医療が可能になっても、結局貧しい人にとっては関係ないのだろうか?

「他の人にもお金がかかる様な仕組みは作らないで欲しい」

日本国全体の医療費が増えて税金が高くなるのが不安。一部の人が技術を受けられるのに他の人のお金が補助として使われないようにして欲しい。


いかがでしょうか? この2つの意見の方向性は異なりますが、それぞれ共感できる部分があると思います。私たちは、各問題と関連する市民の声を併記することで、アンケートで扱われているジレンマを、よりリアリティを持って感じて頂けると考えています。これは、市民の日常的な話し合いと社会的議論を橋渡しするための工夫の1つです。

またアンケートで問われるジレンマは、大変難しく感じるかもしれませんが、実はその多くは、他の形で私たちの生活の中で問われています。例えばQ16では、経済性、公平性、有効性(何を有効とみなすかで立場が異なる)のうち、どれを優先するかが問われています。この判断により、大きく政策は変わりますし、その結果、誰かが割りを食うことになります。これは正しい答えがある問題ではありません。とても難しい問題です。

しかし似たような価値の選択を、多かれ少なかれ私たちは、生活やビジネスの現場で行っています。例えば、ある家庭では夕食を決めるのに、母親は節約すること、父親はおいしさ、姉はヘルシーさ、弟はボリュームを求めたとしましょう。それらの選択肢は、しばしば共に成り立たちませんが、それでも私たちは何らかの合意をして生活しています。私たちの日常的な話し合いには、社会的議論や政治的議論のエッセンスが含まれているのです。このようにアンケートで問われている内容と日常でのジレンマの間に、同じ形を見出すことができれば、ぐっと再生医療に関する議論も身近になると思います。再生医療に関する議論といえども、私たちの日常的なジレンマについての話し合いの延長線上に位置づけられるのです。それは同時に、社会的議論はこうした日常での話し合いの経験によって、より洗練されることになります。自分の主張をしっかりと根拠づけること、それを人に伝わるように説明することは、日々の対話の賜物なのです。私たちが「社会で議論すべき問い」という形でアウトプットを発信するのには、このような日常的な話し合いを活性化したいという願いが込められているのです。

さてさて、上の文章を読んで「再生医療に関する社会的議論と夕食は違うだろう!」というツッコミを入れた方もいるでしょう。そうです、むしろ、そのツッコミを待っているのです。なぜなら、そのツッコミには、あなた自身の再生医療や社会的議論に対する考えが含まれているからです。「なぜ違うのか」を誰かに主張してみて下さい。そこが、あなた自身の再生医療に関する社会的議論の出発点になるはずです。

(やまのうち やすのり/CSCD特任研究員)


Editor's Note

コラムのなかで紹介されているアンケートは、熟議キャラバン2010のページよりご覧いただけます。
熟議キャラバン2010のページへ

caravan2010_Q1.jpgをクリックし、アンケートに答えていくと、その設問を考える際ポイントとなる論点や「みんなの意見」をみることができます。さっそく試してみたところ、再生医療についてほとんど知らない人も設問に答えていく過程で、再生医療に関する様々な論点とそのそれぞれについての多様な考え方を知ることができました。また、「私ってこんなふうに考えているだ」という意外な発見もあります。また、それぞれの設問について自分の声をTwitterでつぶやくことも可能です。このDeCoCiS on Twitter は、みなさまに再生医療について熟議していただくためのツールで、回答の統計的なデータなどの取得が目的ではないそうです。回答することよりも、それを元に議論することをお楽しみください。(松川絵里/大阪大学CSCD特任研究員)

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投稿者:スタッフ