かならずよんで ね!

日本ハームリダクション受容史

Introducing and Interpreting of Concepts of Harm Reduction in modern Japan

徐淑子*・池田光穂**

*新潟県立看護大学 ; **大阪大学大阪大学CO[こ]デザインセンター

第3回大阪大学豊中地区研究交流会、2018年12月18日

[謝辞と利益相反の言及]この研究は科学研究費補助金 JSPS KAKENHI Grant Number 15K13084 (FY2015-2017)および18K02068 (FY2018-2020)によります。関係者に謝意を表します。この研究に関して、利益の相反する個人ならびに団体(法人を含む)はありません。

ハー ムリダクション(harm reduction)とは、薬物の利用に伴う(危害を含む)否定的な事柄の軽減を目的とする一連の実践的な戦略(方略)と理念のことである。ハームリダク ションは、また、薬物を使う人々の権利を尊重したり、その信条を形作る社会正義のための運動でもである。——ハームリダクション・コアリションによる定義.

日本はハームリダクション政策を公式には導入していない数 少ない国のひとつです。この発表の目的は、日本における(元)薬物依存症者——彼/彼女らの多くは薬物問題を扱う医療専門家の活動に巻き込まれていて、ま たその影響を受けています——のコミュニティの人たちがどのようにハームリダクションを考えているのか、について検討することです。

要約

ハームリダクションの理念はどのように日本にもたらされたのでしょうか? 研究01では、この過程に関する文献的レビューをおこないました。研究02で は、インタビューによる関係者の主張(=言説)の広がりについて明らかにしました。ハームリダクションの考え方は、およそ30年前に日本に紹介されまし た。それ以来、このテーマは、ヘロインの重度依存者の国のみが採用可能な「外国の実践」というものから、日本の状況に使えることができるかどうかに関する 細かい議論へと変化してきました。

研究01:日本における「ハームリダクション」小史

依存症治療の歴史におけるハームリダクション

1970年代のヨーロッパでは、ハームリダクション によるアプローチは、非寛容政策/断薬という対抗手段に対する代替案として始まった。その後、[注射針の回し打ち汚染による]HIV/エイズの蔓延ととも に[注射針・注射器を共有させない]ハームリダクションの方法の有効性が認められてきて、多くの国々では薬物問題に対抗する手段として導入、発展してきま した。このことは、現在では、多くの学術的あるいは一般的な情報のなかで[文字通り]害を減らす(=ハーム・リダクション)手段としてよく知られています。

しかしながら、ハームリダクションの理念の基礎と なった実践は、医学的問題かつ社会的問題とされている、アルコール、タバコ、アヘンなど習慣性の高い奢侈(ぜいたく)品の利用であると、世界の多くでは、 そのように思われてきたようです。19世紀以来、ヨーロッパや北米では、薬物の代替置換やあるいは薬物を維持しながらの療法も使われてきました。たとえば、アヘンの依存症者にコカインを使って治療する方法があります。

戦前の日本統治下での台湾では、アヘン吸煙を制限す る政策が知られていますが、これはアヘン吸煙を許可制かつアヘンそのものを課税対象にして、アヘンの独占政策を維持するためのものでした。台湾の人口の1 割にも及んでいたアヘン使用者へのこの制度は1945年の日本の敗戦により廃止されました。

ハームリダクションという用語の到来

1983 年厚生省(現・厚生労働省)のエイズ研究班が設置され、その翌年1984年エイズ調査委員会を組織しました。1987年に最初のエイズ対策会議を開催しま した。その際に、HIV感染関連の報告書が英語に翻訳されました。この時には「ハームリダクション」という言葉はまだ登場しませんでしたが、[感染予防の ために未使用の]注射針に交換するという試行的実践についての言及があります。当時、ヨーロッパや北米のいくつかの都市部ではHIV感染症対策として注射 針の交換をすることで[感染率を下げるという]良好な結果が出ていました。しかし、ようやく1990年ちかくになってはじめて、「ハームリダクション」と いう用語が、その方法論の中に登場し、用語として定義されるようになったのです。この時期の英語文献では、「危害の最小化(harm minimization)」という用語でしばしば使われるようになります。この時期になり、海外の調査や文献を通してHIVに関する情報が集められるようになり、薬物利用者に対してHIV感染予防する様々なプログラムの実例として「ハー ムリダクション」という用語が日本の専門家の間でようやく知られるようになります。1994年、日本では第10回日本エイズ会議が開催されました。実際 に、ハームリダクションを実践したり、唱導したり、また研究したりする[世界の]団体が日本にやってきて参加し、さまざまな情報をもたらします。

日本の依存症者の集まりの中での普及

薬物政策に関わる省庁がおこなった海外での調査や動向によりハー ムリダクションの情報が多くもたらされるようになりましたが、諸外国に比べて比較的に薬物問題が重大ではない日本では、ハームリダクションに関心を持つよ うな研究者や医療関係者はほとんどいません。2010年ごろまでは、ハームリダクションの情報を普及させる人たちは極めて少なく、その多くは国際[医療保 健]協力の医療者か社会科学の研究者のみでした。

