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先住民・エスニックマイノリティのディアスポラとグローバリゼーション

Globalization of Diasporas of Indigenous Peoples and Ethnic minorities

池田光穂

先住民・エスニックマイノリティの ディアスポラとグローバリゼーション

Indigenous People and Ethnic Minority under Globalized Diaspora Process

研究計画の概要と着想の紹介



池田光穂

コミュニケーションデザイン・センター

2010年12月11日

ディアスポラ(διασπορα)という言葉は、ギリシャ語の動詞speirein(種をまく)と接頭辞のdia-(分散する)に由来する

3つの用法

古代ギリシャ人:「移住」「植民」(語源的表現)

ユダヤ、アルメニア、アフリカ、パレスチナ[シャタット=アラビア語で離散]:故郷を夢見ながら異境生活を強いられること(歴史上のモデル民族 や集団)

異境生活のなかで集団的アイデンティティをもつ人たちが——精神的苦痛の含意とは距離をおきつつ——自らの集団が直面している社会現象(定着し た新語的用法、とりわけDiaspora誌の創刊=1991年以降、急速に人文社会学研究のみならず当事者のアイデンティティを示すものとして浮上)

William Safranの定義

サフラン(1991:83-84)は以下の6点をもつ、故郷を追われた少数派のコミュニティをディアスポラの定義とする。

  • 1.中心から周縁の場所への離散、
  • 2.郷土(homeland)の記憶、ビジョン、神話を維持、
  • 3.ホストからは受け入れないこと又はその信念、
  • 4.帰還すべき場所としての郷土、
  • 5.郷土の維持や回復に関わる、
  • 6.集団としての維持や結束がこれらの関係性によって決定的に定義される。

Safran, W., 1991 Diaspora in Modern Societies: Myths of homeland and return, Diaspora 1(1):83-89.[増補版 Safran[2005:37]の7項目

ディアスポラ本質主義的定義への批判

帝国化するエスニシティの言い換えではない、差異と共に差異を通して生きるアイデンティティは、異種混淆構成の認識から生まれる(Hall 1990; 1993:402-403)

ユダヤ人の歴史をモデルを中心化——あるいは規範モデルに——する必要はない(Clifford 1994:305-306):起源の共有や帰還の目的論をそのモデルのなかに見て、脱中心化された紐帯などを過小評価してしまう。

ブルベイカー(2005)の代替案:1.離散、2.郷土志向、3.境界の維持——ただしこれに対しても異種混交、流動性、クレオール化、シンク レティズムという対抗的要素が含まれていないという批判がある。

本質主義的な国民国家のあり方が、ディアスポラ概念を対置されるように規定されることが、それを本質主義的にするという陥穽。

The diaspora experience & identities

The diaspora experience as I intend it here is defined, not by essence or purity, but by the recognition of a necessary heterogeneity and diversity; by a conception of 'identity' which lives with and through, not despite, difference; by hybridity. Diaspora identities are those which are constantly producing and reproducing themselves anew, through transformation and difference.(pp.402-403)

Hall, Stuart. "Cultural Identity and Diaspora," in Williams, Patrick & Laura Chrisman eds. Colonial Discourse & Postcolonial Theory: A Reader. Harvester Whaeatsheaf, 1993.

ディアスポラ現象の本質化

本質主義的な国民国家のあり方が、ディアスポラ概念を対置されるように規定されることが、それを本質主義的にするという陥穽(再掲)

ディアスポラは、しばしば、国民、民族集団、マイノリティに与えられてきた本質的定義をそのまま横滑りさせて適用され、成員の構成数までカウン トされ、実体化される(→ディアスポラの人種化)

そのためあるディアスポラ個人(ナラティブ研究や心理学)、現象一般(政治学・社会学)、境界づけられた集団や文化(社会学・人類学)として研 究され、上のような本質化・実体化を再生産する。

人類学がディアスポラ研究に関わること

我が国における「ディアスポラ学」の隆盛(臼杵 2009)への人類学からの応答——「〜学」ではなく、方法としての〜へ[仮想敵としての本質主義、人種主義]

現実の人々の集団を手がかりにしながら高度の論理操作をおこない、過度の抽象的な論理的飛翔をしつつ、現実の政治にも処方箋を示す「学術的立 場」への介入

本質主義と人種主義への関与と不関与という人類学の歴史上の事柄に対する審問に、自らの歴史的視座を考慮に入れての弁明

先住民とディアスポラ研究の関連付け

「強調すべきは、ここで問題となる関係論的な位置づけとは、ディアスポラを他と完全に区別するのではなく、むしろ絡みあう緊張関係のプロセスと して見るということだ。そこでディアスポラは、(1)国民国家の規範と、(2)「部族の」人びとによる土着的主張、とくに先住民権などオートクサナス (autochthouonus=原住の)の土地に根ざす主張と絡みあうと同時に、それらとは異なるものとして定義される」(p.284)

J・クリフォード「ディアスポラ」『ルーツ』毛利ほか訳、月曜社、2002年

人類学的な語り口?

