はじめによんでください

どれいとは、なにか?

どれいの漢字(かんじ)はつぎのように書(か)きます

どれい = 奴隷

奴隷とは、人間 が、他の人間の持ち物のようにされて、自由になれない人のことをいいます。

持ち物のようにさ れるのですから、売られたり、買われたりします。また自由になれないのですから、自分がなにかをしたりすることができず、他の人の命令を聞くまでは、なに もできません。

人間(=ひと) は、普通は、自分で自分のことを決めることができますので、奴隷はおなじ人でありながら、人として扱われなかった人になります。つまり、同じ人が、人とし て扱われないことですから、これは間違い(=正しくないこと)でした。

だから、今の世界 では、奴隷をもつことも、売り買いすることも、規則や法律で禁止されています。

つまり、奴隷は、 この世の中にはいないことになっています。あるいは、完全に禁止されています。その理由は、人間が物のように売ったり、買ったりすることはできない、とい う考え方を、みんなが正しいと認めたからです。

人間は「自分は自 分であり、他のひとにじゃまされない」という約束をもつようになりました。これを、人格の権利(じんかくのけんり)と言います。また、人間は、やりたいこ とを自由にやることができます。これを自由の権利(じゆうのけんり)と言います。これらは、人間であることに、もっとも大切な権利、つまり「生まれながら にもっている大切なもの」のひとつです。

権利はしばしば、 他の人にじゃまされるかもしれませんし、自分が他の人の権利をじゃましているかもしれません。そのため、人間が集まってつくる社会は、ひとりひとりの人間 の権利を守ってあげるように、しなくてはいけません。このような、ひとりひとりの人間と人間が取り決める、社会のなりたちについての約束を、社会契約論 (しゃかいけいやくろん)といいます。

こんなあたり前の ことを、人間が長いあいだ、思いつくことがありませんでした。そして、そんな社会についての発明(はつめい)をおこない、賢くなったと思われる、現在の人 間も、奴隷によく似たものを、世の中におおく、はびこらせています。

こどもは、おとな になるまで、おとなに助けてもらわないといけないのです。つまり、こどもは、おとなに助けてもらう権利があります。それと反対に、おとなは、こどもを助け る義務(ぎむ)があります。義務とは、どうしてもやらなくちゃならないことです。けれど、おとなのひとのなかには、「こどものため」という理由をつけて、 こどもの権利、つまり人権(じんけん)を守らなかったり、権利がどうなってもいいんだ、という人がいます。

そのようなおとな には、こどもたちが、ちからを合わせて「こどもの権利を守りましょう!」と勇気をもって言ってあげて、こどもの人権を守らないことは、正しくないというこ とを教えてあげなければなりません。


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