しかしながら、アルコール症への治療では禁酒よりも 節酒(アルコール飲酒をコントロールする)という治療目的からはじめる方が効力があるという議論が始まったにも関わらず、「ハームリダクション」という用 語はすでに使われてきていました。2010年前後の文献ではハームリダクションは、日本の薬物政策と連携するかどうかを検証するというひとつの動きとして 理解されていたようでした。2016年では、ハームリダクション(HR)は、日本でのアルコールと薬物治療で学術会議や議論のなかでのテーマとして取り上 げられるようになります。

研究02:日本での「ハームリダクション」の主張(=言説)の多様性

私たちは、半構造化インタビューという質的方法をも ちいて2つのグループを対象にして研究をしています。まず、第一のグループは、薬物依存症者への保健ケアや社会的サービスをする同じ薬物利用者あるいは元 利用経験者です(=これを同僚あるいはピアのグループと言います)。そして、第二のグループは、そのような薬物依存症者への保健ケアや社会的サービスを実 際に提供しているサービスの提供者(具体的にはヘルスケアワーカー、看護師、精神科医など)です、それぞれの被調査者は10名から12名ですが、スノー ボール方法といって、別名芋づる方式によって、関係者の関係者でインタビュに応じてもらう人をリクルートする方法をとります。データは、匿名化し文字起こ しされます。

 内容分析の方法は、薬物利用、ヘルスケア、そしてハームリダクションというテーマや主張(=言説と言います)をすくい上げて、多様な広がりを示す用語をや 文を抽出するというやり方をとります。データは、2018年10月29日での暫定的なレポートという形で、下記に示されます。この調査は、大阪大学COデ ザインセンターの研究倫理委員会の承認(No. 2017-2)を得ています。

インタビュー調査にみられる《言説》

《リアリティーの確証》 ハームリダクションは有効である、しかしその背景には「国あるいは地方のコミュニティには薬物の利用や濫用がいまなお広がっているという現実=リアリティ」があるからだ。
《ものごとの順序が混乱している》 [ハームリダクションが]仮にうまくいくとしても、薬物政策の最終目標は薬物の禁止にあり、ハームリダクションは本末転倒の政策だ。
《各人による定義》 薬物濫用者に対して、できるだけ長く薬物を使わない期間をつくってやることは適用可能だし、それこそがハームリダクションなのだ。
《薬物治療》 刺激薬物への治療がまだ確立していないから、ハームリダクションを使うことなど不可能だ。
《日本でもうやってるよ》 個人的には、ハームリダクションみたいなことはやられている。
《クスリをまた使いはじめる者への受容》 [クスリを]また使い始めることがあることは重要なポイントだ。[クスリに]戻ることを非難することに大きな意味などないからね。
《多様性》 ハームリダクションは「各人それぞれが[依存から]回復する見方」という考え方を生み出すからね。
《クスリを単に止めるよりも大きな意味がある》 生き続けるという意義がもしあるのなら、[クスリを]つかってもいいんじゃないかな。クスリをやめるという選択よりも[生命が]安全のほうが優先するよ。
《孤独になることを避けて、繋がる》 ハームリダクションは仲間や他の人と繋げるものだ。
《人権/人道主義》 ハームリダクションは人間であるという自然の権利に繋がる[と思う/はずだ]
《日本型ハームリダクション》 日本の状況において可能になるようにハームリダクションのスタイルを確立すべきだ。
《医療的ケアにアクセスできることを強化する》 ハームリダクションのアイディアについて考えることで、君は医療的ケアにより多くの人を誘うことができる。医療ケアに人を巻き込むことが重要。

ハームリダクション導入小史

2007年に邦訳出版された『スライング・ザ・ドラゴン』(William L. White 著)邦題:米国アディクション列伝[原著は1998年]。依存症(アディクション)に関する多様な治療法:禁酒・断薬運動、自助グループ、治療共同体、初期のメサドン置換療法、から現在におけるハームリダクションまで。
米国科学アカデミー編集の『エイズに直面する』(邦題:エイズとの闘い:1986年)邦訳は正続(1988,1989)。注射針交換プログラムについての言及があるが、ハームリダクションという用語はまだ登場していない。


ジョナサン・マンらの編集になる『世界のエイズ』(1992)。邦訳は出なかったが、日本での多くの専門家が参照した。「ハームリダクション」と「ハーム・ミニマイゼーション」という用語がある。

佐藤哲彦『覚醒剤の社会史』東信堂、2006年。著者は社会学者。ヨーロッパの薬物政策と社会統制のメカニズムを説明する際に、ハームリダクションについて言及する章がある。
石塚伸一編『薬物政策への新たなる挑戦』。日本の法律家と回復者支援実践家による論集。ハームリダクションに関する言及がある。