林應植(イム・ウンシク)『求職』1953年 韓国国立現代美術館蔵

戦争難民化による故郷喪失

停戦の恒常化による国民性のゆらぎ

景気に翻弄される労働難民

【当事者のナラティブ】

こんにちは。私の名はフー・リーです。年は41歳。結婚していて、9歳の娘がいます。12年前に香港を後にして以来、オークランドのチャイナタ ウンで暮らしています。暗い中で目を凝らすので、目が痛みます。合成染料の放つ有毒ガスで、咽喉はやられます。生地から舞い上がる繊維を吸わないように、 時々、マスクをするのです。一日中ミシンに向かって俯(うつむ)いているため、腰痛が止むことはありません。現場監督はまるで独裁者です。いつも私たちを 急き立てるのです。標示には「喋るな、トイレに行くな」と書いて書いてありました。仕事中に声をたてたり、笑い声を上げようものなら、彼は空箱を投げつ け、仕事へ戻れと怒鳴りつけるのです。急ぎの注文があるときは、ミシンに向かったまま昼食をとらなければなりませんでした。/昨年、経営者は、私たちに不 渡りの小切手を残したまま店を閉めました。後で判った事には、彼は既に破産宣告をしており、私たちの僅かな賃金さえも払う気などなかったのです。私を含む 12人の中国人裁縫師たちはかんかんに怒りました。あんな滅茶苦茶な仕事場でこき使われたのですから、せめてもの報酬はあるべきです。アジア女性移民支援 団体(AIWA) の助けを借りて、私たちは賃金の請求方法を探し始めました※(pp.182-183)。

From Asian Immigrant Women's advocates, Immigrant Women Speak Out on Garment Industry Abuse: A Community Hearing Initiated by Asian Immigrant Women Advocates(AIWA), Oakland, CA: AIWA, 1:5, May 1993.(リサ・ロウ[2002]新垣誠訳)

不法滞在に「隠し部屋」計30人一斉摘発

 潜伏用の隠し部屋がある工場で不法滞在のまま働いたなどとして、警視庁と東京入国管理局は9日、東京都足立区のかばん工場など7か所で、 20〜40歳代の中国人と韓国人の男女計30人を入管難民法違反(不法残留など)の疑いで一斉摘発し、身柄を入管に引き渡した。/同庁などは今年、計約 40か所の工場で計約200人の不法滞在者を摘発し、このうち十数か所で隠し部屋が発見されている。同庁は、安価な労働力を求める工場側が不法滞在者を雇 い、摘発を免れるために潜伏場所まで用意するケースが増えているとみている。

出典:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101210-OYT1T00117.htm(最 終確認:2010年12月10日)

研究計画の再考(I)

【当初案】先住民とエスニックマイノリティが直面するグローバリゼーションについて、本研究では、人と人との出会いにおける文化の生成過程であ ると捉える。

【現在の所感】先住民とエスニックマイノリティが直面するグローバリゼーションについて、本研究では、人と人との出会いにおける「文化の生成過 程(=文化の政治化の過程)」であると捉える。

研究計画の再考(II)

【当初案】先住民とエスニックマイノリティが経済的・政治的・宗教的・文化的要因によりディアスポラ化した際の民族的アイデンティティの変容 と、先住民やエスニックマイノリティが様々な形で接触する人の相互交渉がもたらす新たな文化的現象の中にグローバリゼーションにまつわる社会的過程に焦点 を絞る。

【現在の所感】 先住民とエスニックマイノリティが経済的・政治的・宗教的・文化的要因によりディアスポラ化した際の人々のアイデンティティの変容と、先住民やエスニック マイノリティが様々な形で接触する人の相互交渉がもたらす新たな文化的現象の中にグローバリゼーションにまつわる社会的過程に関する民族誌事例の検討に焦 点化した研究をおこなう。

研究班と内容

共同研究者14名(学内8名:学外6名)

1)共同研究会を開催するための国内国外旅費

2)この研究に関わる国内国外調査研究旅費

3) 共同研究会を開催するための会議費等

4)共同研究会研究発表者に対する謝金と印刷経費

交付内定額(2010年度100万:2011年度100万)

文献

Hall, Stuart. "Cultural Identity and Diaspora," in Williams, Patrick & Laura Chrisman eds. Colonial Discourse & Postcolonial Theory: A Reader. Harvester Whaeatsheaf, 1993.

Safran, W., 1991 Diaspora in Modern Societies: Myths of homeland and return, Diaspora 1(1):83-89.

