はじめによんでください

政治的アイデンティティ

Political Indentity, Identidad político

解説:池田光穂

(1)政治的アイデンティティとは、法やイデオロギーが要請した「集団」に対して、政治権力構造が画一的な対応 をする際に、その構成員とみなされる人々のなかに生まれるアイデンティティのことである。端的に言うと、19世紀中葉のマルクスが論じたド イツにおける 「ユダヤ人問題(Judenfrage)」(1843)における、ブルーノ・バウアーならびにマルクス自身が取りあげている「ユダヤ人」は典型的な政治的 アイデンティティの一つであり、またこの概念を使って議論をした最初のケースであろう。(→「ブ ルーノ・バウアーを批判するカール・マルクス」)

(2)この概念を敷延すると、法やイデオロギーがつくりだす秩序や抑圧構造に抵抗する人たちが、集団的行 動や実践をおこなう際に、その人たちの間に生まれる連帯感や一体感あるいは価値観の共有を構成するものもまた政治的アイデンティティと呼ぶことができるで あろう。たとえば、植民地の人たちが宗主国から独立するために、人種や民族の違いを克服するために「国民=ネイション」を形成する際にうまれるものがそれ に相当する(Benedict Anderson, 1983, 1991)。政治的アイデンティティがナショナル・アイデンティティとして固定化することがこのことの好例である。しかし、他方で、少数民族(例:北アイ ルランド人、バスク人)がそれを包摂する国民国家(例:英国、スペイン)から独立しようとする時、独立運動をめざす政治的アイデンティティが新たにその民 族的アイデンティティに付与されることも起こるだろう。

太田好信(2012:19, 29)によると、彼は 「政治的アイデンティティ」について、次のようにまとめている。

「政治的アイデンティティとは、マムダニ (Mamodani 2001:22)によれば、文化や言語、あるいは歴史の共有から生まれる文化的アイデンティティや生物学的アイデンティティなどとは異なり、法がある特徴 により人びとを集団化し、国家がそう規定された人びとに対して画一的な対処をするとき生まれるアイデンティティである。そのような集団化の 結果特権を付与 される人びともいるが、反対に不利益を被る人びとも出てくる。結果的には、排除を意識し、その是正を求めるときに立ち上がるアイデンティティも政治的アイ デンティティなのである(Jung 2008:30)。なぜなら、パワーにより規定され、その規定が是正されることを求めるという意味で、是正を求める運動も政治的といえるからである」(太 田好信「21世紀における政治的アイデンティティの概念化」2012:19)。

上記の引用文の末尾の脚注によると、……

パワーや資源へのアクセス制限を媒介させることにより、その制限解除を求め ようと人びとは結集する。そうして構築されたアイデンティティも、政治的アイデンティティである。いいかえると、国家は人びとのアイデン ティティに外在するのではなく、人びとのアイデンティティを積極的に形成したのである。政治的アイデンティティとは、マムダニの定義から一歩進め、民主制 における欠陥を指摘し、民主国家建設に向けた目標に合致するアイデンティティとして再解釈できる(Jung 2008:37)。先住民も近代国家形成において政治から排除されてきた対象として捉えることにより、国家が先住民たちに対して負った責務を優先して考え ることができよう。たしかに、『先住民(族)の権利に関する国際連合宣言』では、先住民には国際法上の自己決定権が認められており、「自らの政治的地位を 自由に決定できる」(United Nations 2007:17)と明記されている。しかし、この条項が先住民だけによる独自の国家形成という意味に解釈されることは稀であり、現時点では先住民を国家と の関係において考察するのは間違いではないと考えている」(太田 2012:29)。

彼が引用する『先住民の権利に関する国際連合宣言』 では、……

Article 3 Indigenous peoples have the right to self-determination. By virtue of that right they freely determine their political status and freely pursue their economic, social and cultural development.

となっており、この箇所を指しているものと思われ る。

以上をまとめると、(1)のアイデンティティはユダ ヤ人のように「人種」や「民族」のように、当事者ならびに周囲の人々(国際社会を含む)からレッテルづけられたり、そのアイデンティティに追記したり、ま たそこから逃れるためのさまざまな創造行為が生まれ、それらとレッテルや偏見に対する複雑な関係を形成するために「本質主義」化の傾向が強まるだろう。他 方(2)の政治的アイデンティティは、一時的な形成物のようにも感じるが、ナショナル・アイデンティティのように教育や福祉などのような国家制度が整備さ れたり、公教育や公共放送などを通して維持進展させられると(1)のものと峻別がつかなくなる。

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●倫理的態度の軸と、リベラル=ポピュリストとリバータリアンの軸


■ マイケル・ケニー『アイデンティティの政治学』藤原孝ほか訳、日本経済評論社、2005/The politics of identity : liberal political theory and the dilemmas of difference / Michael Kenny, Cambridge : Polity , 2004

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1.アイデンティティの政治の性格とその起源

2.自由主義政治理論におけるアイデンティティの政治

3.シティズンシップ・公共理性・集合的アイデンティティ

4.市民社会とアソシエーションの道徳性

5.アイデンティティの政治の公共面

6.運動におけるアイデンティティ:社会運動の政治倫理

7.自由主義と差異の政治

8.自由主義と承認の政治

9.結論

リンク

文献

その他の情報:【出典】インディオ・メスティソ・ラサ:ラテンアメリカにおける人種的 カテゴリー再考(研究ノート)

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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