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全体主義という概念バラックの解体に向けて!

Por deconstruccion del concepto totalitarianismo

池田光穂

ミレニアム1年に書かれた「全体主義の誤用」のなかで、ジジェクはこういう。70年代のカル スタの集会でアーレントみたいだと言われるのは「やっかいな立場」に立たされることだったが、今日ではアーレントは聖壇のなかに置かれんかの雰囲気(後者 の表現は引用者の僕のものだが)。アーレントの評価の確立は、西洋の〈左翼〉の理論的敗北を受け入れ(=敗北主義的状況?)この内部で、自らの状況を再定 義することの徴候だと。なかなか言い得て妙。日本のかつての新(いま擬古的)左翼のノリを知っている人間からみれば、かつての選挙戦におけるサンダース陣 営のはしゃぎぶりにどっちらけ――公民権運動で警官からどつかれるバーニーが大写しになるのが自由の戦士だと喝采を浴びるわけだ――が、「おいっ!(そん なことで悦ぶようぢや)そりゃマズイぞっ!」と思ってしまうのと同じと感じ(デジャブ)だと思った次第。

なるほど?! 全体主義の用語(レッテル)と概念を受け入れた瞬間に、その対抗概念としての 自由民主主義を(無批判に)動員してしまう僕らの脊髄反射にもっと自覚的になれとな?! その通りだわい。そもそも、俺たちが批判してやまないあの全体主 義(傾向)の政党は、なんと「自由民主党」と言うではないか!

確かに、全体主義というレッテルは、敵対する勢力のイデオロギーや唾棄すべき連中の行動の細 部がどのようなものであるのか、という批判的考察を無力化する、つまり「思考する義務」を妨げるのだ。これこそ、アーレントが「全体主義はなんでもありで 一貫性がないのが特徴」という批判(=理論的帰結)の行為遂行的帰結になっちまうじゃないかとうことだ。――恐るべきアーレント、そして恐るべきジジェ ク!

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文献

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自己をあらゆる思考と言説で守ろうとしない学問は、事実上その存在を放棄している

Adolf Hitler(1889-1945) fue un político, militar y dictador alemán, canciller imperial desde 1933 y Führer (líder)de Alemania desde 1934 hasta su muerte.

For all undergraduate students!!!, you do not paste but [re]think my message. Remind Wittgenstein's phrase,

"I should not like my writing to spare other people the trouble of thinking. But, if possible, to stimulate someone to thoughts of his own," - Ludwig Wittgenstein

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