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ショロイツクイントゥリとわたしたち

Xoloitzcuintli, Nosotros, y Frida Kalo: An Approach from Methodological Canisology

池田光穂・大石高典

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ショロ犬と私たち
副題は、上述のものと異なります。
共著者の大石さんは、コンゴ共和国の狩猟採集民バカ(民族)のエスノグラファーです
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ショロイツクイントゥリとは?
・メキシコのコリマ州より陶製の土偶が多く出土
・人面をつけたショロトル犬の土偶は有名
・生き生きとした愛らしい仕草のもので愛玩利用の可能性がある。
・古代アステカでは七面鳥よりも価値の高い食肉として利用
・現在では、グロテスク趣味の象徴——他方、愛好家も多い
・無毛という点では、中国東北部原産の鶏冠犬(Chinese Crested Dog)との
類縁関係の示唆
・つまり、旧大陸のスマートな無毛性の犬種はショロ犬からの雑種化による?
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・イヌの学名
・メキシコでは三千年の歴史をもつ
・ヌード犬(無毛種)としては、メキシコ、中米、南米に分布し、狩猟や愛玩
動物として広く利用されてきた。
・陶製の土偶の分布は、コリマ、アステカ、トルテカ地方に及ぶ
・アステカの神話によると、ショロトル神が、人間を創造した銀できた「命の
骨」からショロイツクイントゥリを造ったとされる。ショロトルの神は死の国
であるミクトランで種々の危険から人間を守り、天国の宵の明星に向かわせる
ために、ショロイツクイントゥリを人間に遣わしたといわれる。
・このため、ショロイツクイントゥリの繁殖は、健康と平癒をもたらすものと
考えられてきた。
・アギラール=モレノ(2006)の記述……
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・アステカにおける食肉の消費でもっとも高いのは、狩猟で得られる鹿肉
・コロンブス航海記
(→コロンブス航海誌にみられる(新大陸と輸入)犬に関する記述
・ショロ犬に関する記載は僅かしかみられない。
・メキシコの都市伝説のなかに、チュパカブラ(=山羊の血を吸う妖怪の意)
・ショロ犬に擬して表現されることがある。
・プロサッカーチーム「ティファナ・クラブ」(クルブ・ティファナ)の
アイドル
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ショロイツクイントゥリに見慣れていない我々は、このちょっと醜い—— いわゆる毛がなく裸なので白黒の模様がそのまま斑入りの葉っぱのような醜い染みになって見える——「ずるむけ犬」どもに向けられるフリーダの愛情の深さが 今一つ見えてこない。さて、現実生活においては、ショロ犬は、名実ともにフリーダが愛して止まないペットであり、高校生時代に瀕死の交通事故に遭遇しなが らも、三度の流産を経験した彼女にとって、それは他の小動物と変わらぬ「子供」そのものであったと、リベラのアシスタントでカーロの友人だったエミー・ル ウ・パッカード(Packard, Emmy Lou, 1914-1998)はいう。以下は、パッカードによる回想である
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近代メキシコの代表的な芸術家ディエゴ・リベラの妻でありまた著名な女 流画家あったフリーダ・カーロ(Frida Kahlo, 1907-1954)は、ハンガリー系ユダヤ人の父親ギジェルモゆずりの写真術にも親しんでいた。彼女が撮影した複数の写真のなかに、何頭かの奇妙な姿の 犬(中小型犬)が映っている。その犬たちこそが、私が議論したいメキシカン・ヘアレス・ドック(ペロッ・シン・ペロ)である。ショロイツクイントゥリ (Xoloitzcuintli)ないしはショロ犬(Xolotle)と呼ぶこの犬は、口語的なスペイン語表現では、ペロッ・ペロン(ずるむけ犬)、たぶ ん教養ある現代メキシコ人なら複数の表記法のあるショロイツクイントゥリあるいはショロトゥルと呼んでいるユニークな歴史的存在である。
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そのような彼女の作品における動物とりわけショロ犬の位置は、ディエ ゴ・リベラとの渡米生活、帰国、リベラの度重なる不倫——それゆえ彼女自身もリベラへの当てつけと復讐とも言える恋愛を遍歴を繰り返すうちに、変化してゆ く。よく知られているように彼女の心身は、それ以上に満身創痍であった。すなわち、その後の離婚、また少女時代にうけた事故後の数十回は下らない整形外科 手術、そしてリベラとの和解と再婚……。その図像表現のなかで、ショロ犬は以前よりもより小さく描かれるものの、彼女の象徴的世界の中ではより重要な存在 になっていく。
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「ちっちゃい兄弟(=ディエゴ・リベラ)に:(彼女=オチビサン)は ちょっと悲しかったの、なぜなら寝ている時に、私(フリーダ)は(彼女を)描こうと起きてみたんだけど、ディエゴがすぐに(彼女=犬を)売りにだすという 夢をみたの。どういうわけなのよ?(=どう思う?) あなたにたくさんのキスと(雌の)オチビサンにも」(Trujillo 2014:20, 図版と写真は, 386-387)
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「ちっちゃい兄弟(=ディエゴ・リベラ)に:(彼女=オチビサン)は ちょっと悲しかったの、なぜなら寝ている時に、私(フリーダ)は(彼女を)描こうと起きてみたんだけど、ディエゴがすぐに(彼女=犬を)売りにだすという 夢をみたの。どういうわけなのよ?(=どう思う?) あなたにたくさんのキスと(雌の)オチビサンにも」(Trujillo 2014:20, 図版と写真は, 386-387)
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「(七面鳥の)雄が雌の前で鼓舞のダンスをしても、彼女(雌)はしらん ぷり……脚をつかって大きな音でドラミングすると、ようやく彼女が注意をむける。最後に彼女が地面にしゃがみこみ、彼女の羽根を広げる。彼は彼女の背に跳 び乗りドラミングしながら、彼女の羽根に重ねる(=交尾する。引用者)。それで、おしまい。動物たち、子供たち、花々、田園風景……フリーダが最も興味を もったのは、こういうありふれた命あるものだった。彼女にとって、動物たちは子供たちのようであった」(エレーラ 1988:301, 訳文は変えた)。
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1938年頃の作品『私と一緒のエスクインクレ犬』のエレーラの図像解 釈は以下のようなものである。

