CSCDスペシャルコラム

気になるダンサーと臨床コミュニケーションを探る

西川 勝(CSCD特任教授)

気になるダンサーと臨床コミュニケーションを探る

「気になるダンサー」が子どもや高齢者、アンドロイドと即興で繰り広げるダンス。元看護士の哲学者は、そこにどんな臨床コミュニケーションの形を見いだしたのでしょうか?

西川 勝(にしかわ まさる)

CSCD特任教授。専門は、看護・臨床哲学。
精神科病棟での見習い看護師を皮切りに、人工血液透析、老人介護施設と職場を移しつつ、二十数年にわたって臨床の現場での経験を積む。その一方で、関西大学の二部、大阪大学大学院文学研究科にて哲学を学び、看護の実際に即してケアのあり方をめぐる哲学的考察をおこなう。現在は「認知症ケア」に関わるコミュニケーションの研究・実践を進行中。


1.気になるダンサー

 「砂連尾理」という人名を初めて見てすぐに正しく読める人は少ない。「じゃれお・おさむ」と読む。気になるダンサーというのは彼のことなのだ。

jareoosamu&telenoid&nisikawamasaru.JPG

上の写真は2012年2月7日に砂連尾さんとぼくが奈良にあるATR(ATR:Advanced Telecommunications Research Institute International /株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)を訪れて、テレノイドR2(遠隔操作小型アンドロイド)と一緒に記念撮影したものだ(左から、砂連尾理、テレノイドR2、西川勝)。
 2月28日に石川県能美市の宮竹小学校の4年生とテレノイドを使った授業を砂連尾さんと一緒にする。生徒たちがテレノイドと一緒に特別養護老人ホームを訪問して認知症の方たちと交流する授業である。テレノイドの存在感や身体性を十分に発揮するために、ダンサーである砂連尾さんのパフォーマンスを取り入れる計画になっている。人と人を結ぶロボット、音声や映像の通信媒介になるだけではなく、抱きよせて互いの顔を見つめることのできるロボットは、人と機械の新しい関係を生み出すことが期待できる。
 砂連尾さんがダンス公演で、植物や蝶などの自然物や町中で収集したゴミ袋とも踊るのをぼくは観てきた。この日も彼はテレノイドの動きや手触りを丁寧に探りながら目を輝かせていた。砂連尾さんがテレノイドとどのようなパフォーマンスを繰り広げることになるのか、今から気になって仕方ない。


2. 砂連尾さんとの出会い「とつとつダンス」

 2010年3月7日、砂連尾理ダンスワークショップ発表公演「とつとつダンス」で、ぼくは砂連尾さんと出会った。もうすぐ、2年がたつ。「とつとつダンス」は、舞鶴の赤レンガ倉庫を拠点として地域の魅力を開発する「まいづるRB」というアートプロジェクトが企画したものである。西舞鶴にある特別養護老人ホーム「グレイスヴィルまいづる」にダンサー・振付家である砂連尾さんを招き、入所している高齢者たちや地域の子どもたちと4ヶ月にわたって実施したダンスワークショップの成果を発表したのだ。アート・ディレクターの森真理子さんから公演後の座談会に登壇してほしいと頼まれて、ぼくは舞鶴へ出かけた。ぼくは認知症ケアの研究者として、「とつとつダンス」の意味を語るように依頼されていた。なにしろ、認知症の人がプロのダンサーと一緒に舞台に上がるのだから、どんなことになるのか、ぼくには予想できなかった。公演の途中、ぼくは自分の目を疑ってしまった。砂連尾さんと認知症のみゆきさんが紡ぎ出していく即興のダンスに、それまでの自分が考えていた認知症ケアの常識が次々と打ち破られていくのだ。不安から驚きを超えて、ダンスの美しさに心が洗われていく段になって公演は終了した。座談会では、認知症高齢者とのコミュニケーションにおいて大きな可能性を示唆する実践として、砂連尾さんのダンスワークショップの意味を強調した。
 認知症の人の抱える困難のひとつに、コミュニケーションの障害がある。発症から徐々に言葉による合理的なやりとりがうまくいかなくなって、周囲の人との関係が崩れてしまう。本人だけでなく関わる人にも認知症の苦しみは波及する。認知症の人とのコミュニケーション障害は、原因・責任の多くが認知症の機能低下に押しつけられている。忘れられがちなのは、認知症によって合理的な言語的な能力は低下していても、そのひとの感性的な世界は表現を求めて、その表情や身体の振る舞いに現れているのを、周囲の人が見落としているという事実なのだ。人間は生きている限り、生きている身体である。そして身体と身体は、言葉を介さずとも交流していく。人間関係の根源的な層には身体コミュニケーションが息づいている。
 認知症高齢者とのコミュニケーションを大きく発展させる可能性のあるダンスワークショップについて、ことば以前、あるいはことばを生み出す素地としての「身体」に視点を定めて、認知症高齢者の能動性と豊かな表現力を開花させる新しいアプローチの方法や意味を、砂連尾さんと一緒に探っていきたいと強く願いはじめた舞鶴の夜だった。

*「とつとつダンス」については、舞鶴在住の人類学者、豊平豪さんの報告が詳しい。西川が書いたものとしては、以下のものがある。 -「伝わらないこと」のおもしろさ(『ミルフイユ03』(せんだいメディアテーク編集、赤々舎、2011年) -「認知症の人と家族の会」会報誌ぽ〜れぽ〜れ2001年7月号にリレーエッセーとして「とつとつダンス」を紹介


