はじめに よんでください

日本文化人類学史

A History of Japanese Cultural Anthropology, from 1832 to present

池田光穂

鹿 児島県参事大山綱良(1825-1877)らの台湾征伐論が台頭、自ら「征 伐」を宣言(→琉球処分に派生する植民地領有覇権思想のはじまり)

(明治5)地所規制・北海道土地売貸規 則。北海道の土地の私有制度の導入。ただし、アイヌが申請に必要な戸籍の制度が整備される1876(明治9)年までは法的にアイヌが土地所有するチャンス は阻まれていた。またアイヌに識字者がほとんどおらず、実質的にアイヌは土地所有のチャンスから 完全に排除されていた。

Darwin,C.R.,1872, "On the expression of the emotion in man and animals",濱中濱太郎訳)「人及び動物の表情について」、岩波文庫、1931


京浜東北線・大森駅(東京都大田区)構内にある「日本考古学発 祥地」のモニュメント:2012年7月 14日撮影

From left of front row, Kyōsuke Kindaichi(1882-1971), Nikolai Aleksandrovich Nevsky(1892-1937), Kunio Yanagita(1875-1962), at his house of of Shinobu Orikuchi(1887-1953), in left end at standing. Picture was taken in March, 1921(TAISHO jyu-nen) .source: http://1000ya.isis.ne.jp/1510.html

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1922  

小 山内通敏、今和次郎が朝鮮総督府の嘱託で「朝鮮部落調査」をおこなう。マリノフスキー西太平洋の遠洋航海者たち』;中村古峽『迷信と邪教』迷信と邪教、1922年

1923 

関東大震災。満岡伸一「あいぬノ足跡」。道内の市町村に旧土人救療所を 開設。土人保導員を設置。(→「保健普及員」)。善生永助が、朝鮮総督府嘱託に。

関東大震災。京都に居を移した柳は、濱田 庄司、河井寛次郎(1890-1966)らとともに、いわゆる「民芸運動」。

1923-1941 

1924 

西村眞次文 化人類学』早稻田大學出版部

京城帝国大学予科設置、1926年には法文学部・医学部が設置される。

オーストラロピテクス(Australopithecus afarensis)発見の嚆 矢〜1970年代

清野謙次研究室で日本人骨の統計的発表がはじまる。鳥 居龍蔵、東京帝国大学助教授を辞職。

7月?岡茂雄(Shigeo OKA, 1894-1989)は岡書院(1924-1935)を設立。

7月鳥居龍蔵『人 類學及人種學上より見たる北東亞細亞 : 西伯利、北満、樺太』岡書院。

9月鳥居龍蔵『日 本周圍民族の原始宗教 : 神話・宗教の人種學的研究』岡書院。『武藏野及其周圍』磯部甲陽堂

12月鳥居龍蔵『諏訪史』 上諏訪町 (長野県) : 信濃教育会諏訪部会

村山智順『朝鮮の独立思想及運動』調査資料第十輯

1925 

1925-1929 

柳田国男・岡正雄ら『民族』刊行。岡は創刊号の巻頭論文「民族學の目 的」(1924年の記載あり)で、民族学をWHR.リヴァーズの用語としてい る(→当時の状況「人種概念としての「ミンゾク」」)。

1926 大正15→昭和元 

1927 

1928 昭和3 

1929 

1929(昭和4)

1929-1933 雑誌『民族』の廃刊。民俗學会編の雑誌『民俗學』刊行(柳田の脱退を受 けて。岡は1929〜1935年オーストリアに留学)

1930-1933 台湾、高砂族全島調査(移川子之蔵、宮本延人[1901-1988]、 馬淵東一[1909-1988]の参加)

1930 昭和5

1931

1932 

1933 

1934 昭和9 

1935 昭和10 

2.26事件

『民族學研究』(1巻1号)発刊。民間伝承の会『民間伝承』創刊。エイプ会発足。

1936 昭和11 

4月1〜2日東京人類学会・日本民族学会の第1回連合大会が 開催(大会会長:小金井良精。特別講演;F.Weidenreich(北京医学院) "Sinanthropus pekinensis as a Distinct Primitive Hominid";駒井卓(京都帝国大学)「遺伝学上より見たる日本民族の特徴」;移川子之蔵(台北帝国大学)「未開社會に於ける時の觀念」)。/日本民族衛生学会が民族衛生協 会に改組される。

1937 

1月、鳥居龍蔵『遼の文化を探る』章華社。

3月29〜31日日本人類学会・日本民族学会の第2回連合大会が 開催(於:東京帝国大学理学部)大会会長:白鳥倉吉 (東洋文庫);シンポジウム「最近のアイヌ民族問題」

7月7日 盧溝橋事件(日華事変:〜1945年、中国と の軍事衝突の嚆矢)

日本民族学会が主催した千島樺太調査(岡正雄はそれに随行)。泉靖一オロチョン調査。

クラ イナー 1912:20
クライナー、ヨゼフ「日本民俗学・民族学:昭和10年代から40年代ま での展開」『近代〈日本意識〉の成立』Pp.2-24、東京:東京堂、2012年。

1948 朝鮮人類学会が、大韓人類学会と改称。

1949 昭和24

1950 

岡正雄の民族学協会の事業として、文部省助成事業として「アイヌ民族綜合調査」(1951-1952)が始まる。「学 界消息(アイヌ民族綜合調査の計 画)」『民族学研究』15(1):34,40,83, 1950.

10月14〜15日日本人類学会・日本民族学会の第5回連合大会が 開催(於:東京大学理学部)大会会長: 長谷部言人 (東北大学)

1951 昭和26 

1952 

東京都立大学人文学部に社会人類学科が設置される(翌1953年東京都立大学大学 院社会科学研究科社会人類学専攻が設置)

1953 昭和28

1954 昭和29

クラ イナー 1912:22
クライナー、ヨゼフ「日本民俗学・民族学:昭和10年代から40年代ま での展開」『近代〈日本意識〉の成立』Pp.2-24、東京:東京堂、2012年。

クラ イナー 1912:23
クライナー、ヨゼフ「日本民俗学・民族学:昭和10年代から40年代ま での展開」『近代〈日本意識〉の成立』Pp.2-24、東京:東京堂、2012年。