「……と同様、『私と一緒のエスクインクレ犬』の中の煙草を手にしたフリーダのポーズは、みるからに挑発的だ。まばたき一つせぬ直截率直なその凝視には、 むきだしの、しかし完璧に自己抑制された何かがある。動物や子供の凝視に似て、見る者もまたまたむきだしにされる感じになる。これらの自画像が示すとお り、フリーダが男たちを愛し男たちに愛される女性であったことは、完璧なまでに明白だ」(エレーラ 1988:209)。
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フリーダ・カーロの芸術家としての晩年(1949)の作品『愛は抱擁す る、宇宙、大地(メキシコ)、ディエゴ、私、セニョール・ソロツルを』では、リベラとの複雑な愛憎関係を超えた、「メキシコ風の土俗的ピエタ Pieta mexicana folklorica」 とも言えるモチーフが描かれている。

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「『愛は抱擁する』(1949)はまた、聖母と御子が先征服期の天上で再会している。幻想的「聖母マリア昇天」図とみることもできよう。しかし、いかにも メキシコ的な植物や、家庭的かつユーモラスな、フリーダお気に入りのエスクィンクレ犬ソロツル(彼女所有のコリマ州出土の先征服期陶製犬像をモデルにした もの)を配し、宇宙の両腕に抱かれているこの画像は、やはりある特定の時期の具体的表現であろう。すなわち、ディエゴを夫として我がものとすることがしだ いに困難になったと感じ、やがて彼を子供として確保する決意を固めていった時期の表現なのだ」(エレーラ 1988:365-366)。
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 子供時代から晩年にいたるまでの掛け替えのないペットが、ほとんど宗 教的な境地を描く芸術家にとってなくてはならない表象として、その存在感を誇示しているのはいったいどういうわけだろうか? 私は、フリーダの肩越しにテ クストとしてのショロ犬を〈読み取ろう〉としているわけではない。しかし、彼女がショロ犬と共に生きて、絵画キャンバスに描こうとした彼女の〈経験〉の組 織のされ方は、彼女の固有の生き方に完全に根ざすものというわけではない。フリーダによるフリーダのためのフリーダの〈感情教育〉を超えて、ショロ犬の文 化的位相を研究することは、メキシコ文化を研究することにも通じるのではないかと、想像を逞しくしてみたくもなる。
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さて、メキシコ特別区の南にあるフリーダ・カーロ美術館のあるコヨアカ ンを離れよう。そして、時代を現在に戻し地下鉄に乗り(Take to the "olive-green" Numero-Tres train!)その北西にあるチャプルテペック地区に足を運んでみよう。世界有数のメソアメリカ考古学資料収集および展示のメッカたるメキシコ国立人類学 博物館では、芸術的な観点からみても素晴らしい数多くの土器が陳列されている。その中で眼を見張るのが、一抱えほどの大ぶりだが、スマートなものではなく 胴長で短足のさまざまなスタイルの犬のフィギュア、言わば〈土偶〉(clay figure)としてのショロイツクイントゥリ像である。メキシコのコリマ州よりこの種の陶製の土偶が多数出土しており、先コロンビア期の、コリマ、アス テカ、トルテカの人たちの居住地に及ぶ範囲のところで、これらのスタイルのものが典型的にみられる。
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・メキシコの都市伝説のなかに、チュパカブラ(=山羊の血を吸う妖怪の 意)
・ショロ犬に擬して表現されることがある。
・プロサッカーチーム「ティファナ・クラブ」(クルブ・ティファナ)の
アイドル