3.舞鶴での活動

 「とつとつダンス」の公演後も、砂連尾さんのダンスワークショップが続いていることを知ったぼくは、「グレィスヴィル舞鶴」の施設長である淡路由紀子さんにお願いして、それに加わることにした。月に一回、定期的に開かれているワークショップは、施設職員の研究会という位置づけとともに、地域の住民にも開かれた活動になっていた。入所している高齢者も参加している。簡単なストレッチ体操からはじまり、いろんな工夫で身体コミュニケーションのあり方を探るワークショップは、障がいの有無や立場の違い、年齢や身体能力の差を軽々と超えて参加者みんなが楽しみながらも、不思議な経験をしてしまう内容であった。ただ、その経験をうまく言葉で伝えられないもどかしさを淡路さんは感じていた。施設介護は24時間休みなく行われる。せっかくのワークショップも参加できない人にとっては、何をしているか、何のためにしているかがわからない。研修の意味や成果を伝えるためには、それに見合った言葉が必要になってくる。
 この悩みに対して、ぼくは「ケアの記録からケアの記述へ」という勉強会をダンスワークショップと並行して行うことを提案した。実際の介護現場で要求されるのは、介護実践の客観的な記録であり、介護者が感じた言葉になりきらない気持ちや戸惑いは消去されてしまう。ある時、ある場面で、自分にだけ向けられた利用者の言葉や表情に自分がどのように揺さぶられて感動したのか。それを共に働く仲間や、利用者の家族に伝えたいのに、うまく言葉が見つからない。書き上がった介護記録は間違ってはいないけれども、大切なことが零れてしまっている。同じ不満が、ダンスワークショップの参加者にも当てはまると考えたからだ。「自分にだけ書けることを誰にでもわかるように書く」「ありのままを伝えたい」ということを目標にして、「ケアの記述」を身につけていくための勉強会をすればよいのではないか。簡単にいくことではないが、不思議なダンスワークショップと同じ日に、それと関連したケアの記述の勉強会をする。この提案は受けいれられた。ここでは、その詳細を伝える余裕はないが、勉強会のタイトルだけを紹介してみる。「レトリックについて」「からだ言葉」「オノマトペ」「遊びについて」「書くこと(1)〜(4)」など。この勉強会にも施設職員だけでなく、一般の人たちが参加している。

totsutotsudance.jpg totsutotsubenkyokai.jpg

 「とつとつダンスワークショップ」に「とつとつ勉強会」が併走し、舞鶴在住の人類学者、豊平豪さんが講師を務める「文化人類学カフェ」が加わる。2012年の4月から、この三者の共同企画が「老人ホームで学ぶ シリーズとつとつ」としてスタートした。この企画の広報には「まいづるRB」が協力して一般に呼びかけているので、次第に参加者の層が分厚くなっている。ケアとアートが出会い、そこに哲学や文化人類学といった知の活動が巻き込まれたのが特別養護老人ホームという場所だった。施設でくらす高齢者や、施設職員、地域の人たちや、遠来の客人まで、さまざまな人が、ともに身体を動かしながら交流して、自らの新たな感性に気づく。また、言葉を交わし合って、おたがいの考えを深めていく。コミュニケーションデザインの具体例ともいえる舞鶴での活動については、共同執筆で実践報告を作成中である。


4.臨床コミュニケーションを探る

 
 CSCDの臨床コミュニケーションに関する定義は、池田光穂さんの次の文章でまとめられる。

人間が社会的生活をおこなうかぎり続いてゆく、具体的な結果を引き出すためにおこなう対人コミュニケーションのことを、私たちは「臨床コミュニケーション」(human care in practice)と呼ぼう。(「臨床コミュニケーション」についての解説

 つまり、臨床コミュニケーションは具体的な社会関係のなかにしか存在しない。ぼくが砂連尾さんというダンサーを気になる存在として近づき、彼とともに活動をはじめることで、新しい社会関係のネットワークに繋がっていく。その現場のただ中で、臨床コミュニケーションの姿を追い求め、探り当ててゆこうと考えている。舞鶴の赤煉瓦倉庫から始まった砂連尾さんとの出会いは、この2年間でさまざまな領域の人たちとの関係を生みだした。ざっと思い出すだけでも、高齢者介護の現場、コミュニティ・アートの現場、アートとケアを考えるNPOの活動、CSCD現場力研究会、認知症介護研究会、ロボット研究者、小学校の教育現場など。活動地域も京都府、大阪府、奈良県、石川県、新潟県と、どんどん広がっていく。関わる人たちは小学生から施設のお年寄り、その職種は数え切れない。言論を通じてだけの活動では、ここまでの広がりはあり得なかった。直接に対面して身体を通じたコミュニケーションの可能性を探ることで多様な人たちの参加が可能になったのだ。これからも動きながら考えるという作業が続いていく。そして自分たちが何を経験し、どう変化していくのかを言語化する努力も必要になってくるだろう。手探りで進むとつとつとした歩みであっても、それは確実な手応えを得られる道であるはずだ。
 このような活動のなかで得られた知見については、今後のCSCD科目の授業に反映させていく予定である。2012年度4月より新たに開講される「認知症コミュニケーションA・B」では、特に意識しているので、ご期待ください。

(にしかわ まさる/CSCD特任教授)