大阪大学 COデザインセンター

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スペシャル受講生インタビュー授業レポート
受講生インタビュー

高度副プログラム「社会の臨床」

多様で包摂的な社会のための「臨床知」をはぐくむ
2020年4月 7日(火) 投稿

COデザインセンターにおいて、高度副プログラムとして展開されている「社会の臨床」。
プログラム紹介には、以下のようなメッセージが掲載されています。

異なる文化背景、病気、障害、ジェンダーや性、経済状態、その他さまざまな理由により、生きづらさを抱えるひとたちの経験は、社会の主流・標準となるものによって周辺化、不可視化される一方で、そのようなマイナーな生き方は、社会の抱える根本の問題について、大切な気づきや生きるために知恵を与えてくれます。本プログラムは、こうしたマイナーな生の引き受ける<弱さ>ゆえの知恵に着目し、それを受講生と共に見極め、多様で包摂的な社会のための臨床知の育成を目指します。

(関連するテーマ:当事者研究、障害学、フェミニズム、ジェンダー・スタディーズ、セクシュアリティ、識字教育、臨床哲学、多文化共生ほか)

今回は、プログラムを担当されている 高橋 綾 先生にも同席いただき、受講生のお二人に、このプログラムをとおして感じたこと、考えたことをお話していただきました。


中元 航平さん(大阪大学人間科学研究科 M1)

趙 瑩瑩さん(大阪大学人間科学研究科 M1)


- 最初に、それぞれのご専門について教えてください。

200401syakairinsyo05.jpeg(撮影:2019年12月)

中元さん:
僕は、障がいのある子どもたちの支援について研究しています。僕は学部生のとき、ある学生団体で幼い子どもたちと関わる活動をしていました。そこで障がいのある子どもたちの放課後の支援にさまざまな課題があることを知り、この研究テーマを選びました。

- 趙さんのご専門について教えてください。

200401syakairinsyo04.jpeg(撮影:2019年12月)

趙さん:
現在はトランスジェンダーのパートナーシップに関心を持ち、研究テーマとしています。中国では、性的マイノリティーついての情報や研究が非常に少ない、という問題意識を持っています。

- 中元さんが「社会の臨床」高度副プログラムに興味をもったきっかけは何だったのですか。

中元さん:
大学院に入学したときに、「高度副プログラム」の存在を知りました。せっかく大学院に進学したのだし、何か取ってみよう、と思いました。新入生ガイダンスで配布された沢山のプログラムのパンフレットやちらしをパラパラと見て、おもしろそうだなと思ったものをピックアップしていきました。そこで目がとまったのが、このプログラムの「社会の臨床」という名称です。社会の臨床、という言葉そのものに強く惹かれて、どんなプログラムなのだろう、と興味を持ちました。

- 趙さんはいかがですか。

趙さん:
「社会の臨床」のプログラムのチラシの中に、「当事者支援に向けた対話を学ぶ」と書いてあったことに興味を持ちました。プログラムの内容を詳しく見てみると、「訪問術E(マイノリティ・ワークショップ)」のシラバスには、「社会でさまざまなマイノリティの課題に取り組む方をゲストスピーカーと招く」と書かれていました。当事者の方や、当事者と関わっている方のお話を直接聞くことができる、というチャンスはなかなか得られるものではないので、とても魅力を感じ、この授業をとりたい、と思いました。

- 実際に受講してみて、どのような感想を持ちましたか。

中元さん:
授業の中では、何度も「あなたはどう思いますか」「どう感じていますか」と、問われます。それについて僕が何かを話すと、「それはどういう意味ですか」とさらに問われます。そういうとき、自分の中にある「ぼんやりとしたもの」をなかなか言語化できなくて、結構苦労しました。毎回とても困っていたのをおぼえています。「今回もあんまりうまくしゃべれなかったな」と思いながら参加していました。

高橋先生:
でも、最近の中元さんの授業中の表情は、とても明るいと思いますよ。

200401syakairinsyo02.jpeg(撮影:2019年12月)

中元さん:
そうですか?普段、だれかと話しているときと比べると、「社会の臨床」の授業は全然違うな、と感じています。

- どういうところが違いますか?