レクチャー本文

 近代メキシコの代表的な芸術家ディエ ゴ・リベラの 妻でありまた著名な女流画家あったフリーダ・カーロ(Frida Kahlo, 1907-1954)は、ハンガリー系ユダヤ人の父親ギジェルモゆずりの写真術にも親しんでいた。彼女が撮影した複数の写真のなかに、何頭かの奇妙な姿の 犬(中小型犬)が映っている。その犬たちこそが、私が議論したいメキシカン・ヘアレス・ドック(ペロッ・シン・ペロ)である。ショロイツクイントゥリ (Xoloitzcuintli)ないしはショロ犬(Xolotle)と呼ぶこの犬は、口語的なスペイン語表現では、ペロッ・ペロン(ずるむけ犬)、たぶ ん教養ある現代メキシコ人なら複数の表記法のあるショロイツクイントゥリあるいはショロトゥルと呼んでいるユニークな歴史的存在である。

 ショロイツクイントゥリに見慣れていな い我々は、 このちょっと醜い——いわゆる毛がなく裸なので白黒の模様がそのまま斑入りの葉っぱのような醜い染みになって見える——「ずるむけ犬」どもに向けられるフ リーダの愛情の深さが今一つ見えてこない。ただし、現実生活においては、ショロ犬は、名実ともにフリーダが愛して止まないペットであり、高校生時代に瀕死 の交通事故に遭遇しながらも、三度の流産を経験した彼女にとって、それは他の小動物と変わらぬ「子供」そのものであったといわれる。

 さて、世界有数のメソアメリカ考古学資 料収集およ び展示のメッカたるメキシコ国立人類学博物館では、芸術的な観点からみても素晴らしい数多くの土器が陳列されている。その中で眼を見張るのが、一抱えほど の大ぶりだが、スマートなものではなく胴長で短足のさまざまなスタイルの犬のフィギュア、言わば〈土偶〉(clay figure)としてのショロイツクイントゥリ像である。メキシコのコリマ州よりこの種の陶製の土偶——コリマ犬とも言われる——が多数出土しており、先 コロンビア期の、コリマ、アステカ、トルテカの人たちの居住地に及ぶ範囲のところで、これらのスタイルのものが典型的にみられる。

 そのデザインは頭部や胴体あるいは尻尾 (尾部)に 開口部があるもので、四つ足で屹立したもの、丸くなって横臥するもの、二体で並行するもの、相互にじゃれあってなめ回しているもの、座っているもの、巨大 な壺(ないしは香炉)を背負っているもの、中には人面の仮面をつけているものすらある。それらの身体や顔の表面には皺が彫られてあり、明らかに「ずるむけ 犬」の特徴から、ショロイツクイントゥリそのものであることがわかる。博物館の外の公園に出てみると、ショートヘアのチワワ犬などを抱える人が目につくよ うになるから驚きだ。

