CSCDスペシャルコラム

アフリカと私〜研究遍歴紹介の補足として 

三成 賢次

アフリカと私〜研究遍歴紹介の補足として 

コラム第2弾は、三成センター長です。JICAの委託事業「地方政府改革プログラム」、アフリカの地方行政スタッフを対象とした研修からみえてきた課題とは? 

三成 賢次(みつなり けんじ)

2011年4月より、CSCDセンター長。本業はドイツ法史、とくに地方自治などに関わる研究。科研等のプロジェクトでは、ジェンダー論や法曹養成をめぐる科学技術リテラシーや職域のあり方など、CSCDの活動とも関わる学際融合的な共同研究を進めてきた。法曹などの専門職養成におけるコミュニケーション教育に関し、CSCDの役割の重要性を昨今改めて認識している。
スタッフ紹介


先日、CSCDのスタッフ研究会で報告をする機会があった。新米のセンター長として、自己紹介も兼ねて私の研究活動の遍歴についてお話をさせてもらった。その際、これまで行ってきたいくつかの共同研究の中で、以前から法学研究科がJICAの委託事業として実施している「地方政府改革プログラム」についても簡単に触れた。私の専門分野からすると一見縁遠い印象のある当該プログラムに、私がどのように関わり、個人的な関心を持つようになったかについて話をした。CSCDのスタッフには、あまりに専門的な(オタクっぽい)私の専門分野、西洋法史やドイツ法に関する「講話」とは違って、CSCDの多分野・異分野の融合化を専門とするスタッフにも多少は興味をもってもらったようである(そう思っているのが私だけだったということであれば、ご容赦を)。ということで、この場を借りてその話をもう少し続けたいと思う。

africa_mitsunari.jpg「地方政府改革プログラム」は、そもそも10年ほど前からJICAの国別研修「タンザニア地方政府改革プログラム」として、タンザニアの地方行政の機能強化、とくに地方分権化を進めるために、タンザニアの州知事レベルの地方行政スタッフ(13~16名)を招き、日本の地方自治の経験を学ぶなかで先進国の地方行政の実務を研修してもらおうという事業であった。それが、さらに4年前からタンザニア一国だけではもったいないということで、英語圏アフリカに対象国を広げ、地域別研修「英語圏アフリカ地域地方行政改革プログラム」コースへと発展させて、ウガンダ、ケニア、ザンビア、タンザニアの4ヶ国から地方行政に関わっている国や地方のスタッフを招いて研修を行うようになった。

この事業は法学研究科が部局としてJICAと提携し、進めてきたものなので、正直なところ、私自身、法学研究科長にならなければ、専門分野からしても関わることはなかっただろうし、そもそもそれまで法学研究科がこうしたことをしていることさえあまり知らなかった。国際交流と社会貢献事業の一環として、ある事情から組織的にサポートする必要が生じたことから、このプログラムに関わらざるをえなくなった次第である。

さて、そこでの研修が実は問題。当初は何をどのように伝えればいいのかがよくわからないままに、日本の地方自治の仕組みや自治行政の先端的な事業、例えば最新のゴミ処理工場や上水道施設などを紹介してきたようだ。何年かこの事業を続けていくうちに、相手の事情もよく知らないで、日本の地方自治行政の先端的なところや地方分権化の成果と問題点などをただ一方的に伝えていたのではないか、ということに気づいてきた。地方分権化といっても、それが先進国では国政における民主化の必須アイテムのように理解されているが、国情によっては分権化を進めることが民主化には繋がらず、逆に部族支配的な構造を温存することになり、地方行政にとどまらず国政の近代化を送らせてしまうこともありうる。日本の明治以降の近代化過程を見た場合、地方行政の整備を介してむしろ中央集権化が行われ、統一的な近代国家を構築してきたともいえる。

