はじめによんでください

認知症痴呆 症、ぼけ

ninchi-shoo, chihoo-shoo, boke (Dementia in Japanese)

解説:池田光穂

痴呆の定義に関する、DSM-III-RからDSM-IVへの変更で興味深い点(現在はDSM-5, 2013)は、痴呆そのものの全体の定義をおこなうことを放棄し、修飾語・ 形容詞がつく痴呆の集合体を痴呆の疾病グループであると理解している点である。

これらの痴呆症ないしは後に詳しく説明する認知症(どちらも dementia すなわち「意識状態が脱落した」という意味である)には、最大でAからFまでの診断基準が記載されているが、上にあげた5つの痴呆症にはすべてAとBの診 断基準が含まれている。すなわち、この診断基準による痴呆症とは以下の2つの規準に入るものをいう。

A. 多彩な認知欠損の発現で、それ以下の両方により明らかにされる。

B. [上の]基準A(1)ならびにA(2)の認知欠損は、そのおのおのが、社会的または職業的機能の著しい障害を引き起こし、病前の機能水準 からの著しい低下を示す。

痴呆症(認知症)を説明する教科書には必ずといっていいほど登場するのは、痴呆症が、人間の成長途上において知能が正常に発達しない「精神遅 滞」との区別である。つまり、痴呆症は、正常な知能を維持して日常生活を送っていたものが、何らかの原因で「著しい低下」を起こした病的な状態をさす病名 である。

病名としての痴呆症は、2004年末より政府厚生労働省内部での議論をもとに、公的な用語としては、それまでの痴呆症を認知症と呼び変えること に決定し、2005年に改正された介護保険法では、その定義が行われている。 ただし、その改正では、それまでの「痴呆」を「認知症」に置き換えになっている。介護保険法では「認知症」を次のように定義している。

認知症とは、「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他 の認知機能が低下した状態」

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日本語の日常的用語としての「ぼけ・惚け・呆け」や「痴呆」は、病名というよりも、当事者の老化にともなう生理的変化が、周りの人たちによって 問題化された時のスティグマのラベルとして使われることが多い[→医療化]。

もちろん、当時の日本人の言語感覚から言って、より日常語にちかい「ぼけ」と、医学用語としてすでに確立していた「痴呆」ではスティグマの度合 いは異なり、種々のアンケートによっても、専門家は痴呆に対してそれほどスティグマ(烙印)の印象を持たないのに対して、一般の人たちはより強いスティグ マの意識をもっていたことがわかる。

そのため、病名として痴呆症(dementia)を使っていた老年精神医学を中心とした医師や研究者たちが、病名の変更に関する協議を2004 年から開始した。

その経緯は、2004年3月 高齢者痴呆介護研究・研修大府センター(現在の、認知症介護研究・研修大府センター)長・柴山漠人から問題提起がなされ、6月に日本老年精神医学会(松下 正明理事長——都立松沢病院長)の中に委員会が設置された。この組織の正式名称は「痴呆名称に関する検討委員会」といい、松下が座長を務めた。11月にお ける厚労省検討会へのヒアリングには文書において松下個人が意見書を書き「認知症」がふさわしい旨の意見表明をおこなっている。小澤勲も同時期に認知症名 称に賛同している。

このグループは、2004年4月「吉日」に、長谷川和夫(高齢者痴呆介護・研究・研修東京センター長)・柴山漠人・長嶋紀一(高齢者痴呆介護・ 研究・研修仙台センター長)による3名の連名で「「痴呆」の呼称の見直しに関する要望書」という文書を作成し、坂口力・厚生労働大臣(当時)に提出した。 この文書中には「したがって、この際、できれば呼称の見直しを希望するところであります」との文言があり、痴呆の呼称変更は、これらの権威者たちによって すでに規定の方針であったことがわかる。

これと同じ時期(04年4月)、老健局計画課に「痴呆対策推進室」が設置される。痴呆の名称変更は、この設立されたばかりの推進室にとっても、 その組織の存在感をアピールし、政策を円滑に進めるためにも不可欠な課題のひとつになっていたようだ。

同年 9月から10月にかけて 厚生労働省が一般の人たちに意見を募集した。その際、約半数[6333件の有効回答のうち56.2%]の回答者が「痴呆」に不快感を持っていることが判明 した。新呼称の候補としては「認知障害」(22.4%)「認知症」(18.4%)が上位に選ばれた。

このことから、痴呆から認知症への名称変更は、制度的には老健局——局長の私的研究会を「高齢者介護研究会」(座長:堀田力)といっていたがこ れは名称問題については関与しておらず、検討会議事録からは堀田は最後まで認知症への改称には抵抗を示していた——が取りまとめたようになっているが、実 質的にその議論を開始させ、また名称変更に具体的に介入したのが、日本老年精神医学会であると、当該の学会が公称するのもゆえなしとは言えない——高久 「長谷川先生は本当はこの[厚労省の]検討会の仕掛け人であられるから……」『替わる用語検討会第1回議事録』。

2004年12月24日づけで厚労省検討会は、正式に認知症への名称変更を勧告した。

公開されている検討会の議事録ならびにパブリックコメントなどをまとめると、この検討会の議事進行と名称変更経緯は以下のようになる。

12月 日本老年精神医学会第4回検討会で,全会一致で「認知症」に決定され、翌2005年6月16日の総会において可決された。

これにより学術用語としての「痴呆」については,私的レベル——医学界新聞の用語——では容認するものの,学会公式の場では使用しないことが正 式に決定したという。

同検討会の報告書の末尾には2005年4月からの1年間を「例)認知症を知る1年」としてキャンペーンイヤーとすべきであると提言している。

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痴呆症の用語の放棄と認知症という新用語の採用と普及促進の背景には、認知症に対する社会啓蒙と超高齢化社会に臨む医療界からの情報宣伝の意義 を当局者が十分に認識していたことがわかる。


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仮想・医療人類学辞典

(池田光穂 . Mitsuho Ikeda, Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j,, 2000-2018)