 いずれにせよ、ショロ犬はフリーダ・ カーロの家族 が溺愛しただけというだけの犬ではない。メキシコのみならずアメリカ大陸にはショロイツクイントゥリの愛好家が多数いるのである。由緒ある血統としての ショロ犬の西洋社会への紹介は、1884年に創設されたアメリカン・ケンネル・クラブ(American Kennel Club)の創設2〜3年後の記録のなかにショロ犬が登録されていることからもわかる(Wright 1960:14)。

 さて、実際に考古学研究書や発掘調査書 の中には、 食用痕のある犬骨が多く発見され、また別の現場では人間の埋葬に併せて副葬されたものもありショロイツクイントゥリが、メキシコを中心とするメソアメリカ 世界とりわけアステカにおいては、ユニークな位置を占めていることがわかる。征服期の16世紀のスペイン人は、七面鳥と共にショロイツクイントゥリが、御 馳走として盛大に食されたことを記載している。Aguilar-Moreno(2006)『アステカ世界生活ハンドブック』によると、アステカ商人の饗宴 において、80〜100羽の七面鳥に対して20〜40匹のショロ犬が利用され、犬肉は七面鳥よりも格上で、同じ食卓の下層に盛られたという。アステカ王朝 後期では人身御供とカニバリズムがあったと言われているが、人肉よりも犬肉が優先するようになったとも。ただし、アステカにおけるショロ犬や七面鳥の消費 つまり「家畜」の消費量は、それほど多くなく、考古学上の食用消費の骨の量は、狩猟された鹿由来のものである。

 アステカの神話によると、全人類を造っ た銀の生命 の骨から、ショロトルの神がショロイツクイントゥリを作り上げたという。ショロトルの神は、死の世界である宵の明星のミクトランの危険から、人間を導き救 うためにショロイツクイントゥリを人間界に遣わしたという。ショロトルの神は、犬ないしはコヨーテの姿をとり、体幹全体には皺があるのが特徴である。この ため、ショロイツクイントゥリは、健康と平癒をもたらすもの考えてられてきた。したがってショロトル神とショロ犬は同一表象であると見なしてよい。ショロ 犬は人間を造った生命の骨から造られるゆえ、ショロ犬を食用することは、骨肉をわけたキョウダイを食することすなわちカニバリズムを暗示する。これらのこ とから、ショロ犬の食用には、祭礼の際の美味しい食卓を飾るとともに、その食肉そのものが、健康と平癒を招来する可能性のあったものであることは否定でき ない。アステカを含む広域的な共通の文化的要素——例えばトウモロコシを石灰で調理するトルティーヤの食文化——をもつ文化圏としてメソアメリカがある が、メソアメリカの南東部に位置するマヤ社会でも、ヘアレス犬がいた——現在絶滅——ことがわかっており、湯たんぽとして使われていた。ヘアレス犬を抱い て、何らかの治療手段にすることは広く行われており、柔い犬の肌を直接人間の肌にあてて痛みを和らげる「温湿布」として使われたという(モリス 2007:456-458)。

 ショロイツクイントゥリは、狩猟に利用 され、ペッ ト——メキシコではマスコット(mascota, これにはお守りの意味もある)——としても利用された。ちなみに、新大陸のみならず旧大陸では、中小型のヘアレス犬が広く分布しているらしい。ヘアレスで あることは屠畜後の処理が容易なのか、多くのものが食用にされている。他方、ヘアレス犬の特徴として、人に懐きやすいということも、一部の愛玩者を掴んで 離さない特徴である。無毛の遺伝的起源は、ショロ犬の遺伝子が世界に拡散したという説と、「被毛が減少する遺伝子は、世界各地で個別に出現した」という大 きく2つの説がある(モリス 2007:431)。ヘアレスドッグの性格的特徴として、注意深く敏感であり、騒がしく戯れるが、同時に気性はよい。(ボリビアの)飼い主によると、「読 心術者」だという評価もある(モリス 2007:468)。このような愛くるしさや、人間への人懐っこさが、先の土偶のような豊かな表情を土偶の中にとどめている。ショロ犬は、その飼い主、工 芸家あるいは芸術家に対して、審美的な精神をかき立て、創作意欲をもたらすような存在なのである。

Xoloitzcuintli, Nosotros, y Frida Kalo: An Approach from Methodological Canisology #1

Mitsuho IKEDA(Osaka University), and Takanori OISHI (Tokyo University of Foreign Studies)

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