アフリカの人々にとっては、アジアの国々とは違い日本や日本人に対して悪いイメージが無い。むしろ、アジア・アフリカのなかで唯一植民地化を免れ、欧米にごして近代化に成功し、さらに敗戦後も奇跡の繁栄を果たした国として、理想化されているところさえある。しかし、明治以降、学校教育と保健衛生等の地方行政を軸としつつ、言葉や文化に至るまでこれほど徹底して標準化された国も珍しい。実は、近代の西欧にも見いだせないような均一化された国民国家ができあがった。その後、あまりにも中央集権化が進み、それが民主主義の発展を妨げてきたという反省から、戦後、種々の民主化政策が行われ、英米型の地方自治の考え方、つまり住民自治を取り入れた。さらに、90年代になると地方分権化が、地方自治の内在的な発展に基づいてというよりは、むしろ規制緩和論や世界的なNPM(new public management)の動きと軌を一にしつつ一挙に進むことになったことは私たちの記憶にも新しいところである。

africa_children.jpg アフリカの地方制度の近代化をサポートするためには、現代の日本の表面的なことを語るだけでなく、わが国やそのモデルとなった西欧の国々がどのような歴史的問題を克服し、またどのような伝統のもとで地方制度の近代化を進めてきたのかということを、その功だけでなく罪も含めて伝えることが重要である。そのうえで、どの制度をとるか、どのような行程で近代化を進めるかはそれぞれの国の判断で決めれば良い。正しい答えがあるわけではない。西欧をはじめ先進国においても、地方制度のあり方は極めて多様なのである。

 この研修を通じて、これまで西欧や近代日本のことしか見てこなかった私としては、改めて考えさせられるところが多かった。西欧や日本における地方自治の発展を、アフリカなどの発展途上国の視点から見直してみる、という新たな視点を得ることができた。私たちは、どうしても目の前にあるからモノやヒトから過去を見る。つまり、現在から過去を類推してしまう。西欧の近代的な諸制度や人々の行動規範が過去にすでにあった、あるいは少なくともその原型が作られていた、さらにもっと言えば、そうした制度や行動を支え、創り出す伝統や慣習さらには意識構造といった見えない社会基盤が歴史的にビルトインされている、とまで考えてしまう。ここまでくると、ある種、運命論的な話になってしまう。これが悪い方向に行くと、人種的な決定論になる危険性さえある。

 一国において地方制度や地方行政という枠組みを作り上げる場合に、どのような環境や条件が必要とされるのか。西欧において地方自治が発展し地方分権化が行われてきたことは、何か歴史的必然のように思われているが、所与の歴史的な条件のなかで試行錯誤を重ねてきた結果にすぎないとも言える。そのように考えれば、西欧社会は、近代化していく過程において、現在の発展途上国においても障害となっているような、人材養成や制度構築をめぐる問題にぶつかり、あるいはそれらを歴史的に克服し、あるいはそうした問題を伝統的な仕組みとして内在化させてきた。歴史的な位相や背景が異なるので、アフリカと西欧(あるいは近代日本)、両者を単純に比較することはできない。しかし、歴史的実相をイメージするうえでは、貴重な参考資料にはなる。

 ところで、タンザニアの研修が一段落した後、研修を4カ国に対象を広げるにあたって、私たちは、タンザニアにおいて研修の成果がどのように生かされているか、ケニアやその他の国ではどのような関心を持っているのかを確認するため、2007年の9月にJICAの協力を得て現地に赴き調査を行った。タンザニアでは、研修生の同窓会のような組織ができていて、行く先々で懐かしい顔に出会い、歓待してもらった。彼らは、知事や市長として、タンザニアの地方行政の現場を担っていた。道路や公共施設などインフラ整備がまだまだ必要な状況ではあるが、これから彼らが地方行政を構築していく過程から、大阪での研修の意義を検証できるとともに、また私たちが新たに学ぶべきことが生まれてくるように私は感じた。また機会があればアフリカを訪れたいものである。

(みつなり けんじ/CSCDセンター長)
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