松本俊彦ほか編『ハームリダクションとは何か』中外医学社、2017年。精神科医、研究者、ヘルスケアの専門家による論集。書名として、日本で最初にハームリダクションを冠した書籍。

左は、オランダのダーク・ツーリズムについて書かれた本(2009)。中央はジャーナリストによるオランダの麻薬と安楽死の本、右は学者によるオランダの本。ハームリダクションの用語はないが、メサドン濫用や薬物使用が行われる地域についての言及がある。


第51回日本アルコール・アディクション医学会学術総会のメインテーマ「アディクション・サイエンス:ハームリダクションの観点から」2016年10月に 東京で開催された。668名の参加、33の演題がハームリダクションの下に、薬物・アルコール・タバコ問題が議論される。22の演題が日本に関するもので ある。公開シンポジウム「ハームリダクションの展開について考える:医療的ケア・回復支援・法的処置からの観点による議論」。他にはシンポジウム「依存症 マネジメントの現在:ハームリダクションの導入を考える」。教育公園「アルコール依存治療を考える:久里浜メソッドからハームリダクションまで」があっ た。

■出典ページは:Introducing and Interpreting of Concepts of Harm Reduction in modern Japan.

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ハームリダクション受容過程における日本化について

【背景】

 1970年代のヨーロッパでは、薬物利用者(依存症者)へのハームリダクション(HR)によるアプローチは、非寛容政策と断薬という対抗手段に対する代 替案として始まった。その後、注射針の回し打ち汚染によるHIV/エイズの蔓延とともに、注射針・注射器を共有させないHRの方法の有効性が認められてき て、多くの国々では薬物問題に対抗する手段として導入、発展してきた。現在では、多くの学術的あるいは一般的な情報のなかで[文字通り]害を減らす手段と してよく知られている。そのなかで近年HRのタイトルを銘打った書籍や報告書の刊行が相次いでいる。HR政策の採用は、薬物依存者への断薬を中心とした医 療モデルから、薬物利用者への社会モデルへの転換とみなすことができる。

【目的】

 臨床的普遍性を基軸とする医療モデルから、当該社会の制度や文化に配慮した社会モデルの採用への転換は、HR政策の概念や方法論の制度的かつ文化的な 「輸入(transplantation)」や文化変容や文化化を伴う。日本は依然、断薬にもとづく非寛容政策を取り続けているために、HRの議論も従前 の医療モデルを維持しつつ理想主義的な「日本的受容」という解釈上の議論が中心である。HR概念を積極的に日本社会に広めようとしている専門家ないしは非 専門家の諸セクターとそれらの固有の主張の言説を分析し、彼/彼女らの目的の着地点を特定することが必要である。

【方法】

 日本におけるHR導入の歴史を、出版物の翻訳や紹介、学術的討論などの年表を整理、主要な専門家の主張について理解する。社会活動家たちを諸セクターあ るいは社会集団の分派として分類し、HR派の間のヘゲモニー分布の対立や協調関係のネットワークを図式化する。日本でのHRの主張(=言説)の多様性の広 がりの領域を確定する。

【結果】

 1983-1984年の厚生省(現・厚生労働省)のエイズ研究班の調査委員会の設置、87年エイズ対策会議の過程で、HIV感染対策としての注射針交換 のアイディアがHRの実施的な開始になるが、用語法が輸入されたのはHRで「危害の最小化」という用語が与えられる。94年の日本エイズ会議では、世界の HIV感染症対策の専門家の来日があり盛んにHRが唱導される。しかし薬物依存者への対策としてHRの用語が知られるようになるのは2010年以降であ る。2016年にはアルコールと薬物治療で学術会議や議論のなかで実質的に流行語として膾炙するようになった。用語の普及とともに専門家や薬物利用者でも 具体的問題解決の手段としてHRが議論されるようになると日本流HRの可能性という議論が活発に展開されるという傾向が見られる。

【考察】

 日本におけるHR言説は、不可能な悲観論から、すでに始まっている、さらには日本流HRの拡張をさらに主張する理想主義まで多様である。報告者はHRの 議論の広がりは、非寛容政策下での薬物利用に対して脱医療化(de-medicalization)と脱犯罪化(de-criminalization) を促すという点で、HRが本来持つ社会モデル化を結果的に推し進めるという社会的効果(social effects)もたらすという現象を生んでいると評価している。

[利益相反]この研究は科学研究費補助金 JSPS KAKENHI Grant Number 15K13084 (FY2015-2017)および18K02068 (FY2018-2020)[ともに研究代表者:徐淑子]によります。研究代表者ならびに調査関係者に謝意を表します。この研究に関して、利益の相反する 個人ならびに団体(法人を含む)はありません。なお当事者への調査は、大阪大学COデザインセンターの研究倫理委員会の承認(No. 2017-2)を得ている。


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