中元さん:
そうですね・・・。普段は、ひとの意見に流されるところもあるというか・・・。本当に自分が言いたいところまで自分の考えを深掘りできないまま話が終わってしまう、という場合が多いかもしれません。自分が何かを発言しても、相手に「そうなんだね」と受け止められて、次の話題にうつる、という感じですね。もちろん、それはそれで良いと思うのですが、このプログラムの授業では、自分の考えが本当はどういうものなのか、繰り返し問い掛けられます。そういう経験は、他ではなかなかできないと思います。

授業のなかでたてられる問いは、とてもシンプルなんですよ。シンプルな問いに対して、みんなで深く深く意見を出し合っていったら、「ああ、今まではっきりと意識したことはなかったけど、たしかにそういう見方ってあるな」という感覚になるときがあります。

それからもうひとつ、このプログラムでの経験で貴重だと思うのは、自分とは違う専門分野のひとや、社会人を経験された方のお話を聞く機会があることです。このプログラムには他の研究科のひとや、学部生のひともたくさん所属しています。僕は、大学院生は自分の専門ひとつに集中するものだ、というイメージがあったのですが、ひとつの授業のなかでいろいろな立場のひとの意見を聞くことができるのは、期待以上でした。

- 趙さんはいかがですか。

趙さん:
私も、期待していた以上に面白かった、と感じています。

「社会の臨床」プログラムの授業は、ひとりひとりの考え方や気持ちを大切にしてくれます。他の授業やゼミで何かのテーマや論文についてディスカッションすると、最初のうちはみんな意見がばらばらなのですが、だんだんとみんなの考え方や感じ方がひとつに集約されていってしまうように感じていました。私自身も、もし私だけがみんなの考えていることと違っていたら、「どうして私はこういうふうに思ってしまうのだろう」「やっぱり私は勉強不足だな」と思ってしまうところがありました。

でも、このプログラムの授業では、自分の考え方や意見を言っても、そのまま受け入れてもらえます。その上で、こういう考え方もある、こういうふうに感じているひともいる、ということも、お互いに共有できるのです。この授業のなかでは、自分自身の存在感のようなものを強く感じながら過ごしています。この授業では「自分の意見が他のひとと違っても大丈夫」と感じますし、他のひとの意見を聞いても「そうか、なるほど」と思うことができます。
200401syakairinsyo03.jpeg(撮影:2019年12月)

- 授業の中で特に印象的だったことは何ですか?

趙さん:
「哲学散歩」です。

高橋先生:
「哲学散歩」は、授業のなかで行った様々な対話のワークショップ活動のうちのひとつです。参加者それぞれが哲学的ななぞなぞ(問い)をひとつもらって、そのこたえを探しに散歩に出る、というものです。

趙さん:
「哲学散歩」で最初に自分のもらったなぞなぞを見た時、かなり抽象的なことを聞かれていると感じたなので、最初のうちは、本当に自分が納得するこたえが散歩することで見つかるのかな、と思っていました。でも、散歩するうちに、ああこれだ!というものが見つかったのです。自分の身のまわりのもの、身近なところから、抽象的な問いについて考える、という体験そのものがすごく面白い、と思いました。「哲学散歩」は、実際に自分でやってみないと、絶対に私が感じたような感覚にはたどり着けないと思います。ぜひ、多くのひとに体験してほしいと思います。

高橋先生:
まあ、でも・・・「哲学散歩」は、ちょっと、授業のなかではオマケ的な要素だったのです(笑)。他に印象に残っていることはありますか?

趙さん:
釜ヶ崎で働いている方のお話を聞いたことです。授業のなかで、釜ヶ崎での日常を紹介するビデオを見せてくださいました。そこには、すごく楽しそうに元気満々に生きる子どもたちの姿が映っていました。私はそれを見て、「現実というものはこういうものなんだ」と思いました。私は、以前は本や論文の世界にとどまっているような感じがあったのですが、これらの授業をとおして実際にその場で働いている方の考えに触れ、自分のなかに大きな変化があったと思います。実際にそこに生き、生活しているひとたちの立場から、この社会、この世界がどういうふうに見えているか、ということを、少し感じられるようになったと思います。

- ありがとうございました。

200401syakairinsyo01.jpeg(撮影:2019年12月)


※ 所属、担当はインタビュー(2019年12月)時点のもの。

(書き手:森川優子 COデザインセンター特任研究員)