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マルキ・ド・サドと啓蒙

Marques de Sade y ilustración

池田光穂

マルキ・ド・サドは啓蒙の時代初期に現れた「早すぎ た自由思想」の思想家である。そして、時代を超えても、それを嫌う人たちには、時代を超えた極悪人である。しかし、サドそのものは、現代では単純で粗暴な 大悪人ではない。サドが、近代啓蒙の幕開けの時期に、人びとの想像力がもつ可能性を極限まで押し広げたということを、文章による創作活動を通しておこなっ たことが、嫌われているのである。これは奇矯な結末である。澁澤龍彦(1928-1987)は「サド復活」のなかでこういう。:「ちょうど開幕したばかり の19世紀が、前世紀の遺産を受け継ぐことを好まず、サドという一作家に具現された前世紀の抵当権を消去することを何よりも早急に欲したかのごとくであっ た」(澁澤 1989:171)。

この授業は、マルキ・ド・サドの伝記と彼の政治思想 の考察を通して、なぜ、マルキ・ド・サドの思想を知ることが、なぜ今を生きる我々に重要であるのかについて考察する。

私はかって次のように書いたことがある。

「倫理学の反省が18世紀の終わり要請された。すな わち、18世紀の80年代に、カントの先験主義、ベンサムの功利主義的合理性の考量、そして(功利主義とは逆行する)マルキ・ド・サドの哲学というヴァ リエーションとともに、モラルの反省理論たるべき倫理学は登場したのである(ルーマン1992:11)。ところが、「先験主義的倫理学におけると同様、功 利主義的倫理学においても、問題となったのはモラルの判断の合理 性もしくは(特殊ドイツ的状況において)理性的基礎づけであった。‥‥。いづれにせよ、生活様式の決定と目的選択とに対し距離をとる契機が 組み込まれた。」(ルーマン1992:16-7)」(→「心霊治療においてモラルを問うこと」)

ここでのルーマンの文献は、1992 『パラダイム・ロスト』土方昭訳,国文社.である

文献資料として、ジェフリー・ゴーラ『マルキ・ド・ サドの生涯と思想』(荒地出版社、1981年)を取り上げよう。その章立ては以下のごとくである。

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