CSCDスペシャルコラム

"まち"を観光するということ~手探りのコミュニティ・ツーリズム~

茶谷 幸治(CSCD招へい教授)

今年度CSCDで「都市ツーリズム論」という集中講義を担当した、大阪あそ歩チーフプロデューサー茶谷幸治氏によるコラム。新しい観光のあり方として注目を集める「コミュニティ・ツーリズム」が、従来の観光と異なる点とは?

茶谷 幸治(ちゃたに こうじ)

CSCD招へい教授。大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会チーフプロデューサー。イベントとツーリズムとマーケティングのプロデューサー。「アーバンリゾートフェア神戸'93」(1993)「世界リゾート博」(1994)「南紀熊野体験博」(1999)「しまなみ海道'99」(1999)の総合プロデューサー。一貫して地域主導、住民主体の地域活性化イベントを主唱、その集大成が「長崎さるく博」(2006)。現在、大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会のチーフプロデューサーとして「大阪あそ歩」を進めている。『まち歩きが観光を変える』(学芸出版社)『イベント化社会』(関学出版会)ほか。


反マス・ツーリズム

 観光の世界で、最近になって「コミュニティ・ツーリズム」がよく語られるようになった。正確な定義を試みたものは知らないが、地域での着地型観光や市民主体の観光といった概念で語られることが多く、従来から観光の主流をなしてきたマス規格観光を対極のイメージに置いている。
 観光が近代産業として意識されたのは、外貨獲得の重要な手段として外国人観光客誘客促進を目的に「ジャパン・トラベル・ビューロー」が設立された1912年(明治45年)の頃だから、いまからちょうど100年前にあたる。この100年間、日本の観光は大量交通機関の発達にけん引されて産業としての規模を拡大させてきた。とくに1960年代以降の、新幹線、高速道路、ジャンボジェット機によるマス観光の爆発は日本人の観光を一変させてしまった。以来、観光集客による収益をビジネスモデルとする観光業が成長し、全国に観光地という商品が観光業者によって意図的に製造され、大型ホテルチェーンが有力観光地を串刺しにし、多くの地域物産品がナショナルブランドになっていった。絵に描いたような観光における高度成長で、いわゆるマス・ツーリズムの完成である。
 一方で商品価値が低いとして観光業者の扱いから外れた地方は、マス観光の利益を享受することができず、逼塞していった。地方に人々に愛された名物料理店や地元物産店はこの間に何万店と廃業に追い込まれ、かわって全国展開のチェーン店が出店を拡大させていく。この事実は地方の県庁所在都市のJR駅前を歩くとすぐにわかる。東京の本部で規格化されたロゴとデザインを掲げる飲食店が軒を並べ、有名コンビニが好立地を占拠し、携帯電話ショップが客を集めている。ここでは地元店の肩身の狭いようすがすぐにわかる。
 この流れに逆らおうとするのがコミュニティ・ツーリズムと考えてもらってよい。地域主体とか市民主導とか、断片的な定義はよく聞かれるが、要するに消えつつある地域の個性を死守しようというかなりの反抗的な観光のあり方である。

都市観光の再生

 反マス・ツーリズムは、都市観光の側面で大きく注目されるようになった。観光業者にとって、都市観光はまともな商品にならなかった。観光客のための都市という考え方も日本の都市には乏しかった。それでも、東京一極集中への危機感から集客都市という目標が掲げられ、ならばマス観光に乗り遅れまいと、たとえば大阪では海遊館がうまれ、USJが誘致された。こうして、確かに集客には成功したが、本来の都市の個性に磨きをかけるという都市観光のあり方は、すっかり置き去りにされてしまった。
 この流れのなかで、いままで数百年にわたって都市を支えてきた草の根の生活文化、庶民の祭りやローカルな食材、地方ならではの芸事、遊事がすっかり衰えてしまい、いまやまちは、規格化された流通と消費が没個性的に一様に繰り返される機能の集積になってしまっている。
 コミュニティ・ツーリズムは、本来そこにあるべき地域を、それを「まち」と呼んでいるが、もう一度丁寧に見つめなおそうという試みである。これらは、いままさに生活の表面からから消え去ろうとしているものも多く、いままだかろうじて生きている都市の記憶の伝承ともいえる。
 こんなことを対象にして観光が成り立つのかという疑問に見事な解答を示したのが、2006年の「長崎さるく博」で、単純にまちを歩くという博覧会が成功したことで全国に「まち歩き観光」のブームが起こった。この博覧会では、パビリオンもタレントもなく、素肌の長崎のまちがあり、市民が存在するだけで、のべ650万人もの観光客がまちを歩いた。この時に採用した「まち歩き」は、コミュニティ・ツーリズムのひとつの手法に過ぎないが、実に多様な価値を包含する手法であると、いまは実感している。