Safran, William. 2005. The Jewish Diaspora in a Comparative and Theoretical Perspective. Israel Studies 10(1):36-60. 2005.

クリフォード、J., 2002[1993]「ディアスポラ」『ルーツ』毛利嘉孝ほか訳、Pp.277-314、月曜社。

ブルベイカー、R., 2009[2005]「「ディアスポラ」のディアスポラ」赤尾光春訳、『ディアスポラから世界を読む』Pp.375-406、明石書店。

討論:ディアスポラと移民[概念定義]の違いは何なのか不明確である

従来の移民研究と、移民研究がもたらした当事者の意識(アイデンティティ)についてのパラダイムへの批判(=関連性をもたらない跳躍的領域 の創造)をもたせたい(=ディアスポラを使う意図)

しかし、移民研究の何が問題でディアスポラ研究が、どのような点でそれを補い、さらに凌駕するのかという具体的例を示せなかった点は発表者 の瑕疵だと認識している。


討論:標題「先住民・エスニックマイノリティ」という併置の有効性:そもそも両者は異なるカテゴリであり併置は唐突である。

先住民がオートクサナス(autochthouonus=原住の)の土地に根ざす存在と位置づけられており、その対峙概念は、入植者や国家 国民である。他方、少数派民族(ethnic minority)は国民国家内における数の多寡やヘゲモニー的位相の関係性のなかで定義され、両者の併置が唐突という点はそのとおり。

したがって[・]は[+、〜と〜]の意味で捉えてほしい。ただし、そのことについて別項を設けて説明しておくべきだと反省する(=将来の改 善課題)

討論:ディアスポラ現象は、グローバリゼーションの随伴だとすると、それらにリンクする重要な分析概念は他に伏在していないか?

発表者(=池田)にはとりわけ、その場の応答では思いつかなかったし、また構想もしていなかった。

このコメントをされた方は、サフランの定義の二番目の概念と関連する郷土(ホームランド)あるいは、ホームを比較考察することを重要性を指 摘され、ホームの人類学(anthropology of home)の提唱した。

大文字のユダヤ・ディアスポラと[一般化された現象としての]小文字のディアスポラの区分もまた指摘された (Diaspora/diaspora dichotomy)

討論:先住民と民族少数派の「問題」としてディアスポラが想定されるのであれば、それとは対峙している国民国家や多数派(majority)が 抱える「問題」とはなにか?

アーレントの議論によれば、ホームにそれにふさわしい国民が居住し自治自決する国民国家の確立が、(今日的な意味の)ディアスポラの原因と なる難民や無国籍者を創り出す原因になっている。国民国家のジレンマは(国境越境を移動を伴わない)国内難民や流入難民の存在、あるいは無国籍者や不法移 民という「市民権なき民」への統治理由と国際間におけるその正当化の論理を作り出さねばならないことだと思う。

討論:先住民とエスニックマイノリティが隣接される理由がわからない(承前)が、それらがディアスポラを媒介としてなにか結びつく(=共通点を もちうる)のであれば、それはなにか?その可能性はあるのか?

労働移民者たちがディアスポラした移民先——ここではディアスポラ現象と移民を同一のものとして捉えており再考が必要だが——では、それぞ れ「異なったホームや出自」を想起しながら、同じ労働移民として共感や相互交渉をもちうる可能性がある点で、紛争やネグレクトあるいは競争(=民族的葛 藤)ではない可能性を拓く。共通点を持たない先住民とエスニックマイノリティは、ディアスポラ状況のなかで出会い、それまでにはない人間の存在の共同主観 を創造する可能性を有しているのではないだろうか?

討論:ディアスポラが国民国家への批判として有効であるならば、それは歴史性をもたない普遍的で無時間的(anachronistic)なもの なのか?ディアスポラがグローバリゼーションの過程のなかで産出された歴史的現象であるならば、その批判対象となる国民国家の存在も歴史的なるもの。ディ アスポラおよびディアスポラがもたらす批判的なるものが、歴史性や時間性をもつのなら、それらはどのような時間の中にあるのか?(ディアスポラの未来を、 どのようにフレーム化するのかということが問われている)

ディアスポラ現象の理解や批判がもたらす時空間文脈(time-space context)への配慮が構成されていなかったのは、たしかに私の失敗だと思う。このフレーム化を通して、研究計画で述べているように、私の事例検討か らこのコメントに応えたい。

関心あるテーマ(池田)

・EPA(経済連携協定)で渡日する外国人労働移動、とりわけ看護師・介護福祉士候補者受け入れ事業

・東アジアにおける医療観光

・および、これらを運営・支援・反対・研究する人たちの〈反グローバリゼーション運動〉との関係に関心がある

私にとってのV.I.P.の意味とは……

Vagabond in Power

—— Fela Kuti, 1979


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