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「大阪あそ歩」〜大阪は'まち'がほんまにおもしろい〜

 「大阪あそ歩」は「長崎さるく博」を、人口規模で6倍の大阪で再試行したものである。「大阪は'まち'がほんまにおもしろい」をキャッチフレーズにして、今年には市内に150のコースが完成した。それぞれのコースに生まれ、育ち、なんらかの機縁を持つガイドさんと一緒に歩くという単純な仕掛けで、すでに参加者は1万人を超えた。1回の「まち歩き」は定員がたった15人だから、1000回近い回数をこなしたことになる。ガイドさんは総数約200名。ほとんどの参加者は「大阪がこんなに面白いまちだと思わなかった」と大阪を再評価している。「マップ集」を大阪市内の書店で販売したら、すでに2万冊近く売れている。

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 大阪は町人の発想でつくられたまちだから、日本の他の都市とは全く違う自由奔放な価値観を持っている。異種多様なものをこだわりなく受け容れる受容力を持っている。そのことの「すごさ」を他都市の人々に理解してほしいし、まず自分たちが理解したい。その結果として大阪への観光客が増加すればよいが、すでに統計上では1億人の観光入れ込み客数を持つ大阪市だから、問題は量より質にあるはずで、「お笑い・たこやき・タイガース」から少しは脱皮したいというのが「大阪あそ歩」の思いである。

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都市ツーリズム論と観光適塾〜まち歩きを考える〜
 

 「大阪あそ歩」の3年目に、森栗教授の誘いを受けCSCDで「都市ツーリズム論」という授業を担当する機会を得、そのまとめをかねて大阪大学中之島センターで公開セミナー「観光適塾」を開いた。

第0回観光適塾「コミュニティ・ツーリズムの可能性を探る」

大阪あそ歩3周年を記念して、2011年9月28日〜29日の二日間にわたって、大阪あそ歩と大阪大学CSCDが開催した公開セミナー。森栗茂一(CSCD教授)と大阪あそ歩の茶谷幸治チーフプロデューサーによる講演のほか、関西あそ歩の制作過程に参与したCSCD科目「都市ツーリズム論」受講生4名による発表、2日目には大阪大学中之島センターを出発して船場界隈を廻る特別まち歩き「見よ、この大阪の融合文化を」が行われた。

120名という教室にあふれる受講者をまえに学生諸君の発表があって、それが非常によくできていたので、聴講した自治体の観光関係者(遠くは沖縄、広島などから)や「大阪あそ歩」ガイドさんを感動させたようだ。

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 まちを歩いて大阪を再発見するという程度のことなら、だれしも簡単に理解できるが、「まち歩き」はまちの文化の再検討であるということや、今後の「まちづくり」の重要な視線なのだというようなことは、このような教室であらためて「考え」なければ、気が付かないだろう。公開セミナーは、社会人にとっては貴重な学習の場であったはずであるし、学生にとっては、授業を通して得ている知識や体験が、現実社会のなかでどのように理解され扱われているかを知るまたとない機会であったはずである。

(ちゃたに こうじ/CSCD招聘教授)
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投稿者:スタッフ